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秋の終わり 冬の始まり 雲上にて

ハロウィンネタ。若干のユーゴ近辺のこの先本編のネタバレが含まれます。

現時点でイベントをこなせるキャラクターは彼しかいないと思ったので。頑張ってもらいました。

「トリックオアトリート!」


差し出した手のひらの上に、躊躇無く拳が振り落とされた。


「いたっ!……くはない……」


反射的に痛がるリアクションをしてしまったが、ユーゴさんの拳は全然痛くなかった。

また凝りもせず、雲上へと連れ戻された私は、ユーゴさんで絶賛暇つぶし中だ。

気まぐれで物が増えたり減ったりするこの変な空間にも、そろそろ慣れてきた。

けれど、今日は彼女はいないらしいので、このだだっ広い場所に二人は少し寂しい。

そんなこんなで、答えがわかりきった遊びを始めたのだが、ユーゴさんは意外にも付き合ってくれる程機嫌が良いようで良かった。

ぱっと開かれた握り拳から、はらはらと桃色が両手に吸い込まれる。


「わぁ、なんですか?これ」

「桃花。食える」

「嘘ですか?」

「俺の言葉を信じないのか?」

「何度そうやって騙してきたんですか?」

「……食べたら早く降りて使命を果たして来い」


左手に寄せ集めて、つまみ上げて匂いを嗅いでみる。甘いような、花びらの香りが鼻腔をくすぐる。空───と言っても、偽物だけれど───に透かして見ると、木の枝のように濃い桃色が薄く伸びていた。


軽口の応酬には、私が勝った。いや、初めから私が負けてる人生なんだけど。


半信半疑、ユーゴさんを睨みながら1枚口に放り込む。舌の上に乗った花弁は、一瞬でしゅわりと溶けて消えた。驚いて声が上がる。ほとんど味わうことなく終わってしまった。


(なにこれ!)


呆気ないが、とても面白い。


「ん!」

「雲上でしか採れない貴重品だからよく味わえ」

「えっ!?」


驚いて飲み込んだ私に、ユーゴさんはほらともう一握り分追加する。慌てて巾着に詰めると、がめついなと冷たい目で見られた。


「だって、もう1つは食べちゃったんですもん」

「早く行け」

「待ってください。私ここでしか平和な生活のありがたさを噛み締められないんです。もう少しだけ……」

「否」

「ひどい!」


手のひらに残った花弁だけ、数枚重ねて意識して味わうと、芳醇な香りが広がった。

この世界には、まだまだ知らない物が沢山ある。これも、そのひとつだ。

しんみりとしているとユーゴさんが背中を大きな掌で押してくるので、身を翻してそれを避けると意外そうな顔をされる。

これ以上ストレートにお願いしてもまた突き落とされそうなので、話題を逸らすことにした。


「そう言えば、なんでトリックオアトリートの意味知ってたんですか?」

「はぁ?」

「この世界には無いですよね!?前に應李達に聞いたら妖怪の皮を剥いで着るのか?とか年齢規制ものの残酷な話を延々とされましたもん!」


ハロウィンの風習は、確かヨーロッパやそこら辺の海外の文化の、浅い楽しみ方だけが広がって伝わったとかなんとか。私も仮装をしたことがあるような……気がしないでもない。もしかしたら、してはいないかもしれない。

いかんせん、記憶喪失なので仕方がない。


閑話休題。


この世界には、ハロウィンのようなイベントは存在しないはずだ。ここから降りた事がないというユーゴさんなら、尚のこと。

秋も終わる頃だったから、何となくハロウィンのことを思い出して。少しでも時間稼ぎが出来ればいいと思ってかけたイタズラだったのだが。ユーゴさんには正解を叩きつけられてしまったのだ。


(おかしい)


わざとらしく腕組みをして見上げると、無言で見下ろされる。

何度見ても、憎たらしいが顔は良い男だ。

前髪で隠されたその下の素顔は見た事は無いけれど。それでも十分、惹きつけられるものがあった。

この世界のイケメンに関わるとろくな事がないことは、文字通り命懸けで知り尽くしているので絶対に惚れたりはしたくないが。


「アレは持ったか?」

「うん。持ってますよ」


毎度念を押すように確認されるので、慣れたやり取りを繰り返す。何度か失敗した事もあるが、これがあるとユーゴさんになかなか会えないのが複雑な所だ。


「じゃあもう時間稼ぎは満足か?」

「……まあ、バレてますよねー」


えへへ、と後頭部をかくとフイッと顔を逸らされる。ユーゴさんにとっては、天命とやら以外は本当になんの価値もないようだ。

諦めてどうぞ、と手を広げると興味を失ったような顔のユーゴさんが裾から大切そうに"それ"を取り出す。


「始めの言葉だが」

「ん?」


柔らかい光が"それ"から伸びてきて私の周りを飛び交う。眩しくて瞼を下ろしかけたところで、なんて事のない話のトーンでユーゴさんが話しかけてくる。


「昔、お前が教えてくれた」

「……へ?」


ちょっと!と伸ばした手は、また呆気なく粒子になって、私をいつもの命懸けの日常へと連れて行く。


(待って、どういうこと?)


昔の私って、何回目の私?

叫びたかった言葉は、最初の記憶と同様深淵へ沈んでいく。

最後に光の中で霞んだユーゴさんの淋しそうな笑みを、きっと私はまた忘れる。


今度こそ、イケメンと遭遇しませんように。首にかけたお守りと、小さなお土産の巾着とを一緒に握り締めて祈ると、深淵の終わりが見え、また体が眩い数の粒子に囲まれた。

番外編では、キャラクターやお題のリクエスト等受け付けております。

お気軽にどうぞ。

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