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死神と呼ばれた悪魔使いは追放された異世界で生贄少女と生きていく  作者: 真名瀬こゆ
第3部 第1章 悪魔使いの勇者と太陽神の聖女

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第1話 お迎えにあがりました

 ユリルハルロ王国は、騎士団によって治安維持がなされていた。騎士団の本部は首都のエリオスにあり、分室は各地に点在している。白の制服は清廉さと気高さを主張するもので、この国の正義の象徴であった。


 ユリルハルロ王国は諸外国と比べれば小国だ。領土も狭く、国民も少ない。

 ゆえに治安維持という大きなくくりを騎士団がすべて負担していた。分野を細分化して担当機関を設定せずとも、騎士団一つで包括しきれるのだ。


 式上しきがみいばらは騎士団本部の事務所に繋がる跳ね橋の前で、手持ち無沙汰にしていた。

 この先に踏み出すには騎士団の許可が必要で、部外者が近づけるのはここまでだ。

 とはいえ、部外者が事務所につながる道にぽつんと立っていれば目立つ。しかし、騎士団からのお咎めはない。

 待ちぼうけの青年はもはや見慣れた光景の一つとされていた。


 事務所を囲う石造りの堅固な高い壁の向こうからは、何やらばたばたと騒がしい音が聞こえてくる。人の声、走り回る音。たまに飛んでくる罵声。

 荊は他人事のように「忙しそうだなあ」とぼんやりとした独り言を零した。


「――荊君! 待たせてごめん!」


 橋の向こうから子供特有の高い声が聞こえてくる。続いて、かしゃかしゃと黒い趾で地面を蹴る特徴的な足音。

 慌てた様子で荊へと走り寄ってくるのは、騎士団の制服を着た瑠璃色の羽を持つ魔人の少年だ。

 セナ・ドス。魔人の少年は太ももの途中から白い羽毛を生やし、黒く細い足を延ばしている。くすんだ金色の短髪に、羽と同じ瑠璃色の瞳。中性的で可憐な容姿である少年は、額に汗を浮かべながら一生懸命に足を動かしていた。


「セナ、急ぐと転ぶから。ゆっくりおいで」


 そう言いながらも、荊はすぐにその場に跪き、いつセナが到着してもいい体勢をとった。

 当然のように飛び込んできた少年を受け止め、ひょいと腕に乗せるように抱き上げると「お疲れ様」と日々の労働を労る。


「迎えに来てくれてありがとう」


 荊の肩口にぐりぐりと額をこすりつけるセナは、その姿も相まって親鳥に甘える小鳥のようであった。


「セナクンってば、また甘えたしてる〜」


 遅れてきた足音は人間のものだ。ゆったりとした足取りでやってきたのは、セナと同じく騎士団の制服を着た優男、ラドファルール・レプレスである。

 くわえ煙草をふかせた青年はけらけらと楽し気に笑声を上げると、緩い癖のある短い黒髪をかき上げた。


「ち、違っ」

「はは、俺が抱っこさせて欲しくて頼んだんです」

「式上クンは本っ当にセナクンに甘いんだから」

「身内にはこんなもんですよ」


 セナは気恥ずかしさを誤魔化すようにむっと唇を引き絞る。白い頬を桃色に染め、うろうろと目を泳がせた。ラドファルールにからかわれたのが恥ずかしかったのではなく、荊に身内と言われたのがむずがゆかったのだ。

 ラドファルールはたれ目の目尻を一層に下げ、ゆるゆると表情を緩めた。年齢の割に大人びてしっかりとした秘書官が、年相応にしているのを見て妙な安心を覚える。この子にもこんな風に気を抜くことができる場所があるのだ、と。


「ラドさん、顔色悪いけど大丈夫ですか? ちゃんと休んでます?」


 荊は気遣わしげに青年騎士の顔を覗き込んだ。

 ラドファルールは荊よりもいくつか年上であるが、目の下の隈と色の悪い肌のせいで実際の年の差以上に離れて見える。

 煙草の煙がぷかりと浮いた。


「二大祭事の期間は騎士団の繁忙期だからね~。仕方ない、仕方ない」

「……本当にそれだけですか?」

「分かっちゃう? 実は勇者一行がこの国に来てて入国審査とか接待があったり、国外だけど近隣でスレイヴの大量出現が確認されて警戒警邏の範囲広げたり。手がかかることって重なるもんだねえ」


 荊とセナは同じように苦々しく表情を曇らせた。

 繁忙期に限らず、ラドファルールはいつでも多忙だ。


 騎士団は目標利益がある組織ではない。魔物の出現や事件の多さによって忙しさは変わってくるが、明確に忙しいと言い切れる期間が年に二回あった。

 それが二大祭事の期間だ。


 この国には国をあげた大きな祭りが年に二回ある。一つが春の終わりにある建国祭。もう一つは秋の終わりにある豊穣祭。

 次に控えている豊穣祭は、発祥こそ“農作物の収穫の感謝と来年の豊作を祈願する祭り”だったが、年を重ねた今となっては“今年の勤労をねぎらい、来年の心身息災を願う祭”と変貌していた。

 俗っぽく言えば、今年も一年お疲れ様でしたと馬鹿騒ぎする祭である。

 豊穣祭は七日間続く。国中のそこかしこで一年の感謝が交わされ、来年への抱負が語らわれる。


 そして、その豊穣祭は明日から始まるのだ。


 セナは申し訳なさそうに「俺、本当に休暇を頂いて良いんですか?」と尋ねた。少年騎士は明日から三日間、休暇の予定になっている。

 これはセナが特別なのではなく、騎士の半数が当てはまった。祭事中の騎士団の勤務体制は前半出勤組と後半出勤組に分かれている。

 騎士たちもまた国民であり、祭に参加する権利があるからだ。


「大丈夫、大丈夫。後半にがっつり働いてもらうから」

「それは当然です」

「よーし、いい返事だね」


 ラドファルールはくしゃくしゃとセナの髪の毛が鳥の巣になるまで頭を撫でた。


「式上クンも共同警備よろしく~」

「はい」


 騎士団の勤務体制が二分割されているとしても例外はいる。

 引継ぎの手間を緩和するため、特別の日程で働く者もいるのだ。間違いなく、貧乏くじである。基本的には上位階級のものが該当し、ここにいる黒髪の優男もその対象だった。


「それじゃ、お祭り楽しんで」


 ラドファルールは疲れた顔で笑顔を作ると、ぺらぺらと手を振って背を向ける。煙草のにおいとともに消えようとする哀愁のある背中。

 荊は憐れみの表情を浮かべずにはいられなかった。


「ねえ、荊君」


 こつんとセナの小さな頭が荊の頭にすり寄る。拗ねたように「……俺、甘えすぎてる? 俺のこと嫌になった?」と尋ねた。仕草と言葉とが噛み合っていない。

 少し前まで、セナは監察対象として騎士団預かりの身分だった。どこに行くにも監督者が必要で、それを担当していたのが荊とラドファルールである。

 今はそれも解かれ、監督者がおらずとも自由に歩ける身分だ。

 それでも、荊がわざわざセナを迎えに来たのは、少年の我がままが理由だった。


「はは、なってないよ」


 セナの背中から生えた瑠璃色の羽がぱたぱたと歓喜に揺れる。


 二人はおおよそ一カ月前、とある凄惨な事件で知り合った。出会いこそ衝撃であったが、事件が解決し、保護者として名乗りを上げた青年にセナはすっかり懐いていた。

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