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遠い国の物語


 ルウロとリーエスタは、二人で廊下を進んでいた。二人で仲良く仕事をしている、なんてわけではない。たまたま食堂で出会い、そのままなし崩し的に会話をしている。そんな二人の前に、仕事中らしく本を抱えた十織とセレフェールが通りかかる。会釈と短い挨拶を交わしすれ違った時、ふと、何か感じた気がして、ルウロとリーエスタは同時に振り返った。


「……今、何か」

「魔術の気配というか……精霊の気配というか、妙な感じが」


 しましたね、したな、と言い合い、通り過ぎていく背中に視線をやる。珍しい黒髪の十織と、明るい金髪のセレフェール。見る限り、二人の女性におかしなところは一つもなく、ただ笑い合う声が、空気に華やかな色を付けていた。







 馬鹿じゃないの、と十織が嘲れば、少女は、貴女失礼よ! と実に可愛らしい声で怒鳴る。華奢で美しく儚げな少女、アーリエスタ。美しい金の髪は光を散らして空に舞い、澄んだ青の瞳はまるで空を映した鏡のよう。純白のドレスに身を包み、衣服の間からのぞく肌は雪のように真っ白だ。


「ひどいわ! どうして、馬鹿だなんて言われなくてはならないの!」


 頬を染め憤慨する様すら、美しく気高い。その容姿はアーリエスタの誉れ、しいては国の誉れだ。……アーリエスタは一国の王女。その全ては、国のもの。


「だって、馬鹿でしょ? そんなところに閉じ込められて、来るかもわからない王子様を、ずっとずっと待ってるだけ。大人しく縮こまって毎日ただ泣いてれば済むなんて、楽でいいね」


 傷付いた顔をするアーリエスタに、十織は追い打ちをかける。


「私、あんたみたいなの大嫌い。守られて大切にされるのが当たり前だと思ってんだろ?」


 状況に甘んじて流され、自分は不幸だと泣くばかり。他力本願で、わがままで、可愛がられることしか能がない。


「……大嫌いだ」


 力を込めてもう一度言えば、アーリエスタはほろりと涙を流し、私だって好きでこうしているわけではないわ、と本音を吐いた。







 数日前、十織は本の修復を任じられた。全て、ページがばらけたり抜けてしまったりした、古い本だ。そして、そのうちの一冊“遠い国の物語”が、ちょっとした状況に陥っている。




 “遠い国の物語”は、簡単なおとぎ話だ。




 ――ある国に一人の姫が生まれました。姫はアーリエスタと名付けられ、とても美しく育ちました。あまりに美しく育ったがため、姫のことを心配した父王は、年頃になった姫を塔へと閉じ込めました。そして、姫に求婚してくる男達に言いました。


“この塔に、多くの罠をしかけた。我が姫を妻にと望む者達よ。この塔を上りきり、姫の祝福を受けるがよい”


 数多の者が塔へ上り、その罠を解けずに去る。けれど、何の身分もない青年が、ある日ふらりと現れ塔に入り、全ての罠を解いて姫の下へ辿り着いた。青年は涙をたたえる姫に向かい、告げる。


「姫よ。私は、貴女を愛しています。この想い一つをもって、貴女の下へ辿り着きました。どうぞ我が妻に、アーリエスタ」


 知恵と力と勇気を携え、愛という想いを胸に塔を上りきった青年は、姫の祝福を受け、アーリエスタを妻とした。二人は、幸せに寄り添って暮らしたという。







 肝心なことに、その本は、結末の部分の数ページがすっぽりと抜けている。ほとほと困り果てていたところに、この少女が現れたのだ。アーリエスタ……この本の姫の名を名乗る少女は、王子様が塔を上りきって現れる日を、ただ待っているのだと言った。




 ――結末が抜けてしまった本の姫が、王子の訪れを待ちわびる。




 それは何だか滑稽で愚かしく、同時に可哀想だとも、十織には思えた。適当に文を書いて結末を作ってしまってもいい。だがそもそも、この本の結末が気に入らない。


 父親の言う通り、なされるがまま、塔に閉じ込められ、知らぬ青年の妻となる姫。これではまるで、物のようではないか。心配だという言葉で、姫を良いようにしようとするなど。


 私だって嫌なのよと、アーリエスタが泣いて、安心した。心の底から父を慕って、塔を上りきったという理由だけでその者の妻とならねばならないことに、もし何の疑問にも思っていないのなら、救いようがないと思っていた。だが、そうではないなら……。


「アーリエスタ。……あんたの未来、私が書き換えるよ」


 心置きなく、この少女を飛び立たせることができる。




 アラバサスは、十織から渡された修正済みの本の中身を確かめて、繰り返し溜息をついている。


「トール……これは、修正とは言わないだろう」


 落丁、ページ間違い、本の汚れ、全て問題はない。しかし一冊、抜けていたページを書き直したらしいそれが、問題だ。十織の、角張った神経質な文字。一目見てわかる通り、そのページに“創作”したのは十織以外の何者でもない。


“その時から、アーリエスタは、姫として国に仕えていくことに疑問を持ち始めました。父親にこうして塔に閉じ込められてまで、大人しくしていなければならない理由はないと気付いたのです”


 ――姫はそして、塔を脱出して旅に出る。一人の人間として、生き始めるのだ。




 そんな結末になっていた。


「……困ったな」


 こうして結末を変えられては、一般に読ませるわけにもいかない。しかし、本来の物語への解釈として、こうした内容も確かに一理あるのだ。


「……書庫行き、か」


 残念ではあるが、書棚には置いておけない。アラバサスは深い溜息をつき、閉架書庫の友人に“遠い国の物語”を手渡すため、廊下を進んだ。


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