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死神と呼ばれた悪魔使いは追放された異世界で生贄少女と生きていく  作者: 真名瀬こゆ
第3部 第1章 悪魔使いの勇者と太陽神の聖女

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第5話 太陽神の聖女

「ニスカ……」


 アイリスは酷く掠れた小さな声を絞り出す。


「会いたかった、お姉さま!」

「おい、ニスカ。今はおれが――」

「駆琉は黙ってて! ああ、お姉さまっ!!」


 荊は世界を越えて駆琉と再会したことよりも、今の方がよっぽど驚いていた。呆然と突然に現れた少女とを見つめている。

 言葉の意味を素直に受け取るならば、桜色の少女はアイリスの妹。

 それにしてはアイリスの表情は強張ったもので、歓喜に満ちている妹とはかけ離れた表情だ。幸せな再会には到底見えない。


 そして、荊には一つ確信を持って言えることがあった。

 アイリスは過去を語りたがらない。

 荊はその詳しい理由を知らないが、良い理由でないことは察していた。同じ血を分けた妹ならば、姉の抱えた()()を知っているのではないか。もしくは、彼女がその()()に関与している可能性だってある。となれば、姉妹の再会はアイリスにとってどんな意味を持つだろうか。


 荊の表情が崩れたのが嬉しかったのか、駆琉はふふんと得意げに鼻を鳴らした。


「お前、おれが何者か分かってねぇな!!」

「え?」


 駆琉は大きく胸を張る。

 先ほどまで小動物然としていた姿はなく、自信に満ちた様子で仁王立ちした男は声高らかに宣言する。


「いいだろう、よーく聞いとけよ!! おれの名前は――」

「声でか」

「ネロ、いちいち突っかかるなよ。自己紹介ぐらいさせてあげな」


 ネロの減らず口は止まらないようである。ぶすくれた白猫は不機嫌を隠す様子もない。


「お前のその馬鹿にした口振りホントいらつくんだよ!! おれの方が年上だかんな!!」

「承知してます」


 きゃんきゃんと咆える駆琉をあしらいながら、荊はこの状況をどうすべきかと頭を働かせていた。

 桜色の少女――ニスカが現れてから、明らかに場の空気が変わっている。しかも、荊たちの追い風ではなく、向かい風の方に。


 先ほどまでは日常の一つとして溶け込んでいたはずなのに、今、この一画は完全に周囲から浮いていた。次々に立ち止まる通行人の足、重なる人影、あっという間に出来上がった人垣は、まるで逃走を許さない檻のようだ。

 向けられる数多の視線。それはまるでスポットライトのようにこの一団に降り注いでいた。ぼそぼそと聞こえてくる野次馬の言葉から想定される状況は、荊にとっては良いものではなかった。


 駆琉は仰々しく咳払いをすると、気を取り直して口を開く。


「おれは朝日奈駆琉、この世界の救世主――勇者だ!!」


 ネロは相変わらずに駆琉を軽視していたが、荊は押し黙った。

 百歩譲って、駆琉が勇者なのは構わなかった。問題はその同行者――、アイリスにぴたりとくっついている桜色の少女の方だ。

 勇者がいるぞ、と爆発的に騒がしくなる人混み。

 その声を一瞬で静寂に変えたのは「この悪党!」と抗議を上げる声だ。桜色の少女。言っていることに可愛げはないが、声色は見た目の愛らしさを裏切らず、鈴を転がすような声である。

 桜色の少女はアイリスを解放したかと思えば、強く手首を握り締めて自身の後ろに隠した。


「あなたがお姉さまをたぶらかしたのね!!」

「コイツも声でけえ」

「ネロ」


 今やネロに言葉をしゃべらせるわけにはいかなくなっていた。

 祭りの前日に舞い上がっていた市場で最高潮に盛り上がっているのが、この片隅も片隅にある一画だ。人語をしゃべる猫の存在を知られたくはなく、荊はそっとネロの口元に手を当てた。


「太陽神の聖女、ニスカ・オーブシアリーの名を持って、お姉さまを保護します」


 丁寧な自己紹介によって野次馬は更に過熱した。漏れ聞こえていた噂話が本当だと分かり、荊はゆっくりと息を吐き出す。

 疑う余地もない。目の前の春爛漫の華やかで美しい少女――ニスカ・オーブシアリーは、アイリスの実妹で太陽神に愛された聖女である。


「に、ニスカ、離して」

「駄目よ、お姉さま。また何処かに行ってしまったら、わたしが悲しいもの」


 改めてまじまじと見ずとも、二人の顔立ちはよく似ている。二人とも美少女には違いないが、ニスカの方が派手で華のある目を惹く容姿をしていた。並ぶと違いがよく分かる。瞳の色は同じ萌木の色で、誰が見ても血縁を確信するものだ。


