伝説の伝播
「てめぇ……」
「は、はい!!」
どうもこんにちは。
浦板宅兎です。
僕はご存知のとおり、大江戸中学という超不良中学校のなかで数少ない非不良。
厨二病キャラで通っているオタクです。
日々を影薄く過ごしていたいと思う僕ですが、今日は朝早々に真斗さんに絡まれ、そして現在は加賀光明に呼び出しをくらっていた。
もちろん場所は校舎裏、完全に不良優位のポジションである。
「てめぇーが裏番タクトとかいうフザケた野郎か」
「あ、いえ。裏番ではなくて、浦板ですね。あと、タクトも発音が……」
不意に胸元が苦しくなる。
視線を自身の喉元まで下げると、ガッチリしたパンチパーマに胸ぐらを掴まれていた。
「おいてめぇ、加賀さんはなぁ!田舎育ちだから訛りが出ちまうんだよぉ!?」
あ、総番は田舎育ちだったのね。
タクトは方言独特のイントネーションの表れってことか。
……なんかギャップで笑いそうだ。
「ぷぷっ」
思わず笑ってしまった。
笑ってしまって気づく。
あれ?
僕、殺されるんじゃねぇ?
「てめぇ!よくも笑いやがったなぁ!!」
パンチパーマが殴りかかろうと拳を振りかぶる。
僕は遠い目で空を見ていた。
ああ……もうだめだ。
「やめろ!!」
と、加賀光明の怒声が僕とパンチパーマの耳を劈く。
パンチパーマの拳はピタリと寸止めされた。
た、たすかった……。
「真斗さんを倒した男だぞ。てめぇーに勝てる訳ねーだろうがァ!」
「すいやせん!勝手しました!」
「にしても、水戸のボクサー顔負けの威力を誇るパンチを、瞬きひとつせずに受け止めようとするとはな。さすがというべきか、大した野郎だ」
「……」
「それにこの加賀光明を嘲笑う度胸といい、相当の強さなんだろうな。ここで会うまで信じられなかったが、どうやら真斗さん伸したってのはホントみてぇーだな」
「……」
「けっ!加賀さんを無視かよ。オタクが偉くなったなァ!?あぁ!?」
「……」
「やめろ!水戸、てめぇーごときのドスでビビるようなら、尚更マトさんには勝てねーよ」
「……そもそも勝ったってのが信じらんないんスけどね。でも掟は掟ッスから、従うッス」
「わかってんならいい。おい、裏番タクト。いや、タクトさん……あんたには不要だろうが、一応命令なんで護衛を付けます。教室に戻る頃には会うでしょうが、面倒みてやってください」
「……」
「では失礼します。おい、いくぞ水戸」
「うっス」
加賀光明と水戸はそれだけ伝えると、校舎裏から立ち去っていった。
実は水戸とかいうパンチパーマに殴られそうになったとき、浦板宅兎は既に気絶していたのだが、それに気付かず二人が去っていったのは不幸中の幸いだっただろう。
こうして僕は放課後まで仁王立ちしたまま気絶し続けた。
***
翌日。
どこの教室も、ある人物の噂ばかりが飛び交っていた。
「おい聞いたかよ」
「ああ。加賀光明と……誰だっけ」
「裏番だよ、裏番宅兎」
「そうそう、裏番の宅兎ってやつが、タイマンしたんだろ?」
「ばか、ちげーよ。裏番はただの名前で、本当に裏番ってわけじゃねーって」
「あ、俺そいつ知ってるぞ。話したことある」
一部の男子戸校生二人の会話である。
そこにまた一人、戸校生が会話に交じる。
もちろんツッパリなのだが、見覚えのない顔に会話してたツッパリ二人は若干困惑した様子を見せた。
「おお、お前たしか……沢矢だっけ?」
「んーちょっと違うけどそれでいいや。それより俺さ、そいつと直接話したんだけど、どうやら本当の裏番らしいぜ」
「え!?まじでか?」
「でもさすがに、加賀さんより強いわけねーよなぁ」
この時点では誰も加賀光明の勝利を疑っていなかった。
それだけ圧倒的な力を加賀光明は誇っているのである。
「でも風の噂だけど、加賀さんがその裏番に敬語つかってたらしいぜ?」
「は?ガチかよ。あの加賀さんが?」
「目撃した生徒も何人かいるらしいぜ」
「あ、俺も近くにたまたまいたから聞いてたぜ。タイマンしてるとこは見てねぇーけど、確かに加賀さんの方が敬語つかってた」
校舎裏はツッパリに人気のスポットなのである。
そのため意外と目撃されることが多い。
「しかも水戸さんのジャブを軽く顔面で受け止めたとかって話だぜ」
「えっ!?タイマンじゃねーのかよ」
「1人ずつタイマンはったんじゃね。さすがに加賀さんと水戸さん二人同時には勝てねぇーでしょ」
「いや、それが二人相手に勝ったらしいぜ」
「まじかよ、それほんとか矢沢?」
矢沢と呼ばれた男は至極真面目らしい顔で言った。
「ああ、マジマジの大マジ。しかも誰との決闘も受けて立つぜとか宣言してたらしいぜ。あと俺の名前を間違えすぎな」
「それが本当だとしたら、俺がその裏番倒したら江戸校のトップかぁ……」
「やめとけやめとけ、お前には無理だって」
「でも一度くらい勝負してみてーなぁ……」
そんな会話が繰り広げられるなか、矢沢もとい沢山真斗はこの状況を楽しんでいた。
(いいぞ、もっとだ。お前が目立つほど、俺は裏番としての真骨頂へと到達する……)
沢山真斗は裏番を演じることで、カタルシスを得ているのだった。
沢山はある種の中二病であり、隠れオタクであった。
(俺あの作品ダイスキなんだよなぁ……『陰の実力者になろう』)