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死神と呼ばれた悪魔使いは追放された異世界で生贄少女と生きていく  作者: 真名瀬こゆ
第2部 第3章 因果はめぐる糸車

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第46話 新しい始まり

 蘇芳はきらきらと目を輝かせた。

 好物を前にした時と同じく、歓喜に極まった表情は少女らしく愛らしい。目元から頬にかけてを髪の毛と同じ桃色に染め、熱の籠った嘆息を零す。


「解呪専門の呪術師――!!」


 ギルド・エリオス支部の応接室。

 興奮でソファーから乗り出す蘇芳の対面には、呆れた様子の荊と、彼の腕を抱えて怯えるペネロペが座っていた。


 ドルドの屋敷で大騒ぎをしたのが昨日のこと。

 ルマの街は一夜にして主のいない街になった。領主と神父は身柄を拘束され、頼るべきものを失った街。

 その衝撃は街の住人よりも、外部の人間の方が強く受けていた。


 イアル教団は身内の蛮行に慌てて声明を出し、領主の恩恵を受けていた残党は芋づる式に身柄を拘束されている。果てには、人買いの裏市場にまで捜査の手が伸びていた。

 騎士団が主導の元で後始末に当たっているが、まだまだ終息する気配はない。

 

 荊は未だに本調子ではなく、自他ともに認める絶対安静の状態であったが、後ろ盾のないペネロペのために急ぎでギルドまで足を運んでいた。アイリスとネロも同行しているが、二人は談話スペースで待機している。


