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窓の風景


 今日は休みだ。セレフェールやキィスは働いているので、十織一人だけで休みを潰さなくてはならない。街に下りてもいいが、今日はのんびりぼんやりしたい気分で、行ったことのない東塔の方面へ足を伸ばすことにした。


 西塔には近寄るなと言われるが、東塔については何も言われない。まさか、サイアスのような人物がもう一人住んでいるなどということは、ないだろう。そう思って行ってみれば、東塔にはちゃんと鍵がかかっていた。


 ぐるりと周囲を一周してみる。入口以外に扉はない。素っ気ない灰色の石で建てられた塔には、窓もない。西塔には最上部に窓があった。東塔には窓すらないということは、鍵がなければ、中の様子は誰にもわからない。


 何があるんだろう、と興味は惹かれる。が、鍵を壊してまで入りたいと思うわけではない。十織はしばらく後、大人しくその場を去った。




 静かに廊下を進んでいれば、目の前からぱたぱたと軽い足音が響く。歩調を緩めて前を見れば、廊下の向こうから、二つの小さな人影。


「ファリオ様、と、キラ様?」


 二人は十織の前まで駆けてくると、ぴたりと立ち止まる。そしてじっと、十織を見つめる。


「な……何? 何、ですか?」


 その視線にたじろぐ。二人はしばらく十織を見つめていたかと思えば、おもむろに手を伸ばす。


「……?」


 何だろうと思いながらとりあえず手を差し出してみる。するとファリオがその手を掴み、十織の体を反転させて元来た方向に歩きだす。


「ちょ、何?」


 手を引かれるままファリオの後をついていけば、もう片手をキラがとる。両側から引っ張られ、意味がわからないままに十織は引きずられた。




 二人の子どもは、どうやったかしらないが、いとも簡単に東塔の扉を開いて十織を中に連れ込んだ。長年閉め切られてたのだろう、密室独特の空気のにおい。


「あの、ちょっと、何? どこに行くの、何するつもり?」


 十織の問いに、二人は答えない。答えられない、と言った方が正しいか。ファリオもキラも、人語を解さない。


 螺旋階段をくるくる上り、息が切れてくる。西塔と同じで、高い。最上階まで行くつもりなのだろうが、確か、この塔には窓一つなかった。


「ちょ、ほんと、何……」


 十織が息を切らしているのに、少しの疲れもなく足を動かし続ける二人。ふと、背筋が冷たくなった。……子どもの外見をしていても、ファリオもキラも、人間ではないのだと。


 本当に何をさせるつもりなのかと、十織は唾を呑む。ちょうど階段が終わり、目の前に扉が一つ待ち構えている。ファリオが無造作にそれを開く。足を踏み入れた部屋の中は暗く、埃っぽく、空気は澱んでいた。


 今さらながら躊躇して足を止めようとする十織を、ファリオは静かに見つめる。その目には、危害を加えようという様子はない。キラも見つめる。無邪気に微笑んでいて、勇気づけるかのようにくいっと小さく十織の手を引く。


 十織はしばし逡巡したが、やがて一つ深呼吸すると、いいよ、と笑った。何が待ち受けていたとしても、怖がるには値しないと思った。


 どこからか明かりが零れる室内、ファリオとキラが連れていった先には、窓があった。五十センチ四方程度の嵌め込み型で、窓の向こう側には壁が広がっている。この窓は窓でありながら、埋められてしまっているのだ。外界の風景を映すことのないように。


 どうしてだろう、と思いつつ、十織は窓の向こうをのぞき込む。そして、驚いて一度頭をのけぞらせる。


「な……何、これ」


 恐る恐る、もう一度のぞく。窓の向こうには……街が、広がる。


 コンクリートの壁。瓦屋根の一軒家。公園の遊具。小さなバスケットコート。舗装された坂道。線路と踏切。あちこちに洗濯物が干されたマンション。電気の明かり。海。


「……あ」


 言葉が、出ない。見慣れた、遠い風景。――青い屋根の、十織の家。


 知らず伸ばした手が、窓を素通りしていることに、気付く。はっとした時には遅かった。


「や、だ、やめて」


 ……戻りたくない! あそこには!







 そして気付けば、泣いていた。誰かが、肩を優しく抱いている。涙に曇った目を向ければ、寄り添っているのはリーレスだ。


「……王、様?」


 掠れた声を出せば、リーレスが十織の目をのぞく。大丈夫かい、と労られ、こくりと頷く。


「……?」


 何が起きたかわからず、呆然とする。そんな十織を支えて立たせ、その涙を袖口でそっと拭いながら、


「すまない、トール。子ども達が、迷惑をかけた」


 いつになく真剣に謝られ、十織は緩慢に視線を動かす。その先に、二人の子ども。ファリオとキラは、作り物じみた無表情で十織を見ている。瞬間、何が起こったのか一気に思い出し、縋るようにリーレスの腕を掴む。


「トール、すまない。大丈夫、もう二度とさせない」


 滅多になく怯えた様子の十織に痛ましげな目を向け、リーレスはその背を撫でる。


「……すまない」


 謝りながら、ただ優しく。







 その窓を開ければ、どこへでも行くことができる。海の上でも、雲の上でも、望むがまま。そんな窓が、ある。


 けれど、その窓は一方通行。……戻ることは、できない。


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