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死神と呼ばれた悪魔使いは追放された異世界で生贄少女と生きていく  作者: 真名瀬こゆ
第2部 第3章 因果はめぐる糸車

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第41話 孤独の老人の狂気

「貴方の罪など、改めて確認するまでもないでしょう」


 荊は解放された手に死神の大鎌を握ると、ドルドの肩に刃を乗せた。荊の意一つで首を刎ね落とせる。

 ドルドはその象徴的な武器を見て固唾を呑んだ。こぼれんばかりに目を見開き、ぎらつく刃を横目にする。額から流れ出た冷や汗が皺を辿るように、時間をかけて顎へと伝っていった。


「そんな、まさか、お前が死神?」

「……最初からそう名乗りましたけど」


 荊はひくりと口元を引きつらせた。

 まさかとは思っていたが、本能に生きる男は本当に荊の顔しか見ていなかったようだ。


 ドルドはわなわなと肩を震わせて顔を伏せたかと思えば、ぎりりと強く歯を食いしばった。擦り砕けてしまうのでは、と思えるほどの不快な音が響く。

 地獄から這い出るようにゆっくりと顔を上げた老人の表情は、憤怒の化身というに相応しかった。


「わしの聖女を横取りした盗人が――!!」


 もはや閉口する以外に荊にできることがない。

 所有物扱いだけでも引っかかる物言いであるのに、聖女――アイリスを横取りしたとは、随分と勝手な解釈をのたまうものだ。

 しかし、ドルド当人は真剣で本気なのだろう。彼は全身から怒りをほとばしらせている。今にでも、我こそが悪を許さぬ正義、と声高らかに宣言しそうな気配すらあった。

 荊を愛でる対象としていた自分はすっかり忘れてしまったようだ。


「そもそも、ドルド卿が彼女に花嫁か生贄かを提示したのでは?」

「あの娘は最初から死神に魅入られていたのだ! そうでなければ、どうして生贄など選ぶものか!」


 荊は一瞬だけ苛立ちを露わにしたが、すぐに押し殺した。

 アイリスがどんな想いで死神の生贄になることを選んだのか、その後の顛末を思えば、今すぐにでもこの男の首を刎ね飛ばしたくなる。一生無駄口が聞けなくなればいい、と。

 しかし、今はまだ駄目だと、冷静に判断する。


「いいえ。貴方は選択肢を与えたふりをして、彼女の道を塞いだだけだ。その二択なら、彼女は花嫁を選らばざるを得ないと思ったんでしょう? そうして、自分で選んだ道だろうと彼女に押し付けるつもりでいた」


 荊はドルドの首を狙う鎌をとんとんと縦に揺らす。そこにある命を奪うものの存在を改めて誇示した。


「あの子の覚悟を無視しないでください。貴方の花嫁なんて死んでもごめんだと――」

「わしの理想の母胎を返せ!! 最高位の女体を!!」


 すべてを蹴散らす怒声。

 荊は呆気にとられた。暖簾に腕押し。何を言っても無駄、という感覚に脱力せざるを得ない。同時に、アイリスを物のように扱う口ぶりに腹が立つ。こんな横暴をまかり通らせていいわけがない。


