Saelum 17
敵の数が30人切った頃、急に悪しき人たちの様子が一変する。
「もういい! お前たち散れ!」
その声とともに、敵は逃げるように森の奥へと入っていった。頭上から降り注ぐ矢も、いつの間にか止んでいた。
「あいつ等は逃がしていいのか?」
「放って置きましょう。深追いしてる暇はありませんから……」
「どういう意味だ?」
自分の読みが正しければ、直ちに太陽の都市へ戻らなくてはならない。ヨンギはアランの質問を返さないまま、自分の目の前に立つ青年に向き直る。
「助けていただき感謝します。すみませんが時間がないので単刀直入にお伺いします……あなた方は漆黒の森の護衛隊ですよね?」
「おい……それって」
そこで、アランの顔色が一瞬で変わった。
「彼の持っている武器は“神の武器”です。それをあそこまで使いこなす姿を見て確信したんです……」
ヨンギは次に、頭上を仰ぎ見て叫ぶ。
「矢を食い止めて頂き、ありがとうございました! あなたも、そうなんですよね?」
木の葉がガサガサと音を立て始めたと思えば、何者かが木から飛び降りてきた。まるで猫のような身軽さで一回転し、地面へと着地する。現れたもうひとりの人物に、ふたりは思わず口を開けたままの状態で言葉を失う。
上下黒の服を着て、フードを目深にかぶった少年。歳は十歳ぐらいだろうか。フードからはみ出すグレーの前髪、その隙間から綺麗なスカイブルーの瞳が覗く。一見、大人っぽくも見えるが、身長は年相応だった。よく見ると、両手には少年が持つには似つかわしくない銃が握られている。どうして銃声が聞こえなかったのかずっと不思議だったが、それを見て納得した。どちらの銃にもサイレンサーのような器具が取り付けられてあったのだ。これを使って木の上から撃てば、まず下にいる人間には聞こえないだろう。
「ねぇ」
少年が真顔のまま、こちらを見据え言う。
「おじさん達って馬鹿なの? ふたりで死ににでも来たわけ? それとも何……暇潰しに悪しき人を怒らせて、殺し合いでもしたかったの?」
あまりにも淡々と、しかも自分たちを見下したように話す少年に、さすがのヨンギも顔を引きつらしていた。
「なんだ、お前!? それが目上の人に向かってする態度か!」
「おじさん、そこ問題にする意味あるの?」
どこかで聞いた台詞だ。怒るアランの隣で、ヨンギは小さく溜め息をつく。
「それよりさ、なんで悪しき人が神の武器持ってるわけ? まさかとは思うけど、おじさん達が原因?」
少年の言葉によって一気に焦りが舞い戻ってきた。ヨンギはもう一度、少年に顔を向ける。
「わたし達は“はじまりの地”から来た護衛隊です。実は今、説明してる時間がなくて……何も聞かずにわたし達を助けていただけませんか?」
「自分の持ち場を離れてまで、どうしてこんな場所まで来てんの? ていうか、僕の質問に答えるのが先だよね?」
怪訝そうに眉を顰める少年の側に、剣を持った青年がそっと近付き、肩をぽんっと叩く。
「なんだよ」
少年は少し苛立ったように見上げるも、青年と目が合った途端に無言になる。すると、何も言葉を交わすことなく、ふたりはヨンギたちに視線を戻した。
「……分かった。助けてやってもいいぞ」
「え、はい……ありがとうございます」
――今、目と目で会話した?
と、心の中で突っ込みを入れつつ、ヨンギは頭を下げた。
「僕はルカだ。こっちはノア……こいつ人見知りで喋んないから、話す時は僕に言って」
「はい……あ、僕はヨンギです」
「俺はアランだ」
「で? なにをどう助けたらいいわけ?」
その問いに、ヨンギは自分が抱いてしまった“予感”を口にした。
「ひとつだけ伺いたいことが……ここに太陽の都市の護衛隊は来ましたか?」
「来るわけがないだろ」
ルカは即答する。
「くそっ!」
それを聞いたアランは、森の出口へれ向かって走り出した。ヨンギはアランを止めることはせず、またルカとノアに向かって頭を下げる。
「お願いします。一緒に太陽の都市へ行っていただけませんか? わたしの予想が当たっていたとしたら、町は今……悪しき人に占領されています」
ルカとノアの目の色が変わった。また互いを見つめてから、アランの向かった方へと足を踏み出す。
「それなら急ごう……詳しい話は移動しながらだ」
「はいっ」
ヨンギは急いで、ルカたちとアランの後を追った。
太陽の都市へ向かう道中、ヨンギはこれまでの経緯をルカとノアに話した。説明をし終えてから、ルカは深い溜め息を付く。
「その……クレナだっけ? その娘が狙われ続けてるのは君たちのせいだよね?」
ヨンギとアランの表情が同時に曇る。
「君たちはこの世界へ来た人に、説明と案内をするのが義務なんでしょ? いくら悪しき人に狙われやすそうな娘だったとしても、天使に任せるべきだったんじゃないの? 君たちがでしゃばったから、余計にやつ等が執着しちゃったとしか思えないんだけど……」
その通りだった。言い返す言葉もない。
自分たちの誤った選択が彼女を危険に晒してしまった。
「まぁ、今さらそれを責めてもしょうがないけど……それより今心配すべきなのは太陽の都市だしね。神の武器まで奪われてるってことは相当ヤバい状況だよ」
「ええ」
「こんだけ大掛かりなことまでするってことは……出てくるかもね。やつ等のリーダーが」
ルカの発言に、誰よりも心ざわつかせたのはアランだった。
頼むから無事でいろよ……
アランはまた走る速度を上げた。




