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死神と呼ばれた悪魔使いは追放された異世界で生贄少女と生きていく  作者: 真名瀬こゆ
第2部 第3章 因果はめぐる糸車

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第21話 それでは作戦開始のお時間です

 セルクは顔を隠していた手で力任せに目元を擦る。それから、ぱっと手をどかした。きりりと鋭い目つき、凛とした表情に結んだ唇。

 深緑の瞳を再び輝かせるのに時間は必要なかった。


「ああ、足りないならば、精進するしかあるまい」


 セルクは真剣な顔つきで周囲を見回す。

 皆が皆、同じように決意に満ちた表情でセルクを見ていた。それが彼女にとって何よりも励みになった。


 それぞれの心底、思惑は別にある。

 荊はアイリスの害悪になるものを排除すること。ペネロペは祖父を殺した呪術師を見つけ出すこと。

 それらは目的はともかく、総じてルマの街の清浄化に繋がっている。つまりは、セルクの望む街の平和に、だ。


 荊は「それで、今日の動きなんですが――」と改まって話を切り出した。しかし、すぐに口を閉ざす。セルクが言葉を制するように手を挙げたからだ。


「今日、ドルド卿の屋敷に討ち入り、彼、並びに呪術師の身柄を拘束する」

「へ?」


 突然の申し出は、荊たちの考えていた予定よりも仰々しいものだった。

 すっかり元の調子を戻したセルクは、ぴっと真っすぐに背筋を伸ばしている。驚く仲間を前に、声高らかに一言一句同じように繰り返した。


「俺はいいと思いますけど、統制は取れてるんですか? 突発的な作戦でしょう?」


 荊は驚きはしたが、その提案に反対するつもりはなかった。

 呪具の件を聞いて武力行使がいいのではと思ったくらいである。しかし、想定でない討ち入りにどれだけ信頼があるのか。


「それに、裏切り者の件は大丈夫なんですか?」

「ああ。元より、鑑みて隊を組んだ。討ち入りするのはルマ分室の騎士ではなく、隣町の分室の騎士だ。ラドファルール卿が率いてくださる」

「ラドさんが……」


 ラドファルールの名前だけで荊の不安は簡単に拭われた。

 ラドファルールと言う男は、単純な戦闘能力は低いが、人を率いる力は高い。堅物で偏屈なセルクの祖父を上手く転がしているのだから、その手腕は疑う余地がない。

 荊にとってはここ最近よく見る顔であり、蘇芳と並ぶほどに信用もあった。それならば、と頷く。


「呪術師の対策は?」

「反魔の装備を整えた。それに、魔法使いと違って呪術は即効性のある異能ではないからな。直接に戦う分には白刃の方が優位だ」

「なるほど」

「実行は正午」


 あと数時間は猶予がある。

 こうなると問題なのはナターシャの扱いだ。騎士団とともに荊たちも乗り込んでナターシャを助けるのも手であるが、討ち入りと同時に殺されてしまっては意味がない。

 ならば、ドルドの身柄を捕獲するのと、ナターシャの救助は別で動くべきだ。


「実は俺達もやりたいことがあって」

「? なんだ」

「ナターシャさんの誘拐です」

「……誘拐?」


 穏やかではない単語にセルクは片眉を上げた。

 救命のために、ナターシャの身柄を確保する。荊はアイリスの福音を不思議な力と置き換え、今朝に島で相談した通りのことをセルクへ伝えた。


「誘拐には俺とアイリスで行きます。その間、可能ならペネロペに例の呪具の解呪をさせてもらえませんか。もしかしたら、屋敷に同じものをつけた人がいるかもしれません。解けるか、解けないか。それを知っておくだけでも指標になると思います」

「……異論ない。が、その、大丈夫なのか? アイリスを屋敷に連れて行って」


 セルクは気遣わしげにアイリスを見やる。

 アイリスは「ご心配ありがとうございます」と頭を下げた。


「私は大丈夫です。私にやれることをやります」


 アイリスはくっと眉を上げると、自信を持って胸に手を当てた。やる気に満ちた少女に、余計な心配は不要なようである。

 荊の肩に乗っていたネロが「みゃみゃみゃ」と、アイリスに続いて元気に返事をする。それを聞いてアイリスは一層に胸を張った。


 実際のところ、アイリスには不安も恐怖もあった。

 しかし、それよりも友人の力になりたいだとか、自分と同じような境遇になる者を増やしてはいけないだとか、気狂いかと思えるほどの優しさが勝っていた。


「無事に連れ出せたなら病院に来い。今回の作戦本部はルマ分室の事務所に置けないからな。病院に本部を置いている」

「分かりました。最悪のパターンがあったとして、どうにかする手はずはあるので、何かあってもこっちのことは気にせずで大丈夫です」

「……ああ」


 セルクは呆れたように相槌を打った。

 どうにかする手立ては構わないのだが、常識の範疇であろうな、と疑う視線である。


「俺はナターシャさんの誘拐が終わったら教会に行きます。ハワード家への討ち入りを知られて逃げられたんじゃ困りますから」

「そちらは私も同行する」

「え――?」


 荊はセルクからの同行の申し出にわずかに顔を引きつらせた。その感情の機微に気付いたのはネロだけで、間延びした猫の鳴き声が荊を嘲笑う。

 荊の言い分は耳に聞こえる分には真っ当であるが、本当のところは私情に塗れていた。神父相手に拷問だってなんだってやろうと思っていたのだ。しかし、誇り高き騎士様の前でそれは許されないだろう。