「何がそんなに貴方を突き動かすんです?」


 荊の口から出たのは心の声に等しかった。

 怒り心頭であったドルドは青年からの問いかけに、憤りをひっこめて小首を傾げる。それから、変なことを聞くものだ、と目を丸くした。


「命だよ。生存本能だ。生まれてきたからには種を残すために子を成す」

「……命?」

「わしは偉くなりたいんじゃない。金が欲しいわけでもない。優秀な遺伝子を残したいのだよ。世のため人のために、より良い子供を作りたい」


 ――俺は男なんだけど。

 荊は冷然とした目で言葉と行動が伴わない老人を蔑む。

 共犯の神父から顔が好みであれば性別は関係ない、と聞いているうえ、セナとイーサンがここにいる以上、彼が子作りのためだけに凶行に及んでいるのではないと言い切れる。


 ドルドは自分の心の中を語るうちに、少しは落ち着いたようだ。肩を上下に揺らして入るものの、荊を叱責する様子はない。

 気狂いの老人はいやらしく口元を歪めると「お前さん、女を妊娠させたことは?」とねっとりした口調で尋ねた。


「いいえ」

「一度、経験した方が良い」


 ドルドの目元に皺が寄り、柔らかく目尻が垂れる。その表情は人生の先輩らしい慈しみのある笑みだった。長く生きてきたからこそ知る知恵を授ける賢者のような振る舞いだ。


「あれこそ男冥利に尽きる」


 ――気持ちが悪い。

 荊には薄ら寒さしか感じられない。

 そして、心底から不思議だった。この男は何を考えているのか、と。

 腕に穴を開けられ、首に鎌をかけられ、平然としてられるのは、自分が害される側に立ったことがないからだ。死ぬはずないと信じ切っている。


 ――この男は、いかれてる。

 荊はすっと大鎌を手元に戻した。説得する気など元からこれっぽっちもないが、言葉が通じないのなら、なおのこと話す意味はない。


「聖女が産むわしの子供こそ――」

「もう結構です」


 それは突然の強襲だった。

 荊は足を振り上げると、机の天板に足をかけ、押し出すように力を加える。彼にできる力一杯で、ドルドの腕が固定された机ごとまとめて足蹴にした。

 机の割れる破壊音とともに、机だったものが床をすべる音が途切れ途切れに響く。耳に不快な摩擦音。


 蹴られるままに壊れ散った机に巻き込まれ、肉のない老人の身体は簡単に吹き飛んだ。

 ドルドは大きな窓のある壁にぶつかり、二つに割れた机の間で、うめき声を漏らしながら体を丸めている。もぞりと体をよじり、氷の杭が刺さったままの腕を押さえた。


 痛みに身を震わせる老人の姿は痛々しい。しかし、同情の余地はない。

 床に伏せた顔がのろりと荊を見上げる。そこにあるのは恐怖ではなく驚愕。荊に暴力を振るわれたことを不思議にしていた。

 荊はわざとらしくため息をつく。


「貴方はやっぱり状況が分かっていない」


 荊がぱちんと指を鳴らせば、机の残骸が真っ白に染まり、ぼろぼろと腐食したように崩壊していく。

 あっという間に部屋に冬が訪れ、荊とドルドを隔てるものがなくなった。


 荊のつま先がとんとんと床を叩くと、ぱきぱきと音を立ててドルドの周囲が凍っていく。

 ドルドに近い壁から、柔らかな触手のように伸び動く氷が生えてくる。それはうずくまっている老人の身体を引き起こした。それから、壁に丸まった背中を寄りかからせて、無理矢理に座位を取らせる。

 介護するように動く氷の手は、そのままドルドの身体に絡みつき動きを止めた。

 氷でできた茨の蔦にはりつけにされ、ようやくドルドは何かがおかしいことに気づく。


「何なんだお前は……!! わしにこんなことをして許されると思うな!!」

「ええ、許さなくて構いませんよ」

「セナッ!! セナは何をしている! ダニエラでもいい! この無礼な男を縛れッ! わしが誰なのか教えてやる!!」

「どんなに騒いでも二人とも来ませんし、貴方がどなたかは存じてます」


 荊は静かに歩み寄り、喚くドルドを見下した。黒い革の手袋をした手に青鈍色の大鎌を握り締める。


「ルマの街の領主、呪術師ドルド・イ・ハワード。教会の神父と結託し、身寄りのない女の子たちの人生をもてあそび、踏みにじった悪鬼。自分の子供の命まで愚弄している。呪術師ドスを殺し、その家族を今も苦しめ続け、聖女を毒牙にかけようとした。そして、ことが露見しないよう騎士団に手を回し、高潔な本物の騎士の誇りまで汚した」


