第2話 魔力のあれこれ
「魔法と魔術って違うものなんですか……?」
「そだね。魔法は魔石に込められた魔素を扱う技能で、魔術は薬草学、占星学、精霊学からなる学問」
しれっと言い放った蘇芳に、荊はぐっと歯を食いしばった。
魔力から始まった講義が既に脱線している。しかし、聞かずにはいられなかった。
この話題は長くなるな、と直感して唸る。
生徒の表情が色よくないことに気づいたのか、ラドファルールは「異能の区別はともかく異能者の見分け方は簡単!」と人差し指を立てて荊へと突き付けた。意気揚々だ。
正直、荊はその物言いを信用していない。
「魔素を扱うのはどっちも一緒だけど、魔法使いってのは魔石がないと話にならないから、杖とか装飾品を必ず身につけてんの。対して、魔術師は自分の体に魔素を溜めるから、髪とか目の色が特徴的」
――まずもって魔素って何?
魔力、魔法、魔術、魔素、魔石。
見分け方は簡単、などと言われても、何がどう簡単なのか。
全然納得していない荊に蘇芳とラドファルールはふむとと考え込んだ。異世界の青年は難しそうに顔をしかめているが、彼らにしてみればそういうもの、で片付く話でしかないのだ。
「あたしはごつい装飾のバカでかい杖を持ってるやつはみんな魔法使いだって覚えた気がする」
「耳が千切れそうなイヤリングとか~、ご飯食べるときに邪魔そうなネックレスとか~」
「そうそう! それで、目とか髪が異様にきらきらしてるのは魔術師」
「……それは分かるかもしれません」
簡素に言われた特徴は荊の知るところだった。
どちらも街で見かけたことがある。
邪魔じゃないのかと思うほど大きな杖を持つ者、青くきらきらした輝く髪の毛を持つ者。魔人の特徴の方がインパクトがあり、特に目も止めなかったが、きちんと魂を覗くまでしておけば、何か特徴を掴めたかもしれない。
荊はとりあえずは、その大雑把な分類で魔法使いと魔術師の区別をつけることで納得した。
「呪術っていうのは?」
蘇芳はむーと唇を突き出した。
「んー、呪術はね、やっぱり魔力は使うんだけど魔素は関係なくて、対象に呪いをかける異能だよ。なんていうかなあ、眠らせたり、幻覚を見せたり、じわじわといたぶる的な」
「さっきの二つとはちょっと毛色が違うかもね~。呪術って極東の神道に由来した学問だから。呪術師は見た目では分からないし」
「呪術師が表に出てくることってほとんどないからね!」
「感覚でなんとかなる魔法と違って、魔術と呪術は勉強が必要だから、一家相伝っていうのも特徴」
荊は大きく頷いた。
魔法使い、魔術師、呪術師。この中であれば圧倒的に呪術師に共感が持てる。
呪術というものは一応、元の世界にもあった。
本物の呪術師を見たことはなかったが、偽物の呪術師は何人か会ったことがある。どれも表に出る見世物の呪術師がいて、裏に呪いという名のあれこれを行う悪魔使いがいるという組み合わせであったが。
「それで? どうどう? 魔力は測れそう?」
荊は悪魔の手を借りて”眼”を開いた。
見えるのは魂にまとわりつく精力。
悪魔を使役するのにも必要な力がこの世界でいう魔力であるなら、質問の答えはイエスだ。
ラドファルールの魂は平均的なもの。しいて言えば、ひたすらに優しい光。善人の魂だ。
対して、蘇芳の魂は煌々《こうこう》としていた。たくさんの魂を見てきた荊も目を見張るくらいには強く猛々しい。燃え盛る赤。
「蘇芳ちゃんはとても強くて、ラドさんは標準的かちょっと弱いくらい」
荊が眼を閉じて評価を述べると、二人は顔を見合わせた。その表情を見る限り、荊の判定は間違いなさそうである。
「そうですね。数値化まではできませんが、まあ強弱くらいは」
ざっくりとした測定は可能だ。
そこまで考えて、荊はもしやと浮かんだ可能性に苦虫を噛み潰した顔をした。
悪魔使いとして不可欠の精力がこの世界での魔力であり、それが後天性異能の適性だというのであれば、荊もまたその適正者である。
そうなると悪魔使いが魔法使いなどと同列に扱われるのは道理だ。いくら荊が嫌がっても力の根源が同じであるのだから。
もっといえば、悪魔使い兼魔法使いになることも可能ということ。
荊はかぶりを振って脳内に浮かんだ妙な考えを消し去った。
「式上クンさあ、騎士団の入団試験に試験官として参加しない?」
真剣なラドファルールに対し、荊は「いいえ」とにべもなく拒否したが、蘇芳は「報酬次第かな」と前向きに応えた。勝手を言う口をぎろりと横目で睨めば、にやにやと悪戯っ子の笑みが返される。
ああだこうだしているうちに、いつのまにか魔物の身体を焼き付く炎も消え、すべてが灰になっていた。今日の仕事も、魔力の講義もここまでだ。
ラドファルールからの依頼を終え、荊と蘇芳はギルドへの帰り道を歩いていた。その足は真っすぐに帰還するのではなく、一つの可愛らしい店の前で止まる。
オレンジ色の屋根、甘いかおり、窓ガラスの向こうには様々な菓子が並んでいる。
「ここがご所望のお店だよ。木の実を使ったお菓子のあるお店!」
「ありがとう。助かったよ」
「いやいや、これくらい。いつもお仕事頑張ってくれてるし!」
この店に――正確には、とあるお菓子を扱っている店に行きたいと言い出したのは荊である。彼は甘党でお菓子は好きだが、店を探していたのは自分のためではない。
店に入れば、木の実を使ったお菓子が、木の実の模型とともに並んでいた。専門店なのだろうことが一瞬で分かる。
その中で、荊の足が止まったのは桃色の実とともに並べられたクッキーの前だ。
「パオの実が好きなの?」
「うん。アイリスが」
荊にとって特別の少女が好きなもの。
クッキーを手ににこにこと笑う青年に、蘇芳は「ひえ」と心の声を口でもらしていた。
蘇芳の周りにこういった気遣いをする人間は珍しかった。男女問わず、ギルドには腕に自信のある粗暴な人間が多い。気持ちよりも金を持ってこいという連中ばかりだ。
それに比べ、荊のなんと殊勝なことか。帰りを待つ少女の好きなものを買って帰ろう、という思いやりに蘇芳はただただ驚いてしまう。
見てはいけない一面を見ているようだった。
会計をするから外で待っていて、と言われ、蘇芳は素直に言葉に従った。余計なからかいの言葉を投げるのは野暮だろう。
「お待たせ。はい」
荊が握った手を差し出してくる。蘇芳は不思議そうにしながらも、反射的に手を伸ばしていた。
手のひらの上、ころんと転がるそれは花柄の包装紙に包まれた小さな贈り物だった。
「蘇芳ちゃんに」
「……え?」
蘇芳はじっと手の上に乗ったそれを見つめた。そんなわけあるはずもないのに、きらきらと輝いているように見える。
「あ、ありがとう」
「こちらこそ。いつもありがとう」
優しく微笑む荊に蘇芳は感心した。彼はこうやって人の心を捕えていくのか、と。




