表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/19

神と神


 きっと、何か欠けたものの方が、ずっとずっと強いのだ。


 彼らは、完璧などないと、知っているから。







 いつも通りの廊下を、いつも通りに歩いていた。その十織の前に、ぱっと人影が現れる。前触れなく、いきなりだ。


「あ、んたは……」


 十織や拓考、多くの日本人のそれよりももっと深い、黒の髪。黒の目。姿形はただの青年のようなのに、どこか普通ではない、いつぞやの青年。ジルオール、と名乗った青年は、まさしく射抜くような目で十織を見る。一言問う。


「もう時間はない。決めたのか」


 話が読めない十織は小首を傾げ、何のことだと訊く。ジルオールはしばらく凝視した後、


「……俺は言った。覚悟はしておけ、と」


 最終勧告のような言葉を残して、現れた時同様、その姿を掻き消した。


「ちょっ……! 待ちなさいよ!」


 ジルオールの物言いに、何かただならないものを覚える。そこに最近思っていた疑問の答えがあると直感し、消えた背を追いかけて王宮の廊下を闇雲に走りだす。




 ……その後ろ姿がいつしか消え失せたのに、気付いた者はいなかった。







 ここ最近、アルスがおかしい。ずっと王宮にいるのに、十織の下へ来ない。それどころか、擦れ違っても何も言わない。……むしろ、何かを言わないように、避けてさえいるようだ。


「どう思う?」


 それをセレフェールに問えば、ううんと唸り、考え込む。


「何かしらね。……ここ最近、他のひと達も、何だかおかしいし」


 ルウロさんとかリーエスタさん、ファリナ様も何だか元気がないみたい、とセレフェールは不安げに顔を曇らせる。


「ねえ、キィス。何か心当たりはない?」


 キィスは、俺もわからないと首を横に振る。




 ――ここ最近、王宮の中が、何だか変だ。

 誰もがそれに、勘付いてはいた。







 神は長い間問うていた。何故、彼がこの世界を捨てたのか。何故、自分は一人なのか。


 元々、二人で創り上げた世界だった。ひとと精霊、世界に生きる二つの命。


 見守るのとは違う。世界は、二人の神が管理し、命が育つ箱庭。遊びの延長だった。


 遠き昔、神の一人は世界を捨てた。そして、もう一人の神の下を去った。


 ――私達は間違いを犯したのかもしれない。この世界は、手に余る。


 去った神は、最後にそう呟いた。


 そして、その意図するところは今なおわからずとも、残った神も、去るべき時を見定めた。




 二人の神に創られた世界は、神なき世界となる。







 気付けば十織は、どことも知れぬ場所を走っていた。どこだかわからない場所を、意味もなく、走っていた。


 ……何故走っているのだろう? このまま走って、どこへ着くというのだろうか。


 ただ、足を止めてはいけないと思い、走る。息が切れ、乱れた髪は頬に張り付く。酸欠でくらくらしてくる。引きずるような足が重い。


 止まってはいけない、後ろを見てはいけない、走り続けなければいけない。




 そう、十織はそうやって生きていなかければならない。



「……それがお前の神か」


 ふと、誰かに腕を引かれ体勢を崩す。足が止まる。その恐怖と怒りで腕の先にある顔を強く睨みつければ、青年はもう片方の手の平で軽く十織の頬を叩いた。


「呑まれるな。己を保て」


 深い黒の瞳が、静かに十織を見つめる。その闇のような黒を見ていると、十織の中から徐々に熱い感情が抜けていき、代わりに困惑が広がっていく。


「あ……」


 何を問うべきか、言うべきか、思いつかずに口を開閉させる十織を鋭く見つめた後、ジルオールは手を放す。十織は一歩距離を取り、ジルオールの瞳を見つめる。……その背を追って走っていたことに、思い至る。


「あんた……何。何なの?」


 ジルオールが“何”なのか。事ここに至り、十織はようやくそのどうしようもない違和感に冷や汗を流す。ジルオールは嘆息し、ついていてこいと顎で言うと歩き出す。


「……どこに行く気?」


 警戒して動かない十織に視線をくれることもなく、ジルオールは言う。


「この創られた世界の中で、俺達が一体どこへ行けるというんだ」







 ジルオールはこの“世界”について十織に説明した。




 かつて二人の神が創ったこと。一人の神は遥か昔に去ったこと。


 二人の神がそれぞれ人間と精霊を創ったこと。


 今、残りし神も去ろうとしていること。残される被造物達のこと。


 そして、半精霊という存在のこと。




「……世界に結ばれる、って」




 どういうこと、と問えば、ジルオールは淀みなく説明する。




 人間でも精霊でもない半端もの。神との結びは弱い。彼らは生まれた世界に繋がれ……肉体を失くした後、呼び寄せようとする神の声にも、気付けないことが多い。


「未練と呼ばれるもの。それに惹かれれば、一生、この地へ留まることになる」


 ――そうしてずっと、求め続け、悔やみ続けるのだ。




 お前もそうだと、ジルオールは告げた。


「異なる世界の者。その魂もまた、想いによってこの世界に繋ぎ止められる」


 もし、後悔するつもりがないならば。未練を断つ覚悟があるならば。留まればいい。


「神が去れば、その恩恵も消え失せる。帰れぬぞ。二度と」




 ……それでも、この世界で生きるのならば。


 完璧であれ。人間とは呼べぬほどに。







 ジルオールによって王宮へ戻された十織は、ひどく固い表情で、真っ直ぐに廊下を歩く。進む先にあるのは蔵書室ではない。……王の間だ。


 リーレスの下へ行けば、そこには四人の宮廷魔術士が揃っていた。とても珍しいことだ。彼らは一様に険しい視線を十織へと向け、何用でしょうか、とルウロが代表して口をきいた。


「王様」


 十織の突然の登場に驚いていたリーレスは、呼ばれて小さく首を傾げる。常のように微笑みを見せようとして、十織が異様に真剣な顔をしているのに気付き、笑みを収める。


「……どうしたんだい?」


 問うリーレスに、十織は厳かに告げる。




「王様。私は、帰ります」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