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ベルゲニアの魔女は生を闊歩する  作者: 葉本 歩
第1章
3/4

02.従騎士は魔女の剣となる

ルピリスの長年の苦労はいい方向へ進んでいる。

だからこそ、ただの少女の思い付きでも実行されればルピリスは火種を消すために奔走するだろう。

それにコニアは憂う。事実上上司であるルピリスに、ではない。


"今は離れに隔離されるだけで済んでいるものの、そんな火種のためにお嬢が監禁されるようなことになれば……。"


知らず知らずのうちに腰に下げている剣を触る。


「あなたが気にすることは一つもないわ」


コニアの心を"聞いて"彼女は面白そうにこちらを見る。


「私は慈悲深いお義父様に拾ってもらえ、薄汚い血を隠せば伯爵令嬢として飢えることなく生を謳歌することができる。手放すはずがないでしょう?さっきのは冗談よ」

「……お嬢は嘘を見破れるくせにご自身は嘘つきなので困ります」


ため息を吐いて頭を押さえれば、リリーアンは笑んだまま目を細める。




リリーアンとコニアの出会いはリリーアンが10歳の時。

王宮騎士見習いは齢10を越えると貴族の家へ奉公に行き、そこで従騎士として当主に仕え、一定期間貴族のノウハウを学ぶ。

3つ年上だったコニアも同様に王宮よりラヴァンドラ伯爵の従騎士として奉公を命じられた。

通例ではそのままルピリスの従騎士となるはずだっだのだが、ルピリスは年若いその少年を疑った。

なぜならこの通達が届けられる半年前に、ルピリスは王に謁見し、リリーアンのことを伝えたばかりだったからだ。

王宮に取り入り、力を得るための一石。王が利用できる力を己が持っているという強者の証と同時に包み隠さないことで再度忠臣であることを示そうとしたのだ。

しかし畏怖すべき力は、時として疑念を深める。人払いを願ったとはいえ、数人の忠臣は王と共に話を聞いている。その彼らがルピリスの真意を探るために寄越した密偵かもしれないと思ったからだ。

変に勘づかれて、今までを台無しにされてはたまったものではない。


だからルピリスはリリーアンに少年を当てがった。

常に離れに隔離しているリリーアンの元におけば、本邸の中を好き勝手探られる心配が減ると考えたのだ。もちろん、王宮にはそれ相応の言い訳をしたためた文書を送って。



コニアは想定していた流れと違う従騎士としての仕事に困惑しながらも、なぜか離れに住んでいる令嬢の元へ案内された。

権威を示すものが多かった賑やかな本邸と異なり、離れは飾り気がなく不気味な静けさを醸し出していた。


やがて侍女は一つの扉の前で止まると、ぺこりとコニアにお辞儀をして何も言わずそそくさと本邸へ戻っていった。

一人取り残されたコニアは思案する。


"多分ここが俺の仕える予定のリリーアン様の部屋なんだろうけど……困った。紹介もなしで、急に入っていいものか。"


いきなり令嬢の部屋を見知らぬ男が尋ねるのは無礼だろう。


"やはりもう一度、あの侍女に来てもらおう。"


そう思って踵を返そうとした時。


『かまわないわ。はやく入りなさいな』


タイミングよくかけられた声に、驚きで心臓が跳ねる。

まるで自分の心を見透かしたような言い方。

しかし声は扉の向こう側から。

だから少し挙動不審にノックしてしまったのは仕方ない。


ガチャリ―――


恐る恐る開けた先は広々とした部屋。

その真ん中にはコニアを出迎えるように微笑む部屋の主。

コニアはそれに違和感を覚える。

まるで一つの絵画のようで、そこに生活感を感じなかったからだ。


『あ、えっと、失礼いたします。俺は――』

『ごきげんよう。わたしのナイト』


コニアの言葉を遮って部屋の主は言う。


『コニアって言うのね。わたしはリリーアン。仲よくしてね』


さらに一人で言葉を紡ぐリリーアン。

しかし仲よくしてと言う割には彼女の瞳に熱は感じなかった。


『……旦那様から聞いたのですか?俺のこと』


訝しげに聞けば、ぱちくりと伏し目が開かれる。

その時入った光で、本当は赤い目なのだということに気づく。


『……あら、あらあら』


リリーアンは一歩前に近づくと、まじまじコニアを見つめ、『ふうん……』と初めて微笑みと違う笑みを見せた。

それこそ年齢相応な悪戯っぽい少女の顔。

その表情にドキリとしながら、黙って回答を待っていれば、『ふふふ、ほんとうになにも知らないのね。おとう様もとんだ早とちりだわ。珍しい、そんなにことをいそがなくてもいいのに』と一人勝手に話を進める少女。


"変な子のところに来ちゃったなあ"