「この街の安寧を守ることが私の仕事だ」

「……分かりました」


 最後に大まかな流れと個人の動きを確認して、全員が大きく頷いた。

 セルクとペネロペは病院へ、荊とアイリスとネロはドルドの屋敷へ。一度、動き始めてしまえばこの作戦は止まらない。アイリスとペネロペは緊張の面持ちである。


「式上」


 セルクは荊にたたまれた紙きれを差し出した。

 荊はなんとなしに受け取り、紙を広げる。書かれている内容にざっと目を通し、訝しげにしわを寄せた。


「なんですかこれ」

「騎士団の入団試験の報せだ」

「いりませんよ」


 紙に書かれているのは、騎士団への入団試験の案内。

 ご丁寧に試験内容の下に手書きの注釈が書かれていた。荊の名前と推薦をする旨の一言。ラドファルールとセルクの署名も記入されていることが、余計に荊の顔を歪ませる。

 これ一枚でコネで入団試験に臨むことができ、成績に関係なく合格までできるようだ。


「俺は騎士団には入りません」


 荊は入団試験のちらしを折りなおし、セルクに突き返した。

 セルクは驚きのあまりにぽかんと呆ける。断れれるとは思っていなかった、と言わんばかりの表情だ。

 少しの沈黙の後、はっとした彼女が見つめたのは荊ではなくアイリスだった。


「まさか、その子のために才能を無駄に……?」

「はあ?」

「ギルドなら時間の都合もつく。彼女の世話をするために定職についていないのか」


 随分と無礼な想像だ。荊はむすりとして「さすがに怒りますよ」とセルクを窘めた。

 荊はこの話を続けるつもりはない。未だに状況を呑み込めていないセルクを無視し、隣でそわそわとしているペネロペの前で膝をついた。彼女の背中では瑠璃色の羽が落ち着きなく動いている。


「ペネロペ」

「ひゃい」

「大丈夫そう?」

「う、うん」

「何かあればセルクさんに言うんだよ」

「わ、分かった」


 荊がペネロペの両肩をぽんと叩いた。肩に力は入っているが、動揺はしていない。真っすぐに荊を見据えた瞳に、これなら大丈夫だろう、と荊は手を離した。


「荊」

「ん?」

「騎士団が呪術師を捕まえたら、僕、会わせてもらえる?」


 ペネロペがナターシャの件を請けたのも、ハワード家にいる呪術師を探すため。騎士団がドルドの身柄を拘束するのは良い話であったが、そうなれば呪術師もまた身柄を拘束されることになる。

 囚人となった呪術師と会えるのか、とペネロペは懸念していた。


 ペネロペの事情を知らないセルクは「呪術師に会ってどうする」と当然の疑問を口にした。


「おじいちゃんを、殺した呪術師が、屋敷にいる」


 今日何度目か分からない重苦しい空気。

 セルクは「そうか」と当たり障りない返事をした後に「私が便宜を図ろう」と続けた。それを聞いて安心したのか、ペネロペはほっとした顔でお礼を述べた。


「おい、式上。最後に確認だ」

「はい」


 セルクは荊を呼び寄せると声の音量を落とし、アイリスたちには聞こえない大きさで「ペネロペと会わせる気か?」と尋ねた。


「いいえ、俺としてはペネロペに会わせるつもりはありません」

「……祖父の、仇だと」

「ええ、それも確認してみないことには。呪術師じゃないというなら、会わせてもいいかと思いますが、おそらく、そうはいかないでしょう」


 荊の淡々とした物言いにセルクは小さく「そうだな」と答える。セルクは浮かない顔でいるが、ここで相談して解決する問題でもない。

 二人は視線だけで結論をつけると、互いに背を向けた。


「じゃあ、俺たちは行きますね。後で」

「ああ。気をつけろ」


 病院に向かう二人と別れ、荊とアイリスは歩き出す。

 アイリスは小さな声で「荊さんのおまけじゃなくて、相棒って言ってもらえるように頑張りますね」と告げた。どうやらセルクに遠回しながら荷物扱いされたことを気にしているらしい。ただ、その表情は落胆というよりは、奮闘しようというもので、荊は彼女の気丈さに微笑んだ。


「うん、期待してる」


 ネロはきょろきょろと周りを確認し、口を開いても大丈夫だと確信したところで「今日で全部片づけるのはいいけど、勢いで何とかなるの?」と首を傾げた。確かに作戦というには突貫で、行き当たりばったり感は否めない。


「何とかするよ」


 荊はこの件で明かされていることも、隠されていることも、すべてを処理する気でいた。結果、ルマの街が破綻するようなことになってもだ。

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