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木曜日のひだる神~おじいちゃんとJKあやかし食べ歩き祭~  作者: 刀綱一實
幽霊も楽しむ本場インドカレー
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恵まれない街

 私が寄っていくと、自然に子供の足がこちらに向く。とん、とんと歩き出し、近づくにつれて勢いがついた。そのまま、体に吸い込まれていく。


「……うん」


 中の霊体が増えたのを確認する。彼は、餓死した魂なのだ。


「知ってたの? ここにいること」

『ええ。近いときに死にましたからな。孫と同じくらいの歳だったので、気になっておりました』


 人がなんとなく気配を感じるように、霊も他の霊体を感知できる。その範囲は、生者より遥かに広い。


『先の戦で親を亡くした子は、たくさん死にましたよ。原因は色々でしたが』

「……茅野かやのはどうして死んだの」


 気になっていたことを、ついに口にしてみた。


『機銃掃射、と言ったら分かりにくいですかな。飛行機の銃から、地上めがけて弾が降ってくるのですよ』

「それに当たったの?」

『ええ。高架を使って逃げている時にね』

「……運が悪かった」


 慰めのつもりで言った言葉だったが、茅野は顔を伏せた。


『運、だったのでしょうかね。私はあの瞬間、確かに獲物だったのだと感じましたよ。本能がそう言っていました』

「…………」

『あの時代に生まれたことが、そもそもついていなかったのでしょうがね。人は、運命のうねりの前には無力。その気づきが、今まで私を地上に縛っていた』

「それが、変わった?」

『ええ。街も人も、変わり続け生きている。そのたくましさを見て、少し安心いたしました』


 茅野の体が薄くなった。背景のロッカーが、透けて見える。


「行くの?」

『ええ。せっかく自由になったのですから、しばらくあちこちを見てからにしますが』


 止めることはできない。それが、茅野の選んだ道だ。私は、黙って手を差し出した。


『握手ですか?』

「そうだよ」

『よくご存じですね』

「暁久に習った」


 茅野の手が触れる。体温などないのに、温かく感じた。


『さようなら。そして、またどこかで』

「うん」


 最後に、茅野の目尻が下がる。その顔のまま、彼は消えていった。


 電車の行き交う音と、人のざわめき。今まで気にならなかった音が、徐々に大きくなっていった。


「終わったか?」


 暁久が聞いてくる。私は首を縦に振った。


「じゃ、俺たちも帰るか」


 駅の中を歩く。暁久は器用によけるが、まだ私はさっぱりだ。ぶつからないようにすれ違う人間たちは、みな楽しそうに見えた。


(……なら、死者は?)


 決して変わらない、取り残された者たち。死んだときの感情が、鎖となって彼らを縛る。街は彼らを飲みこむが、決してそれ以上のことはしない。


「おいていかないで」

「たすけて」

「たすけて」


 あちこちから呼ぶ声が聞こえたような気がして、急に背筋が冷える。不安に飲みこまれるのを防ぐために、足を速めて暁久あきひさに追いついた。



 ☆☆☆



「暁久。寒くなってきたねえ」


 ひだるが唐突につぶやいた。これは単なる感想ではない。なぜなら、彼女はすでに出かける格好になっているからだ。


「……何が食いたい」


 水を向けてやると、彼女は誇らしげに胸を張った。


「らーめん」

「ああ、中華そばか」

「らーめん。豚骨。背脂」


 ひだるは相変わらず、カロリー摂取を主張してきた。昔ながらの醤油味の中華そば……というのを思い浮かべていた俺は、出鼻をくじかれ頭を垂れる。


「しかしなあ……俺はそんな店、知らないぞ」


 俺が外食で食べる麺と言えば、うどんかそば。そもそもラーメンを食べたいと思うことがあまりないため、店の存在を探したことすらなかった。食材さえあればなんでもござれの竜馬でも、何故かラーメンにはお目にかかったことがない。


「探して。スマホ、スマホ」


 ひだるは俺が買ったばかりの携帯端末を押しつけてくる。仕方がないので、俺は画面に向き合った。


「しかしなあ……こういうネットは、単なる宣伝記事も多いし」


 ひだるは大概なにを食べてもうまいと言うが、連れて行く俺の舌に合うかは重要だ。ただでさえ苦手なものに当たるのだから、出来が悪ければ悲惨なことになる。


 広告がのっているサイトをできるだけ除けて、個人が書いていそうな記事に絞る。なおかつ近所で……となると、頼りに出来るのは口コミタイプのグルメサイトかブログになりそうだ。


「ぶろぐ?」

「日記帳みたいなもんだよ。別に誰も得しないが、個人が好きなことを勝手に書くんだ。ただし、みんなが見てる」

「へえ。精神が太いね。領主に首を斬られたりしないの?」

「そんな状況でブログやってる奴はいない」


 ひだるの話を聞いていると、今のところ民主国家であるありがたみを感じる。


「……ん?」


 横から聞こえる指示を適当に流しながらページをくっていると、ふと手が止まった。


「どうしたの?」

「これ、四郎しろうだ……」


 知った顔が、満面の笑みを浮かべてそこにいた。



 ☆☆☆



 何かおごる、と言うと四郎は都合をつけて出てきてくれた。近くのイタリアンファミレスで、ドリンクバーを注文して粘ることにする。四郎だけはタラコソースのスパゲティを追加で頼んだ。


「夕飯か?」

「おやつや。今日は女房がおらんからな、自由なもんやで」

「麺類、好きなんだなあ」

「うん、何でも好きやわ」


 関西弁の色濃く残る言葉遣いは、一度聞いたら忘れられない。ちなみに四郎という名前だが、「ピンピンコロリの会」では最年長だ。


「確かに、ぶろぐも色々だった。うどん、そば、らーめん、ぱすた……」


 ジュースをすすりながらひだるが言う。


 確かに、どれか一つに特化したブログが多い中、彼のブログは「麺の総合情報サイト」としてそれなりに重宝されていた。しかしどうしても専門ブログに比べて情報が少ないため、ランキングでは中途半端な位置にいる。


「しゃあない。それぞれ美味いもん、切り捨てるの無理や。別にランキングなんてどうでもええしなあ。なんでも楽しかったらええねん」


 熊谷四郎くまたに しろう──同じ道場に通う男は、鼻の下をこすりながら答える。彼の態度は全てにおいて徹底しており、剣道の昇段試験もあまり真面目に受けていない。あくまで趣味の一環だと、はじめから割り切っているのだ。


「で、ラーメンの店を聞きたいと」

「うん。こってり」

「チェーンやったら、そういう店はあるけどな。それ以上を求めるんやったら、正直この街は向いてへんで」

「え?」



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