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ベルゲニアの魔女は生を闊歩する  作者: 葉本 歩
第1章
2/4

01.伯爵令嬢となった魔女

そして歳月は過ぎ、16歳となったその少女は現在、ラヴァンドラ伯爵家御令嬢として成長を果たしていた。



長閑な昼下がり。

ラヴァンドラ伯爵家の離れの一室で、リリーアンは午後のお茶を楽しんでいた。


カチャリ。

ティーカップを傾けて透き通る紅茶の香りを感じれば、ふと過去がよぎり、笑みが零れる。しかしその表情はどこか嘲笑的で冷めていた。


「ふふ、もし御学友の皆さんに私が実は農民上がりであることを伝えたらどんな顔をするのかしらね」

「退屈だからと自ら波乱を作らないでください。周りの大人が慌てます」


傍に控える茶髪の青年、コニアがすぐに嗜めるがその表情は呆れ笑いを含んでおり、本気には捉えていないことがわかる。

質の良いソファに座り紅茶を楽しむその姿はまさに貴族令嬢そのもの。もし真実を人に伝えたとしても冗談として流されているだろう。

しかしそれでも形式上嗜めるのは彼女の場合はその出自よりもそうなった理由の方が重要なのだ。


「慌てた大人にうろちょろされるのは鬱陶しいんでご勘弁を」

「ふふ、あなたのその素直なところ大好きよ」

「お嬢に嘘をついても無意味ですから」


彼女の前で隠し事は意味をなさない。

その秘すべき力のために実親に売られ、それを利用されるために伯爵家に買われ、有無も言えず養女として厳しい教育を受けてきたリリーアン。

『人の心が聞こえる』なんて異質な力、知れ渡れば腐った権力者たちが放っておくわけがない。その顕著な例が彼女の義父でありラヴァンドラ伯爵家当主だ。



あの日、彼女を買った奴隷商は卑劣だが賢かった。

狭い村社会では忌むべき力として蔑ろにされていた石ころがどうすれば原石となるか知っていたのだ。使い方次第でどんな宝石にも化けるこの原石に相応しい持ち主を奴隷商は舌なめずりしながら吟味した。


そして見つけた。

長年膠着していた戦争が終わり、復興へと忙しなく動く貴族の中で唯一後ろ指差されている貴族を。


現当主、ルピリス=ラヴァンドラ伯爵は当時、開戦前の徴兵招集に間に合わなかったことで国から謀反の疑いがかかっていた。


奴隷商はすぐさま状況を調べ、情報を集めた。そして時を見計らってルピリスに拝見を願うと、彼の前で恭しく首を垂れた。

そして三日月の細められた目がルピリスを捉えると金歯の見える笑みで甘言を囁いた。


『偉大なる御方よ。力が欲しくありませんか』


ルピリスの眉がピクリと動いたのを奴隷商は見逃さなかった。


『貴方様が先の戦争で、何者かの知略により陥れられたことは存じております。さぞ屈辱的でしたでしょう』

『貴様、それをどこで知った』

『皆、知っております。口を閉ざす利は色々ありましょう。何も知らないのは国王陛下くらいでは?』

『ふん、それが一番の問題なのだがな。貴様如き痴れ者にすら同情されるとはこの伯爵家も落ちたものだ』

『はい、同情致しております。しかしだからこそ!この商品は貴方が使うに相応しいと感じ入った次第にございます。まさかこれで終わるつもりはないのでしょう?』


挑発的に言葉を紡ぐその男の後ろでずっと静かに控える鎖に繋がれた少女が嗤った気がした。


『……貴様のその面の皮の厚さに免じて商品を一つだけ見てやろう』

『ありがたきお言葉恐悦至極にございます。そして商品はお察しの通り、すでに決まっております』


再度恭しくお辞儀をした奴隷商が鎖を引っ張るより早く、少女が前に出る。

ぼろきれ一枚をまとったガリガリな身体の少女の赤い髪は艶を失っており、佇まいからも労働階級以下の出身であることはすぐわかる。しかしその表情は絶望しておらず、先ほどと変わらず無表情で冷淡さを感じるのに、伏せられた睫からこちらを覗く真っ暗な瞳の中には炎が煌めいている気がした。


『この少女こそ!』


それに魅入りそうになる前に、奴隷商が仰々しく腕を広げ、高らかに言い放った。


『人の心を暴く魔女にございます!!』



それからは結果の通り。

奴隷商の口車に乗ったルピリスは法外な値段で少女リリーアンを買い、あえて養女という立場を用意して、徹底的に淑女のノウハウを叩きこませた。

そして彼女はそれら全てを呑み込み、身に着けていった。

今や彼女が農民であったという真実はおろか、ルピリスが行った"貴族の義務ノブレス・オブリージュとして孤児院から引き取った少女"という情報操作すら覚えている人はいないだろう。

ただ一人、国王を除いて。


こうしてリリーアン=ラヴァンドラ伯爵令嬢は出来上がった。

手入れの行き届いたワインレッドの髪、豊満な身体に見合った高級なドレスに、優雅さを兼ね備えた佇まい。何も知らない爵位持ちは褒めそやし、過去を知る者ならば驚き、同一人物かと疑うだろう。しかしその疑心はすぐに晴れることとなる。なぜなら無表情の消えた微笑みの中で、変わらない冷淡な炎が己を見つめ返すだろうから。


そしてその時間の経過とともにラヴァンドラ家の疑念は薄れ、その事実すら有耶無耶となっていった。

実質無罪放免。しかしルピリスの悲願は未だ半ば。

法外な売買も、奴隷への淑女教育のための費用も、何も知らない愛しい妻子の嫌悪も、すべては復讐という悲願のため。

王の信頼を回復させ、王宮に取り入ることができれば、陥れようとした犯人を見つけ復讐することができる。受けた屈辱を晴らすことができる。

そのためのリリーアン()だった。

そしてそれは現在進行形で動いていた。



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