城下の店
城下にはいくつか、おかしな噂のある店がある。十織はその日、セレフェールに連れられて、そのうちの一つを訪れていた。
「こんにちは、おじさん」
「ああ、いらっしゃい、セレフェール」
ひとの良さそうな顔をした壮年の男性が、二人を出迎える。その男性は目ざとく十織に目を留める。
「そちらのお嬢さんは、初めてですね。私はゲルグと申します。貴女は?」
柔和に微笑む。十織はにこりともしないで、片倉十織、十織が名前です、と答える。
「カタ、ゥラ……トールさん、ですか。珍しいお名前ですね」
その言葉に、この子は異世界人なのよ、とセレフェールは答える。そして、
「さあ、今日も頼んだわよ? ……何を選んでくれるのかしら」
そう挑戦的に笑う。はてさて、何でしょうねえと柔らかな笑みを崩さないゲルグは、セレフェール、十織を順番に見つめ、笑みを深くする。
「さて。今日も、貴女達に入り用なものを、私が選んでさしあげましょう」
“何でも屋”当主ゲルグは、そうお決まりの言葉を告げた。
ゲルグが選ぶものは、今この時その人物に最も必要なもの。それが何かはわからない。しかし、出されれば必ず思う。……ああ、これが欲しかった、と。
“何でも屋”と名乗ってはいるが、巷では“願い事叶え処”などと呼ばれもする。常連となって毎日のように通う者もいれば、ここぞという時に訪ねる者もいる。セレフェールはどちらかと言えば前者で、仕事の関係で毎日は来られないだけだ。
「ああ、そっか、そうね。確かに、そうだわ……」
先にそれを渡されたセレフェールは、感心して笑顔になる。その手にあるのは、何の変哲もない手鏡。そういえば二日前に割れてたわ、と呟く。
「お次は貴女ですね、トールさん。すいませんが、お手を……」
貸していただけますか、と言われ。十織は躊躇いつつ、右手を差し出す。興味があると連れてきてもらったのは十織自身であるから、嫌だと駄々をこねるつもりは元々ない。
十織の手をそっと両手で包んだゲルグは、半眼になって前方を見つめる。その視線は十織を見通して、さらに遠く、どこかへ向けられている。
「そう、ですね」
しばらくして、そうぽつりと呟いたゲルグは、十織の手を離す。店の奥に行き、何か手に持ち戻ってくる。
「こちらが、よろしいかと思います。お持ちください」
手渡されたのは、背面のある四角い枠のようなもの。飾りもない、両手の平に乗るほどの。
「おじさん、それは何かしら?」
当然尋ねたセレフェールにゲルグは、
「さて。それをどう使うかは、この方次第」
意味深に微笑んだ。
ゲルグから必要なものを受け取った二人は、それを手に店を出た。
セレフェールとの買い物を終え部屋に戻った十織は、それを見つめて小さく息を吐く。
十織はそれに見覚えがあった。四角い枠、取り外せる背面の木板、前面には透明な覆い。裏側には立てられるように支えがある。
「写真、立て」
それは、何とも簡素な写真立てだ。写真などないこの世界に何故こんなものが、と思う。
「必要な、もの。……これが?」
“出されれば必ず思う。ああ、これが欲しかった、と”
――写真立てには写真が必要だ。飾る写真は、とっておきのものだ。見ていて嬉しいもの。笑顔になれるもの。
十織はその写真立てを、ベッド脇の引き出しの奥深くに隠すよう仕舞い込んだ。