第47話 明日を迎えること
ペネロペのギルドメンバーの登録を終え、一行はその足でルマの街へと戻った。
ギルド自体はルマの街から近い場所に別の支部があるが、荊の都合で首都まで足を延ばしたのだ。荊の素性を知るセクターや蘇芳の方が信頼もあるし、話が早い。なによりも、無理を押し通しやすかった。
急に決まった往復の旅を終え、ツクヨミはルマの街のはずれに着陸する。
荊、アイリス、ペネロペが順に地面に立つと、ツクヨミは不安げに荊の顔を覗いてから、後ろ髪を引かれるようにして魔界へと還っていた。
ツクヨミが心配するのも仕方がない、とアイリスは同情する。
「荊さん、大丈夫ですか?」
「ん」
荊の不調は誰の目にも明らかだった。
顔色がよくないし、口数も少ない。普段のそつがなく余裕のある姿はどこかに行ってしまい、何となく雰囲気が粗暴なのだ。話しかければ返事はするし、暴力的な行動をとるわけではないが、今日の荊は嵐の前の凪いだ海のようである。
何の説明もせず、すたすたと街の方へと歩き始めた荊の後ろをペネロペとアイリスが並んで続く。
ルマの街には至るところに騎士が立っていた。
ドルドの余罪の調査に忙しい白の制服は、荊たちが近くを通ると必ずと一瞥を寄越す。ギルドから派遣された協力者として、情報共有されているのだろう。
こそこそと何かを言われたりもしたが、それに居心地悪そうにするのはペネロペだけだった。隣を歩くアイリスの腕にしがみつき、もじもじと体を揺らしては、小さな呻き声を上げている。
「あの、どこに行くんですか? 休んだ方がいいんじゃ」
てっきりペネロペを家に送りに来たと思っていたアイリスは、街の中心部へと向かう荊に首を傾げた。ペネロペの家は逆方向だ。
アイリスは荊がこんなに疲れた様子なのを初めて見た。疲れていても平然と取り繕いそうなものだが、隠せてもいないのだ。荊の用事の内容によっては、後日に回してもらい、一刻も早く休息を取ってもらいたかった。
「約束したから」
「約束?」
「ああ」
荊のいう約束が何なのか、ペネロペには分からなかったが、アイリスは商店街に入ったところで、彼の言わんとしていることに気づく。
「あ……」
アイリスは目元に熱が集まるのを感じ、きゅっと唇を横に引く。甘やかされている自覚はあったが、まさかここまでとは思いもしていなかった。
荊は魂を弱らせて絶対安静の状態だ。それでも、ドルドの残党に狙われる可能性があるペネロペの立場を確立するのは急務であり、無理を押して対応をしたのは分かる。
しかし、約束の方はどうだ。今日でなければいけないわけではない。身体に無理をさせてるほどの優先度はないはずだ。
じゃあどうしてか――、そんなの、アイリスのために決まっている。
ぴたりと足を止めてしまったアイリスを、ペネロペが不思議そうに見上げた。
「どうしたの、アイリス」
「あ、いえ、ええと――」
荊は二人が急に立ち止まったのに気づき、振り返ると黙ってアイリスの手を取った。それから、ぐいぐいと引っ張って歩く。
妙な一団だった。
周囲からの好奇の目は騎士団だけにととどまらず、住人たちからも寄せられる。
荊にアイリスが引っ張られると、自ずとペネロペも引っ張られることになる。三人はアイリスを真ん中にして一列になってルマの街を進んだ。
足が止まったのは食品店が並ぶ道の途中、パン屋の前である。
荊は手を繋いだまま店の扉を開けた。ベルの音が客の来店を知らせ、最近見た光景と同じく、店の奥からひょこりと二つのおさげを揺らしたユンが現れる。
そして、一瞬だけ時が止まった。
見開かれたユンの目には、同じく目を見開いたアイリスが映っている。
「っ――アイリスっ!!」
「ゆ、ユンちゃん!!」
荊は繋いでいた手を離すと、その手でアイリスの背中を押してやった。
同時に駆け出した二人は手を取り合うと、はらはらと涙を流す。泣き震えた声でお互いの名前を呼び、死に別れてしまった悲しみをかき消すように再会を喜んだ。
「あの人、アイリスの友達?」
「そうだよ」
荊はとにかく疲れていた。
こうやって、アイリスとユンとを会わせたのは、約束があったからだ。しかし、実のところは可愛い相棒のためではなく荊自身のためである。アイリスの喜ぶ姿を見て、疲れを癒されたかった。
とはいえ、健康優良な状態だったとしても、荊は嬉々としてアイリスをこの店に連れてきていただろうから、なんにせよこの再会は確定していたものだ。
涙ながらも嬉しそうなアイリスに、荊は幸せそうに表情をとろかせた。
――可愛いなあ。アイリスが幸せなら俺も幸せ。
疲れている頭は上手く回っていなかった。
荊はいつまでもアイリスを見ていたかったが、アイリスに友人同士の再会を気兼ねなくして欲しいという献身的な気遣いも持っていた。
荊は聞こえていないと分かりながらも「外で待ってるよ」とペネロペを連れ、店の外へと出る。
