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生まれ出づる歓び  作者: ケケロ脱走兵
3/8

(三)

             「生まれ出づる歓び」



                 (三)


 最後に佐藤と会ってから半年余り経って、もちろんデンワやメー

ルのやり取りは頻繁にしていたが、彼の方が忙しくなって再会する

機会がなかった。彼は、目が開いているうちは昼夜を問わずモニタ

ー画面ばかり見ているとぼやいた。ところが、年が改まって早々に

彼から、

「できた!やっと完成した!!!」

というメールが来て、これまで彼が取り組んできた新しいソフトが

完成したことを知った。すぐにデンワをして「おめでとう」と言う

と、彼の方から祝杯をあげようと言い出して、早速その日の夜に会

うことになった。少し遅れていつもの居酒屋に入ると、すでに彼は

いつもの席でいつもの「とりあえずビール」を呷っていた。二人と

も会社員だったが、彼はソフト開発に伴う幾つかの著作権を持って

いたので、彼の方がはるかに所得は多かった。だから勘定はいつも

彼が気前よく払ってくれるので、おれは財布の中を気にせずに彼の

誘いに従った。ただ、彼は酔いが回ってくると愚痴っぽくなったが

、それを聴いてやることも勘定の中に入っているんだと思って付き

合った。ただ、その夜は念願だった仕事をやり終えた後だったので

、彼は終始上機嫌で雄弁だった。

「近代社会も成熟してくると敢えて社会の仕組みを変えるような改

革はしづらくなる。そんなめんどくさいことをしなくたってそれな

りに快適に過ごせるから」

彼の世間に対するシニカルな見方におれは心の中でまた始まったと

思ったが、付き合うしかなかった。

「ぬるま湯から脱け出せないってことだろ」

「だってあれほど熱心に首都を移転させると言ってたのに、結局何

も出来なかったじゃないか」

「あったよな、そんなこと」

「変わらない社会の枠組みの中で俺たちの選択肢はどんどん限られ

ようとしている」

「・・・」

「それって実は管理する者にとっては扱い易いんだけどね」

「バラツキがなくなるもんな」

「それにAIによって管理社会はますます進んでいくだろう」

「おれもそうだと思うよ」

「それってさ、実は家畜と同じなんだよね」

「ちょっとそれは言い過ぎだろ?」

「いや、おれたちは今回のプロジェクトで何度も人はどっちを選択

するかのシュミレーションをやったんだ。たとえば、快適と不快な

ら当然誰もが快適を選ぶだろ」

「まあそうだよね」

「じゃあ快適と正義ならどっちを選ぶ?」

「ちょっと抽象的すぎて選べないよ」

「だったら、サイフを拾ったらほとんどの日本人は警察へ届けるよ

ね」

「うん」

「じゃあ、裸のままの現金を拾ったらどうする?」

「たぶん金額によると思うけど、千円程度ならネコババするかもし

れないね」

「それってどうしてだと思う?」

「そりゃあ足がつかないからさ」

「だったら裸のままの一億円を見つけたらどうする?」

「それはいくら何でも足がつくから届けるだろ」

「つまり個人的な快適と社会的道義のどちらを選ぶかは状況の違い

によってその選択も変わるってことだよね」

「まあそうだ」

「社会の中で暮らしている限りは社会的道義に従うけれども、社会

的道義が問われなければ快適の方を選らぶってことだろ」

「そうだな」

「そこで俺たちは個人の意識を本能が支配する個人的自我と、理性

が支配する社会的自我に分けたんだ。それを俺たちはバイセルブス

って呼んでるんだけど」

「それって本音と建前ってことじゃないの?」

「ま、そうだけど、何て言うかその距離感がまったく違う」

「距離感?」

「実際もう誰も本音なんかで生きてないからね。二―トかヒッキ―

くらいしか」

「そうかな?」

「だって社会が巨大化して個人の欲望なんてすべて満たしてくれる

から卑屈な自己意識しか生れてこない」

「だけど社会から外れたからって自由に生きることなんて出来ない

しさ」

「自由って言うけどそれって社会的自由でしかないからね。リード

を外されているかもしれないけれど首輪は着けられたままなんだ」

「でも、仮に社会を捨てたとしても、生きていくためにははやっぱ

り食うこととか住む処とかに縛られるんだから、それって同じこと

じゃないの」

「同じじゃないさ、どれほど独りで自由を持て余したとしても、ケ

ツの穴まで洗ってくれる便器なんて思い付かないさ。俺たちはもう

この快適な暮らしから遁れられなくなってしまって家畜化している

んだ」

「確かに文明の進化が人間を退化させるというのは分るけど、だか

らと言って文明を棄てて自然に還ることなんて絶対出来ないよ。た

とえば温暖化問題だってさ、このままだと百年後にはとんでもない

ことになるって言われても、とりあえず今は大丈夫だと言ってるよ

うなもんだから誰も変えようなんて思わないさ」

「特に日本人は事なかれ主義だからね。敢えてぬるま湯から抜け出

そうなんて思わない。首都移転にしてもさ、ダメもとでもいいから

やっちゃえば良かったんだよ。東京の一極集中なんて前から分って

たんだしさ」

「いや、絶対出来っこないって!だって、いくら理屈で解っていて

も最後は情緒が決めるんだからこの国は。変われるわけがない」

「ただ、管理する者は設定が変わってしまうことを嫌がるんだよね

。蓄積したデータが使えなくなるから」

「まあそうだろうな」

「俺たちさ、まあ大したデータを基にして他人の将来を予測してい

るわけでもないけれどさ、たとえば医者になるためには当然資格が

要るし、そのためには医学部を出なければならないし、まあそこま

で行けばガチなんだけど、その後はもちろんそれぞれの能力にもよ

るけれども、まあ大体の年収や生活レベルの範囲って出てくるじゃ

ない」

「うん」

「それで学歴や資格以外にもよくある適職診断のアンケートにも答

えてもらって、その診断から組織の中でどの程度信頼されるかまで

リサーチして適性業種を出して、さらには本人の生活習慣はもちろ

ん両親の既往歴までも答えてもらって本人の寿命までも予測してる

んだ。すべて答えると100問あるんだけど、もちろん拒否もでき

るけど。っでさ、寿命って母親の方の寿命が遺伝するって知ってた

?」

「ああ、どこかで聞いたことがある。でもさ病気になってしまえば

どうにもならないだろ」

「そうなんだ。俺の親父はガンで死んでしまったからな、ガン家系

なんだよ」

「それでお前もガンで死ぬって出たのか?」

「ああ、親父と同じ60で」

「信じているのか?」

「っていうかある程度覚悟はしている」

「それで別の人生なんて言い出したのか?」

「まあそうだ」


                        (つづく)

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