00.プロローグ
遠い昔。
魔女と呼ばれた女がいた。
その女は国の辺境にある小さな農村で生まれ、産声をあげた瞬間から不吉な色をその身に宿していた。
黒みがかった赤い瞳に、ワインを被ったような赤い髪。
しかしそれ以上に村人が怖れたのは、通常人が持つはずのない異質な能力であった。
『心を暴く力』
彼女を前に嘘を吐けば、全て曝け出された。
彼女の前で虚勢を張ろうものなら、全て剥ぎ取られた。
だから村人は彼女に畏怖し近づかない。
家族でさえも疎んだ。
村の娘たちは井戸の前で姦しく噂する。
「あの子に近づいちゃだめよ」
「あの子の前で隠し事はぜーんぶ無意味」
「ウソツキは戸棚の中に隠れなきゃ」
「魔女の好物はウソツキの心臓なのだから」
クスクス声の向こう側から蹄の音がする。
クルクル車輪をガタガタ鳴らして、森の中から馬の嘶きが響いた。
雑草を刈っていた少女は”聞こえた”声に顔を上げる。
目の前には少女の父と母。父は無言で少女の手首を引っ張り、森の中へ進んでいく。少女の後ろを鎌を持った母がついていく。
少女は驚かない。焦りもしない。ただ諦観したように伏せられた目でこれから起きることを”聞く”。
しばらく森を進めば、開いた道の真ん中に見えたのは高慢そうな小太りの男と中身の見えない大きな荷馬車。
父が乱暴に少女を差し出す。男はにやつきながら少女を舐め回すように見る。
そして目の前で行われる金貨の受け渡し。
母は鎌を振り捨て、袋の中身を確認する。
じゃらり、と男の手の中で鎖が鳴った。
この瞬間、後に『ベルゲニアの魔女』と呼ばれるリリーアンの数奇な人生が廻り始めた。
齢7歳のことだった。