 淡々とした声はこの二日で知り得た悪行を告げた。たったの二日だ。それだけでこんなにもの醜悪な事態が明らかになった。

 それが今まで見つけられなかったということは、それだけこの街がこの男の掌の上であるということ。


「貴方はこの街に巣食う闇そのものだ」


 荊は大鎌の刃でドルドの顎を持ち上げた。

 ようやく焦りが出始めたらしい見目の良い老人は、かっと怒りに頬を染め、深い皺を寄せて影を作る。唾を吐き散らしながら「セナっ!! 何をしている!!」と怒号を飛ばした。


「セナ!! 早く来い!!」

「軽々しくあの子の名前を呼ぶな!!」


 荊は声を荒げ、耳障りな命令を黙らせる。

 ドルドは何かを言いたげに口を開いたが、すぐに射抜いてきた荊の視線にぱたりと口を閉ざした。


 呪術師であろうとも荊の前には無力、彼の周りにいた呪具と呪術で意のままにしてきた者たちは、彼の危機には介入してこない。

 ドルドがセナの名前しか呼ばないということは、この状況を打破できるのがあの少年しかいないということでもある。ならば、ドルドに残された救いの糸は一本もないのだ。


 結局は孤独。この男は長年をかけて作り上げた己の巣の中でしか支配者であれない。


「俺が説教みたいなことをするのはお門違いでしょうが、言いたいことは言わせてもらいます」


 ドルドは反抗的な目で荊を見上げる。

 静かな怒りに染められた死を誘う青年の表情は、元の容貌もあって美麗な人形のようだった。首を刈ることもたやすくやってのけそうな迫力がある。


「ドルド卿。貴方と子供の母になる人と――、二人で望んだ命は一つでもあるんですか?」


 荊の声は寂しく響いた。しんとした部屋では余韻が強く耳に残る。

 ドルドはきょとんとして「わしの子を望まぬ女はいない」と断言した。荊の言葉を理解できませんとばかりの顔つきだった。


「俺が何を聞きたいのか分からないのなら、貴方は人じゃない」


 荊だって悪党だ。利益のために悪事をしてきた。道理を説く立場ではない。

 それでも、悪いことを悪いと判断することはできていた。悪を悪とも認識できなければ、それは純粋な狂気。欠如した感覚、育たなかった道徳。


「……でも、貴方は分かっているはずだ。狂人のふりをするのはやめてください」


 荊はそれはそれは美しい笑顔を浮かべた。


「貴方は卑劣で狡猾だ。純粋な狂気に塗れた人間の行動なら仕方がない――、なんて俺は言いませんよ。優しいセルクさんなら一考してくれるかもしれませんけどね」


 セルクは良くも悪くも正義感が強い。そして、素直だ。街の住人の平和のために全力投球する節がある。

 それは相手がドルドだろうと発揮されるだろう。

 ドルドが犯した罪は償わせるが、人の道から外れたくて外れたわけでないのなら慈悲を与える。彼女の騎士道は誰にも平等だ。

 だから、つけ込まれる。


「命だなんだって言っていましたが、貴方は自分の欲望を吐き出したいだけだ。好みの顔をした身体を御したい、それだけ。子供を作るのだって、探すより作る方が確実で手軽だと思ったからでしょう? 元から自分好みの容姿を集めているのだから、その子供も好みの範疇だと」


 ヘルによって顔を背けられないドルドは、むすりと口をへの字に折り曲げていた。あれだけやかましかった老人が今は無言を貫いている。

 しかし、揺れる瞳は雄弁だ。語る以上に本音が伝わってくる。

 荊は鼻で笑った。


「手当たり次第に人を不幸にして。死ねよ変態が」


 荊は黙りこくった悪人を蔑む。


「あなたに不幸にされた人たちのことを考えたら、死ぬより辛い目にあってもらわないと割に合わない。皆さん、自分の手で貴方を殺したいでしょうに。困りましたね、貴方の命は一つしかな――」


 ばんっと大きな音が荊の言葉を遮る。扉が開かれる音。

 まず、驚いたのは荊だった。この状況でここに乗り込んでくるとしたら、可能性は限られている。いや、一つしかない。

 瑠璃色の羽――、双子の魔人、セナとペネロペ。

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