第30話 うまれるところ
「足止め、……じゃなかったか?」
壊れた告解室の中にいる荊と神父を見つけ、セルクはげっそりとした様子で尋ねた。彼女の脚には破壊音に驚いたペネロペがしがみついる。
「確信が持てたので、もういいかなと思いまして」
荊は大鎌を肩にかけると、瓦礫に埋もれかけている神父をぴっと指さし「”足止め”もしてますよ」と減らず口を叩いた。確かに氷の錠がかけられた足では動くことは難しいだろう。
「待て! アイリスのことは、全部、ドルド卿に命令されたことなんだ!!」
神父は膝をついて座り、喚き散らす。
身の潔白を主張するのではなく、罪の責任を押し付ける姿にセルクと荊は蔑むように目を細めた。
神父には自分が悪事を働いた自覚はあるようだ。どうにか自分の罪を軽くしようという男は「何でも話すから恩赦を」と厚かましい懇願した。
「どうやら、貴方は状況を理解していないようです」
荊は神父の傍に寄り、鎌の柄の先を突き出すと、とんと軽い力で彼の肩を押しつけた。屈強な男を押し倒すには全然足りない弱い力だ。
「貴方には呪具がつけられていないんですね」
「……あ?」
「それだけの信頼関係のある仲間だったのに、裏切られてしまったんですか? 何も教えてもらっていないんですか?」
きょとんと呆ける表情はわざとらしい。
荊は口角を上げ、唇で左右対称な弧を描く。
「ドルド・イ・ハワードという呪術師が、身寄りのない女を手籠めにしては命をもてあそび、好き勝手にしていることが騎士団に露見してしまった。教会が共犯であることもばれている。今すぐ逃げるんだ、って」
「な、何を……」
「朝にお屋敷にお邪魔してびっくりしました。たった一人を残してもぬけの殻だったので」
セルクは次々と嘘を積み重ねる荊に呆れを越えて恐れを覚えていた。よくもまあ平然とした様子でそうも舌が回るものだ、と。
ぽんぽんと飛び出す作り話は、着実に神父の心を追い込んでいた。
恩赦を求めていた先ほどとは明らかに顔色が違う。彼は焦っていた。
「は、はァ? 言っている意味が――」
「カレン、アイリス、ナターシャ。聞き覚えがある名前ばかりでしょう? 貴方がドルド卿に捧げた被害者の女の子の名前ですからね」
荊は同情を見せるように顔を歪めると「もしや、ナターシャさんが目覚めたことも知らないのですか?」と更に嘘をついた。
神父は額につたう冷や汗を拭う。息苦しそうに首元を緩め、荒い呼吸に胸元を上下させた。
「屋敷にナターシャさんだけが残っていました。いわく、告発のためだと。彼女、貴方に不利な証言しかしていませんよ。ドルド卿は屋敷の女性たちを貴方から守るために街から全員を連れて逃げた、と。拉致、強姦、脅迫、監禁、このままではすべてが貴方の罪です」
「嘘を、言うな。そんなことは――」
「ドルド卿と懇意にしていたなら、騎士団に彼の手垢に塗れた騎士がいることもご存知でしょう。嘘の罪も本当の罪になりますよ」
「……」
「だから、セルク卿は一人でここに来たのです。彼女は本当にすべてが貴方の罪なのかを疑問に思い、他の騎士たちとは離れて調査に来たというわけです」
追い詰められた目がセルクを見上げる。諦めと怒りと悔しさを混ぜて閉じ込めた瞳は、罪の重さの分だけ濁っていた。
セルクはやっとこの寸劇のエンディングを理解する。
「ドルド卿の悪党っぷりは貴方が一番よく知っているのでは?」
「……」
「今や貴方も生贄。ドルド卿の犯した罪を背負う生贄。いわれのない罪をかぶりたくないなら、すべて話してください」
荊はすっかり聖人君子ぶっていた。告解室を破壊し、氷の枷をつけた死神の姿はすっかり鳴りを潜めている。
罪を押し付けられた神父に献身で寄り添うような顔をして、優しく甘やかす手つきで神父の背を撫でた。
神父は抵抗をすることもなく、それを受け入れていた。まるで手懐けられた巨獣だ。
神父は最後の希望の糸を手繰るべく、セルクに向かって頭を下げる。
「……本当に話せば、信じてくれるんだろうな。ドルド卿の呪術からも守ってくれよ」
「……嘘偽りなく語るのならばな」
セルクにしてみれば酷い茶番だった。
しかし、結果として求めていた方向に話は転がっている。
「身寄りのない女の子の存在を屋敷に伝えているのは事実ですよね」
荊は引き続きに優しい青年の皮をかぶったままで話を進める。
「……ああ。相手が足りない時は外から入れるしかねえ」
神父の声は重い。しかし、黙る様子はない。
「相手が足りない、とは?」
「夜の相手だ。あの人は性欲だけで生きているような人だからよ」
