水晶のお姫様
廊下、並び歩くは再びルウロとリーエスタ。
「……なあ、トール」
仕事中らしく、何やら書類を持ってすれ違った十織は、二人に会釈をして通り過ぎる。つい先日はその隣にセレフェールがいた。だが今は、
「それ、誰? ……というか、何?」
乳白色の少女を一人、横に連れていた。
私は引き寄せられたんです。この方は、変わった空気を纏っておいででしたから。
乳白色の少女マールウーカは、十織に寄り添い、宮廷魔術士の二人に向き合って、そう説明する。マールウーカは、乳白色……そう表現するのが一番正しいような色合いをしている。髪、肌、目、爪まで、全てがまるでオパールのような乳白色。光の加減で青、赤、黄色などに色付く様は、まるで宝石そのもののよう。
「貴女は……精霊ですか?」
ルウロの問いに、マールウーカは首を傾げる。そのようなものです、と曖昧に答え、
「あの、私、トール様に“お願い”を聞いていただいていて……」
そう切り出す。同時に、マールウーカ!と十織が声を上げる。その視線は責めるような強さで、ろくでもない“お願い”をされたことは、一瞬でわかった。
「いや、続けてくれ」
「言わないでいい、マールウーカ」
マールウーカは、十織とリーエスタに挟まれて身を縮こませルウロに視線を向ける。ルウロはマールウーカの目を見て、その瞳に悪意や後ろめたさが見られないことを確認する。
「トール、何を“お願い”されたのです? 言えないようなことでも」
「関係ないでしょ」
「ありませんが、事情によってはお手伝いしましょう。マールウーカ、私達もいた方が都合はいいかもしれませんよ。……一体何を、“お願い”したのです?」
マールウーカはちらりと十織を見て、ぱくぱくと口を開閉させる。十織はそれをじろりと見つめ、ふうと溜息をつくと、
「いいよ。……好きにしたら?」
そう、諦めたように苦笑した。
王宮の宝物庫に入りたいのだと、マールウーカは告げた。どうしても、行かなければならないのだ、と。
「宝物庫なんかに、何の用だよ」
「……ごめんなさい、言えません」
「何でだ。やましくないなら、言えるだろ?」
「……ごめんなさい」
詳しい理由を伏せるマールウーカを、宥めるように責めるのはリーエスタ。十織とルウロは二人の間に入るでもなく、並んで先導する。
今四人は、宝物庫への道を歩いている。鍵はルウロが開けるらしく、事情を聞いたルウロはその時、私に話してよかったでしょうと優しく微笑んだ。十織はそれに、悔しげな笑みを返したりもした。
十織にもわからない。何故、マールウーカの願いをきいてあげたいなどと思ったのか。
ただ、とてもひたむきで、あまりに必死で、放り出す気になれなかったのだ。たとえ一目で、人間ではないとわかっても。
そうこう考えているうちに、宝物庫の前に着く。ルウロがすっと右手を前に伸ばせば、その手の平にどこからともなく光が灯る。丸い光は徐々に集束し、小さな鍵が現れた。
「マールウーカ。開けますよ」
宣言されたマールウーカは緊張した様子で頷き、お願いいたしますと答えた。
そして開いた扉の先、マールウーカは他の宝に一切視線をやることなく、奥の壁際に置かれた置物へと駆け寄った。
「姫様……!」
そう叫び手を触れたそれは、見事な水晶。
「姫様、マールです。マールウーカが、迎えに参りました。……帰りましょう、姫様!」
水晶がわずかに色付く。ごく淡い青……清浄な気が辺りに満ちて、それはふと形を変えた。わずかに青い、透明な髪と目。そして透き通った肌の、美女。
「マール、来てくれたのね。迎えに、来てくれたのね……!」
ありがとうと流す涙が、結晶となって床にこぼれる。かつんと、小さな音が雨音のようにいくつも響く。
「そういう、ことですか……」
得心がいったルウロは、感心して声を上げる。何が何だかまだよくわからないリーエスタは、一体何が何なんだとルウロに助けを求める。ルウロはわかりませんかと苦笑しつつ、教えてやる。
「マールウーカは、あの水晶の仲間……おそらく、虹色石です。ファリオ様と同じく、人型をとった形態の、ものです」
ようやく状況を把握したリーエスタは、そういうことかと手を打つ。
「つまり、仲間を、助けに来たってことか」
そのようですと頷き合う王宮魔術士二人からやや離れ、十織は、再会を祝うマールウーカと水晶の女性を見やる。
「……良かったね」
小さな声で言い、微笑い。静かに身を翻した。
次の日のこと。リーエスタが仕事をしていた十織を訪ねてきて、昨日はどうして何も言わずに帰ったんだと問う。だってもう用はなかったしと澄まして言えば、そういう理由かと苦笑する。
「お前が勝手に消えるから、マールウーカとお姫様、残念そうだったぞ。すぐ帰らきゃいけないから、お礼も言えないって」
十織はそうだったんだ、悪かったよと悪びれもせず答える。
「で、用は終わりでいい?」
聞くだけ聞いて仕事に戻ろうとする十織を、ちょっと待てよと引き留める。
「せっかちだな。渡すものがあるんだ。……これ、お礼代わりだと」
渡された小袋を傾けると、中からは小さな結晶がころころと転がり出る。
「これは……?」
不思議そうにそれを日にかざす十織に、それはお姫様の涙だと言う。
「綺麗だろ?」
手柄を果たしたように得意げなリーエスタを無視して、かざした透明な結晶からいくつもの光が、色付いてこぼれるのを見つめる。
「……うん。綺麗だ」
十織はしばらく、その美しい喜びの涙に見惚れていた。