二人はパン屋の近くにある道端の花壇の段差に腰掛けた。ぷらぷらとペネロペの足が揺れる。
「ごめんね、ペネロペ。家に送る前にこっちに来て」
「ううん。アイリス、喜んでた。よかった」
「ん」
にこにことペネロペは自分のことのように喜んでいる。そんなペネロペを見て、荊は更に表情を甘くした。
――ペネロペは本当にいい子。
素直で純粋な可愛らしい友人を見る視線には、誇らしい気持ちと愛でる気持ちとが混ざっていて、ポーカーフェイスとは程遠い。
不意に二人の間に赤い灯火――スカーレットが現れる。
ユンの家族や店を護衛していた悪魔は、ぴっと敬礼して見せ、荊の鼻先にキスを落とした。荊もそれに応えるように指先でスカーレットの髪を撫でる。
「お疲れ様、スカーレット。長い時間、一人で本当にありがとうね」
スカーレットは嬉しそうに頬を染め、飛び込むように首の裏に隠れた。初めて見るペネロペの存在に、そわそわと顔を出したり、引っ込めたりを繰り返す。
「ペネロペ、この子はスカーレット。ネロたちと同じ悪魔だよ」
「は、はじめまして、スカーレット様。ぼ、僕はペネロペ・ドス」
ペネロペは悪魔という生き物に対して妙な敬意を持っていた。理由は不明であるが、その対象にはスカーレットも入るようだ。
スカーレットはゆっくりと荊の後ろから顔を出すと、透明の六枚羽で飛び立つとペネロペの鼻先にキスをした。しっかりと視線を交わらせた後で、再び荊の首裏に戻る。
「わあ!」
「はは、仲良くしてね」
「う、うん!」
元気な返事に満足したのは荊だけではなく、スカーレットもだったようだ。スカーレットは嬉しさを表すために、くるくると荊とペネロペの間を飛び回った。きらきらと輝く赤い光は暖かな灯火である。
しかし、その喜びの舞も長くは続かなかった。赤い妖精は、はっとした様子で動きを止めたかと思えば、心配そうに荊の顔の前で右往左往する。
「ん? ああ、平気平気。ごめんな、心配かけて」
心配そうにするスカーレットは、ツクヨミと同じような仕草をして還っていった。悪魔を召喚しておくにも精力を使う。荊を休ませるにはすぐに魔界へ帰るのが得策、という悪魔らしからぬ心遣いの結果である。
荊は急に真面目な表情を浮かべると、気遣わしげにペネロペの横顔をみやった。どの立場で人を心配しているのだ、と言いたくなるものだが、荊当人は自分のことよりも彼女のことの方が心配だった。
「ペネロペ。本当に一人で大丈夫?」
一人――ペネロペは今日、自分の住む家に戻る。静寂の森の杣小屋へ。
荊とアイリスは口を揃えてしばらく一緒にいてはどうか、と提案したが、ペネロペは頑として自分の決断を譲らなかった。
今、荊がしている質問も今日何度目か、数えるのも面倒になってしまったくらい繰り返している言葉だ。
ペネロペは眉を下げて、困ったように笑った。
「大丈夫。ろん君もいるし、おじいちゃんと暮らした家だから」
「……そっか」
ペネロペの返事も変わらない。
荊は納得はいっていなかったが、彼女の意見を尊重すべく、妥協案で「でも、いつでも遊びにおいで。俺も遊びに行くし」と告げた。
とはいえ、海の孤島か首都にいる荊と連絡を取るのは至難の業である。ペネロペの羽で飛んでこいと言える距離でもない。荊は「何か連絡手段を用意しないとなあ」とぼんやり呟いた。
「あ、あの――!」
ペネロペはくいと荊の服の裾を引いた。
「荊」
「はい」
ペネロペの瑠璃色の瞳から、ぽろりと涙が一粒、落ちる。
「ありがとう」
その一言に込められた想いはどれほどのものか。
ペネロペにとって、荊と出会えたことは幸運でしかない。
今までずっと深く立ち込めていた霧が晴れた。そこに広がっていた景色は決して綺麗とは言えないものだったが、悪いものだけではなかった。
ずっと気がかりだった祖父の死の真相を知り、その犯人に罪を償わせることができた。醜い血筋と悪意ある出生も知ってしまったが、兄という家族が見つかった。
そして、悪魔の力を持つ死神は、醜悪の悪鬼に囚われた兄を救ってくれ、こうやって自分のことに親身になって心配してくれている。
「ほんとに、ありがとう、荊」
ペネロペは細い腕を伸ばし、荊の首にぎゅっとしがみついたかと思えば、すぐに離れた。へへへと照れ笑いをする口元を両手で隠し、にこにこと瑠璃色の瞳を細めた。
「僕、僕ね、おじいちゃんに笑われないように一生懸命、生きるよ。お兄ちゃんと一緒に」
荊はするりとくすんだ金の髪に指を通し、慈母のように微笑んだ。
「君たちが幸せになれますように」
自分の血を疎ましく思う時も来るだろうが、それでも明日を迎えることを恐れないで欲しい、と荊は願わずにはいられなかった。
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