「……あの屋敷には女性ばかりかと思いますが。足りなくなることなどあるんですか?」
「ドルド卿はこだわりが強いのさ。抱くのは成人してない年齢の子供。金で抱ける商売女と、出産を経験した女は絶対に抱かない」
セルクは思わず眉間を押さえた。
欲を拗らせた老人の性癖は聞くに堪えない。
「どこまでが貴方の仕事なんですか? 無作為に選んで拉致してるんですか?」
「いや、選ぶのはドルド卿だ。俺の仕事は拉致だけ――」
「じゃないですよね」
まるで確信のあるような断定的な物言いだった。
「ドルド卿は狡猾で慎重な人だ。裏切者を出さないように呪術で命を管理してる。でも、貴方には呪具がつけられていない。それに見合う分の罪を一緒に担っているということでしょう?」
神父はしばらく黙したが、荊に励ますように背を叩かれると、観念したように肯定を示した。
自棄になっているのか、諦めているのか、屈強な身体には覇気がない。
神父の目線がすいと告解室の床に向く。
そこにあるのは木の床に取り付けられた金属の扉だった。頑丈な黒い鉄。いくつもの錠がかけられたそれは、見られたくない秘密を守っていると主張している。
「その扉は、地下室に繋がっている」
「地下室……?」
「妊娠した女が出産するための部屋だ」
セルクは呻き声が出そうになって口元を手で覆った。
頭を金槌でぶたれたような衝撃。ぐらぐらと視界が揺れる。意識しなければ呼吸もできないほどに動揺していた。
ペネロペなど荊のわざとらしい芝居が始まってからぴくりとも動いていない。声も出さず、セルクの脚にしがみついたままだ。
「屋敷で妊娠したらここに連れてこられるってことですか?」
「ああ」
「ここで子供を生んで、その後は?」
「腹に子供がいないなら母ではなく女だ。屋敷に戻すさ。まあ、さっきも言った通り、ドルド卿は出産した女は抱かないからな。同じ女がここに来ることは――いや、あるか、十四、五年したら戻ってくるよ」
下品でいやらしい笑い。
意味するところが分かり、セルクはくらりと眩暈を覚える。一瞬目の前が真っ暗になった。神父に何か言ってやろうと口を開いても、乾いた呼吸音しか出せない。
「男が生まれたらどうするんですか?」
荊の質問に神父は乾いた笑いを浮かべ、セルクは蒼白の顔を引きつらせた。
未だに好青年ぶっている荊の姿は、こうなってくるとただの奇怪である。業の深く、口にするのもはばかられる話を、絵本を読み聞かせるような柔らかな声でする。
「性別は関係ない。ドルド卿の好みの顔なら屋敷に招かれ、好みじゃなければ金に変えられる」
神父の言葉に荊はとうとう閉口する。
彼の頭の中では、ダニエラから依頼を請けた日の蘇芳との会話が思い出されていた。
『あんまり詳しい話は知らないけど、ダニエラさんの奉公先、領主のドルド・イ・ハワードは色欲狂いで性格に難があるって有名だね』
『性格に難はあって領主が務まるってことは、資金繰りが上手?』
『その通り。一代で領主まで成り上がった。金策の才能は疑う余地なし』
金策の才。命を金に換えること。その二つは自然と結びあって意味を成していた。
「とはいっても、女は全員戻されるし、男で屋敷に引き取られたのはたった二人。セナとイーサンだけだがな」
知った名前を聞き、荊はようやく良い人の仮面を外した。
冷ややかな目で神父をねめつける。
「二人もここで生まれたんですか」
「他にどこで生まれるんだ」
「それじゃあ、あの屋敷の人たちは――」
「連れ込まれた女以外は、全員がドルド卿の子供だよ。いや、孫――」
「どうしてそんなに平然としてられる!!!!」
かさついた怒声だった。血でも吐き出してしまいそうな、締まっている喉を無理やりこじ開けたような絶叫。
セルクはペネロペの弱々しい抱擁から抜け出し、かつかつと苛立ちの溢れた足音を立てて神父に迫った。
目一杯に振り上げた腕で神父の頬を平手打ちする。弾ける音とともに神父の巨体が告解室だった瓦礫の中に倒れた。
「いつから、そうやって……」
「ちっ――、計算したらいいだろ。あの人が領主になって何年たったのか」
その一言が引き金になり、セルクはまた神父との距離を詰めると、同じ頬を再び全力で打った。
「外道がっ!! どうしてこんな――!! お前は止められたんじゃないのか!!」
何度も何度も何度も、セルクの手は止まることなく神父を殴る。理性など忘れてしまったのだろう。彼女は怒りに突き動かされていた。
拘束のされていない神父の腕が持ち上がったところで、静観していた荊は二人の間に介入した。




