Saelum 21
ジュンホンと瞬矢が行動したことできっと隙が生まれる。だが、それは甘い考えだった。アグレアスの前では抵抗など通用しないとクレナは思い知らされる。アグレアスはふたりに向かい右手を伸ばし、低い声で唱えた。
「止める」
ふたりの動きが金縛りにでもあったかのようにぴたりと止まる。
「なんで動かないんだよ!!」
「これは魔術ですっ」
動揺の声を漏らすふたりを余所に、アグレアスの言葉が続く。
「飛べ」
右手で払う動作をした途端に、ふたりが持っていた武器が空高く弾き飛ばされてしまった。
「くっそ! ふざけんなよ!!」
「制止」
次の呪文を言うと、瞬矢の顔が強張る。口を動かしているのに、声が出ていなかった。
「これで静かになった……」
「ふたりに一体なにをしたの?」
「動きを止めて、口を塞いだだけだ。死にはしないから安心しろ」
そう言って、小さく笑う。右肩に刺さったナイフをなんの反応もなく抜き取り、地面へと投げ捨てた。
「こんなもので対抗しようとは愚かだな」
もう、彼に敵う人なんていない。
「さぁ、答えを聞こうか?」
「……行くから」
自分の一言でみんな助かるならと、クレナは震える唇を動かす。
「あなたと一緒に行くから……お願いだから助けてあげて!」
「やっぱりお前は強いな」
アグレアスの手がクレナへと近付いた時だった。突如、目の前に懐かしい後ろ姿が映り込む。純白のスーツに、キラキラ輝く金色の髪。ずっと願い続けた人が、クレナの目の前にいた。
「アラン!」
「悪い、遅くなった!!」
背を向けていたためアランの表情を見ることはできなかったが、声だけ聞けた嬉しさにクレナは涙を滲ませる。
「生きてたっ……」
「アホか! お前を残して逝ってたまるか!」
しかし、安心したのも束の間。クレナの瞳にアグレアスの冷たい視線が映った。今までにないほどの戦慄が走る。
「お前ひとりが来たところで何ができる?」
そうアグレアスが呟いた刹那だった。音もなく、周りにいた悪しき人たちが次々と何かに撃ち抜かれ、地面へと崩れ倒れていく。何が起きたのか把握する間もなく、クレナの頭上で声が響いた。
「おじさん! おいしい登場シーンなんかいらないから、さっさとその目障りなやつ浄化してくんない?」
声のする方へ目を向けると、屋根の上に見知らぬ少年が両手に銃を構えて立っていた。
「黙ってろ、ルカっ!!」
アランがその少年に向かって怒鳴る。それを冷ややかな目で見つめていたアグレアスが苛立ったように舌打ちした。
「ふざけた真似をっ……!?」
アグレアスがまた手を伸ばし、屋根へと向ける。さっきの呪文を使うのだと直感的に察したクレナが危険を伝えようと口を開くも、それは言わずに終わってしまった。突如姿を現した青年の握る細長い剣の先端が、アグレアスの喉元に突き当てられていたからだ。アグレアスの背後に気配もなく近付き、相手の動きを制した青年の凄さに目を奪われる。クレナは誰に聞かなくても相手が何者なのかが分かった。
(もしかして……この人たち護衛隊?)
一気に変化していく展開にクレナが戸惑っていると、アランがいつの間にか刀で手足のロープを切ってくれていた。
「呆けてる場合じゃない! お前は今のうちにどっかへ隠れてろ!」
「けどっ」
両手足が自由になったクレナの腕に、アランではない誰かの手が触れる。そっと振り返ると、クレナの胸にまた嬉しさが込み上げてきた。
「ヨンギさん!!」
一瞬だけ笑顔を見せるも、ヨンギの顔は一気に怒りの篭った表情へと変化する。その顔はクレナでなく、アグレアスへと向けられた。
「彼女をあなたみたいな人に渡す気はないですから……大人しく地獄へ逝ってください!!」
アランも刀を構え直し、今だに抵抗を見せることのないアグレアスの様子を窺う。
「もう悪しき人はお前ひとりだけだ……諦めろ!」
「諦めろ?」
アランのひと言に、剣を押し当てられた状態でいきなり笑い出した。
「何がおかしいわけ?」
屋根の上からルカが飛び降り、こちらへ寄ってきた時だった。アグレアスの瞳が怪しい光を放つ。
「みんな、離れてっ!!!!」
クレナの叫びは彼の言い放った呪文とともに虚しく消え去った。
「飛べ!」
唱えた瞬間にルカたちの持つ武器が次々と空高く弾き飛ばされてしまう。アグレアスの喉元を狙っていた剣も飛ばされ、青年は反射的に相手から距離をおく。
「解放」
アグレアスが次に唱えた呪文にみんなは直ぐ様身構え、緊張感から息を飲んだ。指に嵌められた指輪は光に包まれ、二本の刀へと変化を遂げる。それを見た瞬間、瞬矢が悔しげに顔を歪ませた。
「くそ!! 俺のを返せ!!」
それは悪しき人によって奪われた、瞬矢の神の武器だった。悔しげに放った瞬矢の叫びなどアグレアスが聞くわけもなく、うっすらと笑みを浮かべる。
「俺が……何を諦めろと?」
それを見たルカが再び屋根へと飛び移り、
「解放」
と、唱えた。
姿を現したのは弓矢だった。それはジュンホンの神の武器だ。
「悪いけど、取り返してあったんだよね。これでさっさと消えちゃってよ!」
一気に弓を引き、アグレアス目掛けて矢を放つ。そんな状況でもアグレアスに焦りなどなく、自分へと向かってくる無数の矢に手を伸ばし、冷静な声で呪文を唱える。
「燃えろ」
放たれた矢はアグレアスに行き着く寸前で炎に包まれ、灰となって地面へと散っていく。
「止めろ」
息つく間も与えず、みんなの動きまでも奪ってしまった。
「クレナさん、あなたは逃げてください」
「そんなこと出来ないよ!」
「クレナ……」
耳に重く響いたその声によって、あの恐怖の中へ再び引き戻される。
「選択を忘れたか? 俺と来るんだ」
ジュンホンと瞬矢は声すら発せられず、他のみんなも最早、アグレアスに立ち向かう術をなくしてしまっていた。
「わたしっ……」
(みんなを守れるのは、自分だけ……)
「彼を選んだら怒りますよ!!」
ヨンギの声で我に返る。
「あなたは生きるんでしょ!? だったら今は逃げなきゃだめです!!」
そんなの鵜呑みに出来るわけもなく、クレナは拒むように首を横に振った。
「できないよ! みんなを犠牲にするなんて嫌だよ!!」
「いいから走れ!!!!」
今までにない迫力で怒鳴られ、一歩ヨンギから離れる。
(本当にいいの? わたしはこれで後悔しない?)
クレナは自分に問い掛けるが選択の時間などなかった。
「やはり、ひとり消えてもらわなくてはダメか」
「え?」
アグレアスが刀を構える。目の前にいるのはアランだ。このままでは浄化されてしまうと、クレナはなんの躊躇もなくアランの前に立った。自分はどうなってもいい覚悟で両手を大きく広げる。
「やめろ、クレナ!!」
もう刀は振り翳され、クレナに向かって振り落とされようとしていた。
「クレナっ!!!!」
ふたりの叫びを耳で聞きながらクレナは瞼を閉じた。