格上とはいえ、自分より年下の少女に、しかも初対面でここまで話が成り立たないとなれば。これからの幸先が不安にもなる。


『あの、状況がうまくつかめないのですが……』

『そうね、そうよね。はなしが通じないへんな女よね、わたしって』

『!なんで、』

『うふふ、おかしい!おとう様ったらあなたが王宮からのみっていだとおもったのよ』

『は!?密偵!?旦那様は何か悪事を働いているのですか!?』


思わず言い寄るコニアを可笑しそうに見て、リリーアンは自分とさほど変わらない背丈の少年の鼻を軽くはじいた。


『ふふふ、それは――ひ・み・つ』

『はあ!?いや、悪事働かれると俺が困るんですけど!初めての奉公先が前科持ちって!戻ったときにみんなに笑われるじゃないですか!むしろ加担したと思われてその名の通り首が飛ぶんじゃ……!』


顔を青白くさせながら想像したことを思わずぶっちゃければ、リリーアンは堪えきれないとばかりに笑いだす。


『あははは!やだ、この子おもしろい!だいじょうぶ、おとう様はちょっと高慢な忠臣だから』

『……そうですか、安心していいのかわかりません。王宮に帰りたい』

『まあ!すなおな子!わたし、そんな子だいすきよ』

『はあ……ありがとうございます』


ちっとも嬉しくなさそうに言えば、リリーアンはコニアの手をとって耳元で囁く。


『ねえ、コニア。おとう様の秘密はおしえてあげられないけど、わたしの秘密は教えてあげるわ』

『お嬢様の、秘密ですか……』

『あら、あまり期待していないようね。でもこれ王命でたごんむようのものなのよ?……あら興味がわいた?ふふ、本当にすなおな子。ね?それを教えるから、だからいっしょに遊びましょう?』


小首を傾げてコニアを見上げるリリーアンの瞳は獲物を逃すまいとギラギラと光っていた。

そしてコニアはその瞳に魅入っていることに気づき、きっと自分は彼女の願いを拒むことはできないだろうと理解した。

リリーアンはそんなコニアの様子にさらに笑みを深めると、10歳の少女とは思えないほど官能的な声音で最後の一押しをした。


『ずっとたいくつしてたの。きっとあなたとなら、とてもたのしく遊べるとおもうわ』


どこかで陥落した音をコニアは聞いた。




時は戻って、現在。

19となったコニアは変わらず彼女の傍らにいる。同期はそろそろ従騎士から騎士として爵位を与えられる時期だろう。しかし当主ではなくその娘令嬢についているコニアにはその資格は与えられない。従騎士を卒業しなければ王宮に帰ることはできない。つまり事実上の左遷である。

若くして進路を断たれたコニアは、だがそれに異議を唱えない。それはコニアの我儘でもあり、リリーアンの願いでもあるからだ。

この6年で、子どもたちの主従ごっこは本物へと形を変えていた。



カチャリ、と鳴いたティーカップによって回想から意識を戻される。

リリーアンを見れば、困ったように嘆息してコニアを見る。


「そうね、確かに私は嘘つきだわ。……じゃあ、貴方は?」


ティーカップを置いて立ち上がれば、あれからできた身長差のあるコニアの頬に手を滑らせ甘く囁く。ピクリとコニアがたじろぐ。


「ねえ、コニー。可哀想なコニア=ブローディ。幼い頃から命令でこんな得体のしれない女の従騎士となってもう6年になるわね。華々しい出世街道から外されてさぞ馬鹿らしく悔しいことだったでしょう。その忍耐を称えて私が褒美を与えてあげる。さあ、あなたの望みは何かしら?地位?名誉?王への謁見?なんでも言って。私が叶えてあげる」


魅惑的な微笑みと共に黒い瞳がコニアを試すように赤く煌めく。

コニアは小さく息を吐き、頬を伝う彼女の手を優しく握る。


「俺の望みはあなたに忠誠を誓ったあの時から何も変わっていません」


そのまま跪きその甲に唇を近づける。

視線が交叉する。


"すべてはあなたに。"


「俺はあなたと楽しく暮らしたいだけなんですよ」


心のままに告げれば彼女は満足げに笑う。

俺しか知らない少女の笑みで。

俺もそれに応えるために微笑み返す。


忠誠を誓った日からたびたび繰り返されるこのお遊び。

しかし彼女がこれで安堵できるなら俺は何度だって本気で付き合おう。


「お嬢、いい匂いするんで抱きしめていいですか」

「ふふ、駄犬」


彼女はツン、と俺の額を押してはソファに戻って、冷めた紅茶に口をつけた。

もうそこには先ほどの少女はおらず、彼女は淑女の仮面を被っていた。

それが少し寂しく、しかしお嬢らしくて俺の心も満たされていた。

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