モブのモブ友
僕こと浦板宅兎は、大江戸中学に今年入学してきたいわば新入生だ。
この中学校の生徒は男も女も不良しかいないぐらいで、背後にはヤクザや暴力団の影も見え隠れする曰く付き。
ついでに言うと、僕はそんな不良学校から浮きまくりのオタクだ。
入学してからというもの、息を潜め静かに暮らしてきた。
男子からは省かれ、女子からはイジメられる日々だったが、ただひたすら耐え忍んできた。
そうして耐え凌ぐこと1ヶ月。
ようやく友達も1人できて、少しだけど学校生活に希望が持てるようになり始めた。
……のだが、僕が嫁への愛に忘れ殴りかかった相手が不運にも江戸校の裏番で。
どういうわけか倒してしまった。
さらにいうと裏番の謎理論で、僕は裏番になってしまったらしい。
「オッス」
と、過去を振り返っていると張本人の角刈り男が声をかけてきた。
……どうか殴られませんように!!
内心ビクつきながらも、「お、おはよう」と返事を返す。
角刈り男はガシっと肩を組んできた。
予期せぬ衝撃に、ビクッと肩が跳ねる。
「そうビクつくなよ。今じゃおめぇが頂点なんだからな?わかってんのかぁ?」
「あ、あぁ。わ、わかっている」
「ったく頼むぜぇー」
角刈り男は僕のか細い背中を叩いた。
強く叩いたつもりはないのだろうが、強く強烈な響きが背中を走る。
ほんと、このひょろい肉体のどこにこんなパワーがあるんだか。
背格好は僕と同じくらいだというのに。
「加賀には一応話してあるから、なんかあったらアイツを頼るといい」
「ええっ!?話したのかっ!?」
正直、加賀光明には不安しかない。
狂暴、凶悪にして冷酷。
身長は百八十センチ強。
すべての不良どもの恐怖の象徴であり、頂点。
それが僕にとっての加賀光明のイメージだ。
少なくとも、この角刈り男が加賀光明より強いなんて言われても、信じられない。
それほど、加賀光明は周知の存在であり、加賀光明より下はいないという認識が当たり前なのである。
それに加え、この角刈りは百六十センチ程度の身長しかないのだ。
そう思うと、僕のこの角刈りへの恐怖はさらに高まる。
「…んスか?」
ゆえにここは敬語で話しておくべきだと思い、語尾を加える。
が、角刈りはそれを聞くと大きくため息を吐いた。
「ったく、俺に敬語はいらねーって。ため口で、もっと偉そうにしてていいのよ」
「了解、だ」
こ、こえぇ……。
不良はやっぱ苦手だ。
「加賀が俺たちの関係知らずにいたら、逆に目をつけられるぞ?」
「え、それってどういう意味……」
「だって、俺の仲間は加賀の仲間でもあるんだから、勝手に自分の身内が知らないやつにぴったり付き従ってたらアイツも怒るだろ?」
「あっ」
そういえば護衛をつけるとかなんとか言ってたっけ。
そもそも護衛をつける理由が意味不明なのだが、護衛が余計なトラブルを招くかもと知り、ますます護衛はいらないんじゃないかと僕は思った。
が、それを角刈りに言うと前回みたいに「あぁ?」とかガンつけられそうで怖い。
黙っておこう。うん。
「お前の護衛には茂歩 忍を付けるよう指示したからな。強くはないが、誰かを守るときだけ、恐ろしい根性と気合いで粘り強く喧嘩する熱い男だ。きっと仲良くなれるぞ、じゃあな」
そういうと角刈りは反対方向に歩き出す。
って、あれ?
「え、学校来ないんですか、じゃなくて……学校こないのか?」
「はぁ?学校なんてフケるに決まってんじゃねーか。それよか、今日は俺と一緒にいるとこ大勢に見られてるし大変だろうけど、がんばれよ。あ、俺の名前は沢山真斗ってんだ。ザワさんか真斗さんっていえば通じるから、困ったら俺の名前出せよ」
そう言って、ザワさん……いや、真斗さんと呼ぶか。
真斗さんは帰ってしまった。
(なんかめっちゃ睨まれてるなぁ!?)
さて、これからどうしよう。
本日はそんな僕の記念すべき裏番生活初日である。
正直あまり実感はない。
あの角刈り男が学校での僕への扱いは一変すると言ってたので、とりあえず女子からのイジメは減るかもと期待してるのだが……。
よし。もう一度、ゆっくり周囲を見渡してみよう。
なにかが変わってるかもしれない。
(やっぱ睨まれてんだよなぁ……)
気のせいではなく、すれ違う生徒ほぼ全員に睨まれている。
やはり裏番倒してたのヤバかったんじゃね?
