Ⅶ
「…………」
「どうせ、何も知らないんだろ? 吸血鬼だから、少し見栄を張ってみたってか? そんなのはどうだっていいんだよ。知らないなら知らないとはっきりと言ったらどうだ? これだから、女っていう生き物は面倒臭いんだよ」
「…………」
ラミアはイライラが募った。
そして、その怒りは及第点を過ぎ、爆発した。
「うるさい……」
「はぁ? 何が……?」
「うるさいって言ってるのよ……」
静かに怒りが増してくる。
テーブルの上に置いてあったコップがカタカタと小さな音を立てて、ラミアが起き上がると、髪の毛がフワッと、宙に浮く。
キィーン!
耳触りがする。
これはラミアから発せられる音だ。彼女が自発的に出しており、目がボーデンを瞬殺する勢いのある殺気を放っている。
「え? ラ、ラミア?」
ボーデンは、その様子を見て、焦りが激しくなる。
手をボキボキと音を鳴らし、牙を出し、瞳が赤くなる。
一歩ずつ、前へ近づいていき、ボーデンの前まで来ると、右手拳を奮え立たせて、そのまま目の前に座っているボーデンを狙う。
「ヒィッ‼︎」
拳は、顔の左側を擦り、突き破る。
怖かった。今までで、彼女の怒っている表情が何よりも殺気立っていた。それは相棒であるボーデンに対しても容赦ない怒った表情。
女は怒らせると怖いと言うが、ラミアは別格だ。昔、エルザに怒られた時以上、本当に怖かったのだ。
「今度、変な事を言ったら、ただの擦り傷では済まないわよ。よく覚えておいて……」
ニコッと笑ってみせる。
「は、はい……」
ボーデンは、震え声で返事をした。
頰の擦り傷から流れる血など、何も痛みを感じなかった。
「知ってる? 私があなたを殺さないでいる理由を? それが何なのか? よく覚えておいておきなさい……」
頰から流れる血を綺麗な人差し指で拭き取り、それを舌で舐める。
彼女がボーデンを殺さない理由。
それは彼自身、まだ、理解していない。
していないままで、その真の理を知るのは、来たるべきなのだろう。
夜が更けていく。
まだ、夕食を食べていなければ、風呂にも入っていない。
旅はまだまだ続く。人が生きている限り、終着点の見えない旅が続いていくのだ。
「飯でも食うか……?」
ボーデンが言った。
「ええ……」
と、ラミアが微笑んで返事を返した。




