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木曜日のひだる神~おじいちゃんとJKあやかし食べ歩き祭~  作者: 刀綱一實
つるつるしこしこ讃岐うどん
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セルフのよろこび

「ほな、行こか」

「ええ、今? お前、食べたばっかりじゃないか」

「アホ。食べ歩きで鍛えられたブロガーの胃をなめるなよ」

「わーい」


 底なしの胃袋を持つひだるが、呑気に喜んでいる。ドリンクだけにしておいてよかった、と俺は胸をなで下ろした。



 ☆☆☆



 冬の日暮れは早い。駅の裏から伸びる通りの中で、コンビニの照明がやけに明るく輝いていた。


「なんだか寂しいところだなあ」


 賑やかな大通りを通ってきた後だけに、いっそう落差が際立つ。ぽつぽつと飲食店はあるが、どの店も大入りという感じではなかった。


「間違えてるんじゃない?」


 路地が好きなひだるも、眉をひそめる。


「大丈夫だよ」

「寂しすぎる道は、野武士が出るから危険」


 出てたまるか。


「ははは、そのボケ百点や」


 幸い四郎しろうは、自分を喜ばせるために言ったと思っている。どうかそのまま、余計な疑念を抱かずにいてほしい。


「曲がるで」


 なんの看板も出ていない、中華料理屋の前で四郎が唐突に曲がる。俺とひだるは、後を追いかけた。


 十数歩進むと、光る看板が見えてくる。毛筆風の文字で、「讃岐麺房 えなが」と書いてあった。


「おお、本当にあったぞ」


 少し奥に入ったところに、木の引き戸が見える。そこから橙色の、温かい光が漏れていた。ガラス窓には白い覆いがかかっているが、玄関横の看板に「かけ」「ぶっかけ」「生醤油」とそそる文字が並んでいる。


「いたっ」


 夢中で駆け出したひだるが、何かに引っかかった。見ると、看板の前に置いてある長いすに足をぶつけた様子だ。


「よく見てろよ……」

「こんなものがあるとは思わなかった」

「ここ、昼は行列ができるからなあ。待つ人用に、椅子があるんや」

「ほう」


 それなら味は期待できそうだ。俺は胸を高鳴らせ、扉を横に引いた。


「いらっしゃいませー。三名様ですか?」

「はい」

「お好きな席へどうぞー」


 珍しいつくりの店だった。入り口のすぐそば、左右に畳敷きの座敷がある。どちらも大きさは同じくらいで、四名が向かいで座れるようになっている。


 そこを過ぎるとレジカウンタ-……の前に、何か湯気をたてている機械があった。


「わあっ」


 ひだるがさっそく食いつく。褐色の出汁の中に、ゆらゆらとおでん種が揺れていた。大根にこんにゃく、牛すじ、がんもどき……定番の具が並んでいて、みな出汁を吸ってぷっくりと膨れている。


「これも美味そうやなー」

「ほら、座ってから決めよう」


 今にも手を伸ばしそうなひだるを抑えて、奥に向かう。


 レジカウンターを過ぎると左手に四人がけのテーブルが三つ。右手には厨房とカウンターが並んでいる。ひだるが厨房を見たがるので、俺たちはカウンターに陣取った。


「すんませんな、大人数で」

「いえいえ」


 温かいおしぼりで手を拭きながら、メニューに目を通す。あまり難しい漢字が分からないひだるは、読めとばかりに俺に押しつけてきた。


「まず、うどんの種類を選ばないとな」

「うどんはうどんでしょ?」

「麺は一緒でも、食べ方が違うんだ」


 かけ、ぶっかけ、ざる、生醤油。ここのうどんは、大きくこの四種に分けられる。


 かけが、最も一般的なだし汁たっぷりのうどんである。丼に入って出てくる、あれだ。メインは昆布やかつお節のことが多い。


讃岐さぬきのだしはイリコ(煮干し)が多いで。その分、上品な味つけやな」

「なるほど」


 横から四郎が補足してくれた。俺はさらに話を進める。


「ぶっかけになると、この出汁が少量になって濃くなる。これを直接、麺にかけて食べる感じだな」

「ほうほう」

「生醤油は、出汁のかわりに出汁醤油をかける」

「出汁がいっぱい出てきてわけが分からない」


 ひだるが言うと、四郎が笑った。


「食材を煮込んで出てきたうまみ成分が『出汁』や。それを醤油に混ぜたのが『出汁醤油』やな」

「なんとなくわかった」

「ただの醤油をかけるわけじゃないけど、とにかく一番シンプルだ。うどんが良くないと美味くならない食べ方だな」

「ふーん」


 ひだるは鼻をひくつかせながら思案している。


「んで、最後のざるは蕎麦なんかと同じだ。ゆであがったうどんを水で締めて、ぶっかけよりさらに濃い出汁で食べる。締めるから一番コシを強く感じるかもな。……さて、どれにする?」

「最後の」


 なんとなくめんどくさくなってきたから、最後に聞いたやつを選びました。ひだるの顔にそう書いてあったが、俺は咎めないことにした。


「俺は生醤油の牛麺にするわ。お前は?」

「うーん、ぶっかけにするかな。食べるの久しぶりだし」


 結局、三人とも違うものを食べることに決まった。あとはサイドメニューをどうするかである。


「おでんが食べたいな」

「俺もや。ひだるちゃんはどうする? 天ぷらもあるで」

「油!」


 カロリー大好き娘は、すぐに食いついた。四郎もにこにこしながら、メニューを指さす。


「鶏か、豚か……あれ大将、ちくわ天なくなったん?」

「すいませんねえ。ちょっと前に変えたんですよ。ちくわはお昼だけになって」

「んじゃ、しゃあないな。ひだるちゃん、鶏か豚や」

「うむむむ……」


 さっきと違い、ひだるは大分悩んだ末に「鶏」と言った。きびきびした店員が、こちらに目線を向けてくる。


「お聞きしましょうか?」

「よし、じゃあお姉さん……ぶっかけの冷や。生醤油の牛麺のあったかいの。鶏天ざるうどん。以上、ひとつずつよろしく」

「はい、かしこまりました」

「おでんも頼めよ」

「すいません、ここセルフなんですよ」

「ん?」


 言われた意味が分からなくて、俺は目をしばたいた。


「あそこにおでんの機械とお皿が置いてあるので、ご自分で好きなものを選んでください。その後、こちらに個数を申告してください」

「へえ……」


 個数でいいということは一律価格のようだ。俺はうなずきつつ、立ち上がった。四郎とひだるもついてくる。


「今度は昼に来たらええわ。揚げ物がここの棚にバーって並んで、バイキングみたいに取れるで」


 何も置いていない金属製の棚を指さして、四郎が言う。


「へえ、壮観だろうな」

暁久あきひさ、予定をあけといて」

「お前は学校だろ」


 設定を忘れていたらしいひだるが、黙って舌を出す。時々こうやって思い出させておかないと。



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