「おーい、タク」
タクと僕を呼ぶのは、この学校には一人しかいない。
というか、正確には僕に話しかけてくれる友達が1人しかいないのだが。
「エージ、ふふっ、我が旧友よ」
エージこと富増 恵慈尊 (とみます えじそん〉。
この学校では僕の唯一無二の友達だ。
自称トーマスエジソンということだが、自称するだけ発明が趣味らしい。
「中二病乙!あと友達になったの最近な」
「細かいことは気にするな、旧友よ」
「てか、なんかタクめっちゃ睨まれてない?」
「実は…カクガクシカジカで」
僕はこないだ起こった不良との一抹をすべて話した。
エージは露骨に嫌そうな顔をした。
「それ、絶対集団リンチコースじゃん。人類の叡智である僕を巻き込まないでくれよ」
「ふん、案ずるな。常人である旧友を神聖戦争に介入させるはずがなかろう」
ちなみに普段の僕はこんな感じで厨二病全開だ。
厨二病キャラなのには理由があって、このキャラだと一定数の人間(主に女子)からイジメを受けなくなったのだ。
それから僕はこのキャラを続けている。
「……とりあえず、これ着ろよ」
そう言ってエージが取り出したのは、学生服だった。
ついでに言うと、改造されててバリバリの不良仕様だ。
「え、まさか我がツッパる(不本意)ことを予見していたのか貴様ァ!」
「違うよ、これは僕の発明品のうちの1つ〈鉄堅上等〉さ。鉄のように硬いのに嘘みたいな伸縮性、柔軟性を備えたある素材から僕が独自に開発した化学繊維で出来てるから防御面は完璧だよ」
喧嘩上等みたいな名前の学生服だな。
というかこれ、もう発明という次元を超えてる気が‥‥。
「エージってもしかして金持ち?」
「訳あり金あり頭脳ありの発明家であることは否定しないね。まあそんなことより、着てみてよコレ」
「‥‥これ着れと?上着は丈短すぎだし、ズボンは変にダボっとしてるし、もう絡んでくれと言わんばかりの格好だと思うのだが」
「えー気に入らない?じゃあダメージズボンにしとく?」
「それじゃあ喧嘩して傷ついた跡みたいになっちゃうじゃねーか!ダメージとか入れなくていいから!普通の制服でいいから!!」
「だってタク、右手に包帯とか巻いちゃって厨二病気取ってるわりには制服カッチリ着すぎて気持ち悪いんだもん」
「き、気持ち悪い!?ん、んまあ確かに我らしくはなかったかもしれぬな。だが‥‥」
正直、裏番とかいう現状で只でさえ周囲から恨み妬みを買ってるかもしれないのに、こんな目立つ格好はしたくない。
てか死んでもしたくないのだが‥‥。
チラっとエージを横目で伺う。
「そんな‥‥使ってくれないんだ、僕の発明品。やっぱり駄作なんだ‥‥」
こんな感じで、エージは発明品のことになると相当に面倒くさくなるのだ。
さらにはエージの根に持つ性格を考えると、会話する度にずーっと言われ続けることになる。
「わ、わかったわかった。使うぞ、使えばよいのだろう!」
「ありがと!じゃあ今着てよ!」
「今は無理だ!周りに人がいるのだし、我にも羞恥心というものがある」
「じゃあ人気のないところで僕に見せてよ!」
その刹那、白い眼を周囲から向けられた。……気がする。
エージ、その台詞は誤解を招くからやめたまえよ。
しかし当の本人は僕が〈鉄堅上等〉を着るか着ないかにしか興味がないらしかった。
「野郎に自分の生着替えなんぞ誰が見せるか!……っと、後で着替えてやるので、今は我慢するのだな」
「もーしょうがないなぁー。絶対だよ?ちゃんと着てるとこ僕に見せてね?」
「も、もちろんだ」
(と言いつつ着る気ゼロなわけだが、コイツの性格を考えると長期戦になりそうだな……)
僕はエージと同じクラスなので、隙あらば発明品を押し付けてくるだろう。
なんとか逃げなければと考えつつも、僕は教室のドアをスライドする。
「今よッ!」
刹那、物凄い勢いでなにかが頭から直撃した。
ひんやりとした感覚、液体だ。
両手で顔面についた液体を払い、目を見開く。
眼前では女子生徒たちが笑い転げており、手には空のバケツがそれぞれ着せられていた。
対する自分はというと、頭からつま先まで全身が水浸しであった。
「うわっ、盛大にやられたねー」
エージは僕のちょうど真後ろにいたため、多少濡れてはいるが、ほぼ無傷といっていいだろう。
他人事のようなエージの台詞に若干の苛立ちを覚える。
が、すぐに筋違いだと思いなおした。
「ああ。こりゃ風邪ひくな」
「……これ着る?」
「……ありがと」
そんなわけで結局僕は、エージからもらった制服を一週間ほど着る羽目になるのだった。
学ランの上着の裏地に《夜露死苦》の刺繍が、袖に腕を通したときにチラッと見えたが、もはや些細なことであった。