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木曜日のひだる神~おじいちゃんとJKあやかし食べ歩き祭~  作者: 刀綱一實
幽霊も楽しむ本場インドカレー
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カレーの衝撃

 興味があったので、目の前の皿を覗きこむ。両断された皮の中には、薄茶色の物体が詰まっている。食べてみた暁久あきひさが、「芋だな」とつぶやいた。塩味がついている芋あんが、ばりぱりした皮にくるまっているようだ。


 私も自分の分を口に入れる。……うん、普通。中がややもさもさしていて、皮がなければ飽きそうだ。私は、肉の方が好きだな。じゅわっと汁が出てくるやつ。


 味を変えてみようと、ケチャップをかけてみた。うん、甘い。ケチャップの味が勝ってしまうため、なんだかフライドポテトに近い食感。ここでなければならない、という強い衝撃はない。


「じゃ、ちゃとにーを……んっ」


 緑の調味料をつけてみると、がらりと雰囲気が変わった。辛さと酸っぱさが加わって、一気に新鮮な味になる。暁久もそれに気付いたようで、積極的に緑ばかり塗ったくっていた。


「さて、肉ですよ肉」


 まず鶏もも肉。噛むと皮から油が出てきて、大変よろしい。少し酸味があるが、これは腐っているわけではなく「よーぐると」の味だという。ひと口サイズなので、あっという間に終わってしまった。


 続けてひき肉にいく。赤い方がいかにも辛そうなので、黄色の鶏から口をつけた。うん、しっかり肉の味。玉ねぎなど、つなぎの感触はあまりない。噛んでいると、少し痺れるような感じがあった。


「レモンを搾ると、さっぱりするぞ」


 暁久はサラダの横にある黄色い果実をひねり、果汁を肉にかけている。しかし、私は油は油のままいただく派だ。さっぱりなど百年後でいい。


 赤い肉を囓る。こちらは激辛かと思ったが、意に反して穏やかな味付けだ。むしろ黄色の方が刺激があったかもしれない。しかし、肉のクセはこちらが強く、ぎゅっと中から濃い野生が主張してくる。


「ここで助っ人ですよ」


 ちゃとにーを塗り込むと、辛みとクセが相まってちょうど良くなる……はずだった。


「辛っ」

「塗りすぎだ」


 何事も加減が大事。そのことを体で学んだ。水を飲むが、香辛料の辛みが強くなった気がしたのでやめる。


『美味しかったですか』

「うん」

『羊は北の方でよく食べると聞きますが……今は一般的になったのですね』

「そうかな。暁久はほとんど羊なんて使わないよ?」


 水を向けられた暁久が、やや悔しそうな面持ちでうなずく。


「羊はちゃんと管理しないと臭くなるからな。俺には無理だ」

「と、いうことみたい」

『こちらの店はいかがでした?』

「独特の味はあるが、臭いとは全然思わなかった。繁盛店は流石だな。香辛料の使い方が上手いのもあるだろうが」

『ふむ。保存状態も確認しておきましょう』


 茅野かやのはそう言って、また厨房に消える。


「……死んでるのに、熱心だな」

「死んでるからだよ。私たちには、もう何も足せない」


 つぶやく暁久に、私は答える。


「なに?」

「生きているなら、いくらでも人は変わる。でも、死んだらもう固定されちゃうの。生前執着したもの、死ぬ直前に見たもの、それにすがっていないとすぐ消滅しちゃうから」


 愛情、喜び、悲しみ、恨み。この世にしがみつく亡者はいずれも感情を抱えており、振り回され続けている。それが執着だと気づいた者から成仏していくのだが、数百年の時を要する場合もあり簡単ではない。


「ふうん……しかしお前は例外だな。新しい物になじむし、バクバク食うし」

「バクバクとはなんだ」

「事実だろうが。──そうか、だからひだる『神』なんだな。単純な霊体を越えた存在」


 暁久が言う。目の前が急に、広くなった気がした。


「特別なのかな、私」

「少なくとも、普通の霊とは違うな。頑張ってみたら、他にもできることがあるんじゃないか?」

「……わかった。もっと暁久を祟ってみたら、契機になるかも」

「やめろ。やっぱりそのままでいい」


 暁久の顔面から色が消えた時、店員がやってきた。


「本日のカレー。チキンキーマと、ナンですね……あら、大丈夫?」

「はい、もちろん。わー、美味しそうだなー」


 暁久は無理に強がってみせている。面白かったので、私は目の前の男をからかうのはやめた。それに、運ばれてきた皿が今までに輪をかけて魅力的だ。


 楕円形の皿、その上限ぎりぎりまで茶色の液体が迫っている。液体の中には肉の粒がぎっしり詰まっており、間にわずかに野菜の色が見えた。湯気と共に、食欲をそそる香りが鼻に飛びこんでくる。


 その横に置かれた籠も見逃せない。三角形に切られた巨大なパンが入っている。これがナンであるらしい。


 表面が不規則にぼこぼこと膨らんでいて砂場のようだ。普段の売り場で見るものは、もっと表面がつるりとしている。釜で焼くと言うが、どうやったらこんな形になるのだろう。


「どうやって食べるの?」

「まずだな。ナンを食べやすい大きさにちぎるんだ」


 暁久が実践する。巨大に見えたナンは厚みがまるでなく、するりと細切れになった。私もならったが、やや大きめにちぎる。


「その上にカレーを載せて、一緒に食べる。以上」


 暁久は器用にくるくるとナンを巻いて、カレーを包み込む。そのままこぼさず、一気に口に入れた。食べ進めると同時に、暁久の怯えが消えて満足そうな顔になった。


「ふむ」


 暁久にできて、私にできないことはない。真似をして、ナンとカレーを頬張る。


「なっ……」


 なんだ、これは。衝撃の大きさに、霊体たちが揺れているのを感じた。


『異国の姫にさらわれた』

『香辛料の前に、抗う術なし』

『このせんす、すーぱーくりえいたあ並み』

「……無理して横文字を使わなくてもいいぞ」


 意識を取り戻した時、霊たちがまだ喋っていた。いつもはさっさと私の中に戻るのに、しぶとく居残っていた奴が数体いる。それだけ語りたいことが多かったという証拠だ。


「おお、起きたか」

「霊たちの声が聞こえた。こんなこと、久しぶり」

「うるさいのなんのって、感動して自分の一代記を語り出す連中もいたぞ」

「ほう。では、さっそく」


 再度ナンをちぎって、噛む。甘味・辛味、そしてスパイスが生むわずかな苦味が絡まって、普段の食事では得られない奥行きのある味わいが完成していた。出汁でもない、スープでもない。こんな味の液体がこの世にあるなんて、想像もしていなかった。


 ナンも想像外の食感だ。表面の膨らんだ部分はふわふわとして優しく、裏側の焦げ目はパリッと香ばしい。食べ初めと終わりで、別のものを味わっているようで幸福感が倍になる。


「うま。うま」


 幼児のように同じ言葉を繰り返す。すると茅野が側に寄ってきて、ささやいた。


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