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王女の子


 廊下を歩いていると、前方から二人の子ども。ファリナとファリオだ。


「あ、トールさん。こんにちは」


 十織に気付いたファリナが、廊下の向こうから笑顔で大きく手を振る。十織は会釈をして近付く。


「こんにちは、ファリナ様、と、ファリオ……様。どちらへ?」


 人型をした王の杖はどう呼べばいいだろう、むしろ挨拶はすべきなのか、と考えながら、十織は社交辞令としてそう訊く。きらきらと笑うファリナは、十織の問いに、


「娘に会いに行くのよ!」


 そう元気よく、答えたのだった。







「娘ですって?」


 セレフェールもまた、信じられないという表情をした。どうやらこれは、王宮の常識ではないらしい。


「娘って、ファリナ様、まだ八歳だろ。そんな、まさか……」


 あらぬことを考えたらしいキィスが、顔を赤くしたり青くしたりしながら呆然と呟く。八歳じゃ子どもはできないわよ、と突っ込みを入れたセレフェールはまだまともなようだ。セレフェールの言葉に頷いた十織は、噂の“娘”について考えを巡らせる。きっと、犬や猫のようなもののことを、娘と言っているのではないだろうか。そう思う。試しに二人に尋ねてみれば、


「そういえば、ファリナ様、綺麗な黄色い羽の鳥を一羽、飼っているわ」


 セレフェールがそう答える。


 真偽のほどは知らないが、そういうことにしておこうと、話の決着はついた。




 後日のこと、廊下を歩いていた十織はその光景を目に止め、抱えていた書類を床にばらまけた。


「あ、トールさん!どうなさったの?」


 ファリナが駆けつけてきて、床に散らばった紙を拾い集め始める。それに従いファリオも紙を集める。そして、


「ファ、リナ、様。あの……そちらの方、は?」


 ――もう一人、深緑の髪と淡空色の目をした、ファリナとファリオよりやや年下に見える、少女。三人は手分けして紙を集め、十織にそれを手渡す。


「あら、トールさん。この間言ったじゃないの。この子は、私の娘よ」


 少女は小さく頭を下げ、十織をじっと見上げる。その髪と目の色彩は、ここにいる三人にそっくり共通するものだ。


「あの……娘、ですか? ファリオ、様と同じような、杖、とかではなく?」


 ファリナはにっこりと笑い、杖ではないわ、それに父親もいないけれど、と意味深な言葉を続ける。さらに、困惑で頭が回らない十織を見ながら、ああそうだわ、と両手の平を打ち合わせる。


「トールさん。この子、まだ名前がないの。だから、名前を付けてもらえない?」


 その時点で、十織の脳は許容量をオーバーした。は? と頭が真っ白になっている十織を放って、ファリナはどんどんと事を進めていく。


「異世界では、どんなお名前が普通なのかしら?」


 問われるがまま、頭にくるくるといくつもの名前が回る。何か言わなければ、と咄嗟に飛び出たそれは、


「あき、ら」




 ――明、晶、彰……どの漢字を当てようか?




 アキラ? と復唱され、はっとする。いいえ、あの、と撤回しようとするも、遅い。ファリナは、少し言いにくいわ、と考え込み、ではキラにしましょう、ともう一度笑顔で手を打つ。


「キラ。キラよ! キラ、良かったわね、名前よ。貴女の名前よ!」


 キラ、と名前を与えられた少女はふわりと微笑み、ファリナとファリオと、両手を繋いだ。







 十織はその足で、ルウロの下へ向かった。宮廷魔術士のルウロは、王とその妻子に続いて珍しい、藍色の髪と深紫の目をした青年で、人当たりは悪くないが少し天然だ。はっきり言って、十織はあまり得意な方でない。


「ルウロさん、今ちょっとお時間よろしいですか」


 自室で本に埋もれていたルウロは、十織に呼びかけられ本の山から顔を上げる。ふにゃりと笑みを作り、こんにちはトールさん、とぼやけたような声で言う。


「こんにちは。早速ですけど、質問がありまして。訊いていただけますか?」


 出し抜けな十織にルウロは怒ることも慌てることもなく、お茶を入れますねとゆっくり席を立つ。結構ですとばっさり断った十織は、はいもいいえも聞かないまま、質問だけをさっさと口にする。


「先程廊下で、ファリナ様にお会いしました。“娘”だという少女をお連れになっていたのですけど、ファリナ様くらいの年の方に娘など、いるはずがありませんよね。でも、髪と目の色、顔立ちもよく似ていました。……あの少女は、誰です?」


 ルウロはその問いを聞いていたのかいなかったのか、たっぷり二分はかけて用意し、茶を蒸す間に口をきく。


「そうですか……。ファリナ様も、もうそんなお年なのですね」


 感慨深げな声に、そんな年でないから訊きに来たのだがと内心文句を言い、顔をしかめる。苛々しながら口を開くが、その口から皮肉だか罵声だかが飛び出す前に、


「セレィス王族の方はですね。男女の交わりなく、子を一人成します」


 そう説明し始める。カップを温めた湯を空けるルウロを見つつ、その言葉に集中する。


「王族は、魔術師としては優秀すぎます。そしてその力は、ある程度まで育った後、爆発的に強くなっていきます。自滅するほどに」


 紅茶を注ぐ。琥珀色の液体がカップに満たされていく。


「だから、そうなる直前に、王族は力を分けるのです。多すぎる分を捨てる、と言ってもいいでしょう。そして、体を離れた力は収束し、一人の“人間”が誕生します」


 ソーサーに載せたカップの一つを、ルウロは十織の前に差し出す。にこりと微笑む。


「その少女は、ファリナ様の分身であり“娘”。そっくりなのも、当然ですね」


 差し出されたカップを、躊躇いつつ受け取る。そっと口に含んだ液体は、蒸しすぎたらしく渋みが出て、少し苦かった。


「トール、ファリナ様は、“娘”に名前を付けられましたか?」


 問われ、十織は正直に答える。キラという名を与えるに至った経緯を。ルウロは紅茶をふいて冷ましつつ、その湯気越しに十織へと笑いかける。


「そうですか。……名前を付けたのなら、育てるおつもりなのですね」




 ――もし名を付けなければ、捨て置くはずの命でした。

 ルウロはそう言い、目を閉じた。







 ファリナ、ファリオ、キラ。三人の子どもが駆け回る足音は、時折蔵書室の窓の向こうから、室内へと木霊する。


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