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ヘヴンリー・ガーデン~天界の庭~  作者: 石田あやね
第2章【犠牲的精神】
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Saelum 14

 ヨンギも合流し、男性の家の中へと入る。リビングへと案内されると、男性と同い年ぐらいの女性と、高校生ぐらいの少女の姿があった。昼間にもかかわらず、何かから身を隠すように窓はカーテンで閉め切られ、中は暗く静まり返っていた。


「どうぞ、座ってください」


 女性は笑顔を浮かべ、ソファの方を手で示した。だが、彼女の顔はどこか恐怖に怯えているように映る。それを気にしつつ、言われた通りにソファへと腰を下ろした。向かい側の椅子に男性が腰かけ、改めて自分たちを見据えながら重い口を開く。


「わたしはローマン。彼女は妻のイザベラ、そして娘のリリーだ……」


 椅子に座らないままローマンの後ろで話を聞くイザベラとリリーの表情は、今もなお緊張感に溢れていた。重い空気が辺りを包む中、ヨンギは冷静な口調で話し始める。


「ローマンさん、さっそくで申し訳ないですが……この町で一体何が起こったのか、説明していただいてもよろしいですか?」


 ローマンは一度、イザベラへと視線を向けた後、覚悟を決めたように話し始めた。


「二日前のことです……朝早くに“漆黒の森(ニーグル)”から護衛隊(カンボーイ)の一人がやって来たんです。もう一人の方が奴らに捕まってしまったと、助けを求めていました」

「それで!?」


 ヨンギとアランの表情が、一気に険しくなっていくのがわかった。


「この町の護衛隊(カンボーイ)が援護しに行くことになり、そのまま森へ向かったっきり帰っては来ませんでした……そしたら奴らがいきなり町へ押し寄せてきて」

「まさか……この町は“悪しき人(マーム)”に!?」

「はいっ」


 そう答えたローマンは、小刻みに震えていた。隣にいるイザベラとリリーも涙を浮かべ、手を握り合っている。


「護衛隊(カンボーイ)が居なくなった日の夜に奴らが現れ、住人全員の命と引き換えに生贄を差し出せと……」

「生贄とは、女性ですか?」


 ヨンギの質問に、ローマンは弱々しく頷く。膝に置かれた手は限界まで力を入れて握っているせいか、皮膚全体が赤くなっていた。


「毎晩のように奴らが気に入った女性を一人選んでは連れていき……このまま続けば、今度はうちの娘がっ」


 いきなり男性は座っていたソファから床へと跪き、深々と頭を下げた。


「この世界で妻と娘と奇跡的に再会できたんだ。もう家族を失いたくない! 頼む、助けてくれ!」


 必死に頭を下げる男性に、アランとヨンギは黙り込んだ。底知れない恐怖に苦しんでいる家族を目の当たりにしたクレナは、堪えきれずヨンギとアランに体を向けた。


「ヨンギさん、助けてあげられませんか? その森に、他の護衛隊(カンボーイ)の方もいるんですよね……ならっ」

「待ってください。助けには行きたいですが……クレナさんは連れていけません」


 ヨンギに続き、アランも反対の声を上げる。


「お前があそこに行けば、格好の餌食になる」

「けど、このままにできないじゃない!」

「お前はわかってないから簡単に言えるんだよ!」

「わかってるよ!」

「二人とも落ち着いてください! ここで口論していても、なんの解決にもなりません」


 ヨンギの声に二人は沈黙する。


「クレナさん、アランの言ったことは正しい。あの森はあなたには危険すぎます。いいですか? 漆黒の森(ニーグル)は、あなたを森から付け狙ってきた奴ら……悪しき人(マーム)の棲家なんです」

「けどっ……」


 初めて見るヨンギの怒った顔。心配してくれているのは十分すぎるほどわかってるつもりだ。けれど、この状況を知ってしまった以上は、見て見ぬふりなんてクレナにはできなかった。


「四人の護衛隊(カンボーイ)が捕まっているということは、それだけ不利な状況なんです。そんな中にあなたを連れていけば守りきれる保証はありません」

「他に方法を考えるしかない」


 けど、そんなに時間はない。夜になれば、新たな犠牲者が出てしまう可能性がある。恐怖に耐えきれなかったのか泣き出すリリー。その子はさっきまでの自分と同じぐらい髪が長く、色は赤毛と珍しい色だった。放って置いたら生贄になってしまうかもしれない。そんな残酷すぎる結末を、怯えて待つことしかできないなんて、悲惨という言葉ではとても片付けられない。

 クレナはいろんな考えを頭の中で駆け巡らせ、一つの選択肢を見つけ出す。


「なら……わたしが森に行かなければいいんですよね。足手まといになるなら、わたしをここに置いていってください。それなら助けに行けますよね?」

「それもできません! もし僕たちがいない間に悪しき人(マーム)が襲ってきたらどうするつもりですか!」

「隠れるなり、町からいったん離れるなりすれば大丈夫です!」

「しかし……」


 そんな時、ローマンが口を開く。


「なら、そちらのお嬢さんを家に匿(かくま)います。うちには地下室があるんだ……そこに居れば連中も気付かない」


 思いもしない提案に、アランとヨンギはクレナに目を向けたまま考え込む。


「地下室に隠れてれば、二人も安心でしょ? もしもの時はこれで戦うし!」


 折りたたみナイフを取り出し、懇願するような眼差しで訴えかける。ヨンギは左手で額を押さえ、俯き唸ったあと、呟くような声で言った。


「あなたには勝てる気がしません」

「ヨンギさんっ」


 後ろから手が伸び、思いっきり髪の毛を掻き回される。


「絶対、地下室から出たりするなよ」

「わかった。約束する」


 笑顔で返すと、アランの手が優しく撫でる動作に変わった。


「早く戻るから、待ってろ」

「うん」


 アランとヨンギは立ち上がり、ローマンに頭を下げる。


「では、彼女をよろしくお願いします」

「ありがとう! 必ず彼女の無事を約束する!」


 隣に居たイザベラは、涙を浮かべたまま深く頭を下げた。リリーはまだ不安が残っているのだろう。母の手を握る手は微かに震えていた。


「なら、急ぎましょう。夜になったら状況はますます悪化してしまいますから」

「言われなくてもわかってる」



 こうして、アランとヨンギは、漆黒の森(ニーグル)へと向かっていった。


(どうか、二人が無事に帰ってきますように……)


 この天界にいるかはわからない神に、クレナは強く祈った。


「本当に助かりました。ありがとうございます」


 二人の姿が見えなくなっても門を見つめ続けるクレナに、ローマンが再び深くお辞儀する。


「いえ、わたしはなんにも……お礼を言うのはこっちの方ですよ」

「しかし、あなたが彼らを説得してくれたようなものだ。わたし達家族のために、本当に申し訳ないことをした」


 クレナは、ローマンにそっと手を差し伸べる。


「わたし、クレナって言います。二人が戻るまでよろしくお願いします」

「こちらこそ……わたし達があなたを必ず守ると約束しましょう」


 ローマンは強くクレナの手を握った。


「日が暮れるまでは安全だとは思うが、何かあっては大変だ。家の中でくつろいでいてくれ」

「はい」


 クレナはもう一度門を見てから、家へと入った。

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