「そもそもさあ、なんで荊がアイリスと一緒にいんだよ」


 その言葉で荊は初めて駆琉とアイリスが顔見知りだと知った。

 そして、アイリスが勇者一行と聞いて動揺したことに得心がいった。彼女は勇者一行と遭遇した時、こうなるのが分かっていたのだ。


 荊は瞬く間に荒れたこの状況の収め方が思い浮かばず、思わずに唇をへの字に曲げた。

 勇者と聖女――世界的に見てもこれ以上に善を体現した役職はないだろう。そして、その聖女に悪党と呼ばれた荊がやりたいことは、アイリスを連れてこの場から逃走することだ。無理に押し通して、やれ誘拐だの、やれ拉致だのと騒がれてはたまったものではない。


 唯一、荊の心に平穏をもたらしているのは、アイリスが荊の元へと戻りたがっていることだった。助けを求める視線がじっと荊へ向けられている。


「やーっと見つけたあ」


 間延びした男の声が場の空気を壊す。荊や駆琉、ネロのものでもない。新たな第三者。


「い、荊さん――!」


 瞬間、アイリスはニスカの手を払い、荊の元へと駆け出した。荊も手を伸ばし、細い腕を掴むとそのまま力一杯に引き寄せた。

 荊の背中に隠れるように収まったアイリスは、力の入らない手で広い背中に縋りつく。当然のようにネロがアイリスの肩に飛び乗り、警戒する視線でニスカをねめつけた。


「お、お姉さま……?」


 宙を泳ぐニスカの手は何も掴めない。

 荊は今すぐにでも立ち去ってしまいたかったが、そうはいかなかった。


「痛いよお」


 乱入者の男――砕いた宝石をかぶったかのように輝く銀色の髪の青年が、不格好に地面に転がっていたからだ。足首を押さえて痛みにのたうち回っている。

 人混みを分け出てきたまま、何かにつまずいて転んでしまったらしい。

 えぐえぐと情けなく鼻を鳴らす男は、丁度、勇者一行と荊一行を隔てる壁のように横たわっていた。


 細身の青年は黙っていれば、女性かと見間違えてしまいそうな容貌だ。

 柔らかな銀色の猫毛。後ろ髪は短髪であるのに、前髪は丸い輪郭を隠せるくらいに長い。小柄で肉付きの悪い痩身の身体からは性別での特徴が見て取れず、一目で男性だと断定できるものではなかった。


「エク! お前ってやつは、ホントに間が悪ぃ!」


 駆琉は呆れたように吐き捨てる。

 それから、がしがしと自身の髪をかき混ぜ、拗ねたように唇を尖らせる。苛立ち交じりに「どうしても一緒に旅がしたいって言うから連れて来てやったのによ」と小言を零した。


「お前はここまでだかんな。もうついてくんなよ」

「え……? ええ!?」

「こっちは遊びで旅行してんじゃねぇんだぞ!」


 転げたままの青年は、長い前髪に隠された瞳を潤ませた。瞳の色も髪と同じく、宝石のような輝きを孕んでいる。涙の膜によって光が散乱し、一層に作り物のようだった。

 今にも泣いてしまいそうな青年は悲愴な声を上げる。


 荊は体の向きは変えずに「ごめん、アイリス。荷物持ってくれる?」と後ろ手に買い物用のバスケットを押し付けた。アイリスはそれを肯定の返事とともに受け取る。

 両手の空いた荊は一歩、前へと進み出た。


「じゃあ、彼は俺が預かりますね」

「え、え?」


 荊は足を痛めた青年の傍に寄ると、背中と膝の裏に腕を差し入れ、軽々と抱き上げた。見た目の通りに男は軽い。

 荊が銀色の男に手を貸したのは、怪我人だからというのもあるが、怪我人がいるという大義名分でこの場から離れることができると踏んだからだった。

 きちんと手当てするから、と出しに使うことを胸中で謝罪する。


「善人ぶってんじゃねぇよ、死神が」


 駆琉は憎々しく舌打ちをした。

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