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アーウィナ・ユリサルート。
ユリサルート伯爵家に生まれたアーウィナは貴族の令嬢として何不自由ない生活をしてきた。
自分で言うのはなんだが、アーウィナは美人の部類に入るだろう。
背も高くスタイルにだって、それなりに自信はある。
洗練された所作は周囲の評判も良かった。
しかしサッパリとした性格のせいか、男性に近寄り難いと思われがちである。
意外と話しやすいと言われるし、ギャップがいいと言う令息も居た。
アーウィナは普通の令嬢として、普通の人生を歩めるはずだった。
しかしアーウィナの人生において、普通じゃないことが1つだけあった。
それは"可愛すぎる"妹が居るということだ。
ローレライ・ユリサルート。
両親の良いところを全て詰め込んだローレライは兎に角、愛らしいという言葉がぴったりな少女だった。
クリンとした大きな瞳に小さな唇‥庇護欲を誘う小動物のような顔はまるで人形のようだ。
身長も小さくて、鈴を振るうような声は周囲をうっとりとさせる。
それだけでも十分だろうが、神様は不公平なもので豊満な胸を与えたのである。
何もかもがアーウィナとは真逆。
アーウィナは今年で21歳‥‥そろそろ婚約者が居てもおかしくない年頃であるのに一向に婚約まで結びつかない。
理由は明確。
ローレライのせいとしか言えない。
令息との会話も弾み、いざ婚約を申し込まれそうになると起こる毎度の恒例行事。
ローレライが「お姉様~!」と、アーウィナの側に来るだけで令息の視線を全て奪い取っていくのだ。
アーウィナの努力はローレライの「お姉様」の一言と、姿を現すだけで無になるのだ。
そんなアーウィナにとってローレライの存在が煩わしくて、この世から抹殺してやりたい時期もあった。
本人は全く悪気がないようだが、アーウィナにはローレライは自分の魅力をよく理解している恐ろしい女に見えて仕方なかったのだ。
しかし何よりローレライを憎みきれない自分がいるのだ。
あの小動物のような目を潤ませて「お姉様、ごめんなさい」「お姉様、大好き」と言われると責められなくなる。
正確にはローレライを非難するとアーウィナが悪くなくとも悪になり、逆に周囲から責められる。
自分の株を下げたくなかったら、ローレライを責めてはいけない。
それはアーウィナ自身が幼い頃から身をもって経験したことだった。
今、アーウィナは諦めの境地にいる。
いつかアーウィナだけの王子様がローレライを跳ね除けて、アーウィナだけを愛してくれる‥‥。
そんな夢を見続けて婚約者を探していたのだが、アーウィナの努力は全てローレライの行動で無に帰る。
白馬に乗った王子様などと贅沢は言わない。
黒馬に乗った勇ましい騎士でなくともいい。
普通の馬に乗った普通の令息でいいのだ。
何ならロバでも牛でもいい。
アーウィナを選んでくれる男性ならば大歓迎である。
アーウィナは溜息を吐いた。
ローレライは無自覚に周囲を巻き込んでしまう為、被害者はアーウィナだけではない。
カンカンに怒った令嬢達がユリサルート家に殴り込みに来る事もしばしばだ。
そんなローレライは、さっさと婚約者を作ればいいものを山のようにやってくる縁談を尽く断るのである。
アーウィナが何故かと問えば「お姉様には内緒です」そう言われて、顔を殴り飛ばしたくなった。
そんな生活を送って来たアーウィナにも春がやって来た。
なんと、婚約者が出来たのだ。
白馬に乗った王子様ではないが、侯爵家の令息だった。
見た目も何もかもが普通だが、ローレライの可憐な姿にも靡かない貴重な存在だった。
アーウィナの我慢の日々が、やっと報われる‥!
そう信じて疑わなかった。
―――あの時までは。