 ペネロペがこれからも仕事を続ける上で、依頼人との間に仲介がいるべきだと提案したのは荊だった。

 ペネロペの職業柄、同業者から命を狙われている以上、誰かと接触すること自体が危険行動である。

 ギルドが仲介してくれるなら、蘇芳の審査も入るし、荊も口出しをできる。手を貸すこともたやすく、ペネロペの仕事が少しでも安全になる、と荊は踏んだのだ。


 そして、ペネロペがギルドに所属する話を蘇芳は絶対に断らない、という自信が荊にはあった。

 蘇芳は良くも悪くも稼ぎへの嗅覚が鋭い。解呪の呪術師、と聞いて、こちらが願い出る前に、あちらから低頭した申し入れがあってもおかしくない。

 彼女は予想を裏切らなかった。


「是非とも! 御贔屓に!! よろしくね!!」


 蘇芳は勢いよくペネロペの両手を握り、ぶんぶんと振っている。サブギルドマスターの顔をした彼女は上機嫌であるが、対するペネロペはあまりの猛烈な歓迎に引いていた。


「ペネロペちゃん! すぐに手続きしよう!」

「わ、わ」

「そうやって威圧するのやめて。蘇芳ちゃんと違ってペネロペは繊細なんだから」


 荊は無遠慮に蘇芳の手を叩き落とす。

 解放されたペネロペはささっと、荊とソファーの背もたれとの間に上半身をねじ込むようにして隠れた。瑠璃色の羽はしょんぼりとしぼみ、小さな背中はかたかたと震えている。


「ちょっとー、荊君、最近あたしに冷たくなーい?」


 むすっと頬を膨らませた蘇芳に、荊は半目になって「蘇芳ちゃんの好きにさせたら、本当に好き勝手にするでしょ」と前科のある彼女を責めた。

 それから、荊は背中に引っ付いたペネロペを引っ張り出す。その両肩に手を置き、真面目な表情を浮かべた。あまりに真剣な濃紺の瞳に、ペネロペはこくりと固唾を呑みこむ。


「いい? 危ないことに首突っ込む時は、俺かアイリスに相談するんだよ」

「う、うん」

「蘇芳ちゃんに変なことを言われたり、されそうになった時は、俺かネロに言うんだよ。絶対に」

「え?」

「ペネロペ、約束して」

「わ、分かった」


 ほとんど無理矢理言わせたに近いペネロペの返事に、荊は満足そうに頷く。目の前で行われるやり取りに、蘇芳は不満そうにむくれた。

 ペネロペは荊と蘇芳とを見比べると、控えめに「ひう」と悲鳴を上げる。


 ペネロペは焦っていた。荊が気遣ってくれているのは分かっているが、どうにも自分のせいで蘇芳が機嫌を損ねているのでは、と後ろ向きな発想が止まらない。

 蘇芳のそれはほとんどかまって欲しいパフォーマンスに近いが、彼女と初対面であるペネロペには判断がつくはずもない。


「あ、アイリスとネロ様にも、報告してくる」


 耐えかねたペネロペはぴゃっと応接室を飛び出していった。


「ペネロペちゃん可愛いねぇ」

「いじめないでよ」


 扉の向こうに消えた背中を見送りながら、にやにやと笑った蘇芳は「しかし、荊君ってば隅に置けないよねぇ」と楽しそうに喉を鳴らした。


「あーんなに可愛い子を引っかけてさ。あの頑固ジジイの孫娘も君にお熱なんだって? ペネロペちゃんの弟君も荊君大好きなんでしょ?」

「……ラドさんはすぐに愛だの恋だの言い出すんだから」


 荊はわざとらしいため息をついた。

 昨日の今日でドス兄妹やセルクの話を蘇芳が知っているということは、逐一に連絡は取っているのだろう。

 説明の手間が省けるので連絡が早いのは助かるが、問題は内容だ。

 蘇芳の情報源であるラドファルールは、人間関係に恋愛ごとを絡ませたがる節がある。個人の妄想で済む分には荊も構わなかったが、こうやってすぐ他人にも言うところはラドファルールの欠点だと思っていた。


「でも、今回の件、本当にありがとうね」

「何、改まって」

「今日の新聞まだ見てないの?」


 蘇芳はローテーブルの上に置いてあった紙束を荊へと押し出した。

 荊は文字を読む練習のために暇があれば新聞を読んでいたが、今日はまだ読んでいない。昨日の今日でそんな余裕はなかった。差し出されたそれを手に取り、まず目に入ってきた大きな見出しに、蘇芳の改まった礼の意味を知る。


 ”ギルドと騎士団、協力により街を呑み込んでいた闇を暴く”


 荊はさらっと記事を流し読む。

 ドルドの失脚、神父の共犯、脅迫されていた使用人たち。国民からの余計な詮索を防ぐためにか、必要最低限ながらもきちんと事実が記されていた。事件解決の活躍については騎士団寄りの意見であるが、特に荊から言いたいことはない。


 ギルドと騎士団とで協力していきたい、というのはエリオス支部の代表であるセクターと蘇芳の悲願である。この記事はその夢に近づく一歩といって差し支えないだろう。


「お気に召したなら良かった」

「長年の苦労が報われた気持ち。ありがとうございます」


 蘇芳は丁寧に頭を下げると、誠意をもって謝辞を口にした。

 しかし、普段のおちゃらけた様子が鳴りを潜めたのは一瞬だ。にっと白い歯を見せた蘇芳は「セクターが荊君に感謝の熱ぅい口付けを贈りたい♡ って言ってたけど」とふざけだす。


「お気持ちだけで十分」

「じゃあ、あたしがしてあげようか? みんなの前で」

「蘇芳ちゃんはどれだけ俺の立場を脅かしたいの」

「あはは、これに懲りたらもっと優しくしてよねー」


 荊は肩を竦めるばかりだ。

 ただでさえ騎士団の依頼で蘇芳と魔物狩りに行くだけでも、羨望と憎悪の眼差しで見られているのに。蘇芳が荊に肉体的に甘え始めたら、暴動が始まってもおかしくない。

 このギルドの受付嬢は人気者なのだ。


 荊は手にしていた新聞をたたもうとして、紙面に目を落とした。そして、不意に目についた小見出しに小さく驚く。


 “死神に呪われた領主”


 荊は何も言わずに新聞をたたんだ。

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