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生まれ出づる歓び  作者: ケケロ脱走兵
1/8

(一)

                 

 「一炊の夢って知ってる?邯鄲の夢とも言うけど」

佐藤とおれは大学の同期でそれから20年来の親友である。もとも

と彼は文系の学部に進学したが、2年生の時に「これじゃあ多分飯

が食えねえ」と思って中退して、おれと同じの大学の情報工学部に

入学し直したのでおれより2コ上だった。時はITバブル全盛の頃

でITビジネスの若い起業家が世間の注目を浴びていた。日本経済

は「失われた10年」と言われていたが、なるほど彼が狙った通り

に就職先は引く手数多で就活に奔走することもなかった。おれはす

でに中堅だったIT関連の会社に潜り込んだが、彼は敢えて出来た

ばかりのゲームソフトの会社を選んだ。間もなくして彼はコンピュ

ーターによる占いのソフトを開発して、それが人気を博して会社の

業績を飛躍的に伸ばして、彼は数年でその部署の役職を任された。

彼とは卒業してからも親しくしていて酒を酌み交わしては親交を温

めていた。その夜も馴染みの居酒屋でとりとめのない世間話をして

いたが、話題が尽きた頃に酔いが回ってきたのか彼が改まってそう

言った。おれは、

「えっ何?」

「一炊の夢」

「ああ、あれか、夢の中で自分の人生を見てしまうって話か?」

「まあそうだ」

「それがどうした?」

「・・・」

すでに彼は相当酔っていた。

「なんかさ、生きているのが虚しくなってしまったんだ」

「おいおい、いったい何があったんだ?」

「いや、何も問題はない。ただ面白くない、それだけだ」

「・・・」

おれはどう応えていいのか分らずに黙って彼のことばを待った。

 改めて「一炊の夢」をウィキペディアから引用すると、

「趙の時代に『盧生』という若者が人生の目標も定まらぬまま故郷

を離れ、趙の都の邯鄲に赴く。盧生はそこで呂翁という道士(日本

でいう仙人)に出会い、延々と僅かな田畑を持つだけの自らの身の

不平を語った。するとその道士は夢が叶うという枕を盧生に授ける

。そして盧生はその枕を使ってみると、みるみる出世し嫁も貰い、

時には冤罪で投獄され、名声を求めたことを後悔して自殺しようと

したり、運よく処罰を免れたり、冤罪が晴らされ信義を取り戻した

りしながら栄旺栄華を極め、国王にも就き賢臣の誉れを恣に至る。

子や孫にも恵まれ、幸福な生活を送った。しかし年齢には勝てず、

多くの人々に惜しまれながら眠るように死んだ。

 ふと目覚めると、実は最初に呂翁という道士に出会った当日であ

り、寝る前に火に掛けた粟粥がまだ煮揚がってさえいなかった。全

ては夢であり束の間の出来事であったのである。盧生は枕元に居た

呂翁に『人生の栄枯盛衰全てを見ました。先生は私の欲を払ってく

ださった』と丁寧に礼を言い、故郷へ帰って行った。」とある。

「一炊の夢」とは粟粥が煮えるまでのわずかの間に、自分の一生を

夢の中で見た男の話である。

 佐藤は、いまAIを応用して個人々々の将来の可能性を予測する

アプリを開発しようとしていた。すでに「将来予測」という名称で

占いによる種々のアプリは版を重ねて作られていたが、彼曰く「ま

ったくデタラメ」だったので、一新してデータに基づいた個人の将

来から寿命までを予測するソフトを開発しようと模索していた。そ

こで、

「とにかくデータが欲しいんだだ、それも個人の」

「だけどそれって個人情報でしょ?」

「そうなんだ」

彼は、行政が公表する統計などは隈なくデータ化してきたが、もち

ろん特定できる個人名はまったく求めていなかったけれど、例えば

生年月日や生い立ち、最終学歴や病歴、さらには性格や特技などの

詳細な情報から得られる社会的地位や寿命までもデータ化して、そ

れぞれの利用者の将来の選択肢を予測しようと考えていた。おれは

「そんなことが予測できるのかね?」

「たとえば俺たちは同じ専門の学部を出たけれど、二人とも専門外

の職に就いたりなんかしていないじゃないか」

「まあそうだけど」

「もちろん予測できないことの方が多いけれど、社会の選択肢は限

られている」

「そうかな?」

「仮にそれを拒否してドロップアウトすれば、よほどの幸運でも訪

れない限りたちまち貧困が訪れる」

「ま、いまさら他の選択肢なんて考えられないので会社に居る限り

ある程度将来の予想はつくけれど。それが面白くないと言うのか」

「まあそうだな」

彼は、開発途中のソフトに何度も自分自身のデータをインプットし

て、自分の将来を予測させた。その結果、然したる幸運に恵まれる

こともなく60代でガンで死ぬと予測された。

「実は俺の親父もちょうど60才で癌で死んだんだ。もしそうだと

すればあと20年も無いからな」

彼は自分が開発したソフトによって「一炊の夢」を見てしまった。

「実際、自分の一生はたぶんそうなるだろうと思うとやり切れなく

なってさ。じゃそれはそれで終わったことにして別の人生もいいん

じゃないかなって思ったんだ」

「何を言ってるんだ、久美ちゃんや子どものことを考えたらそんな

こと出来るわけないだろ」

久美ちゃんとは彼の嫁さんで結婚前からおれもよく知っていた。

「わかってるさ」

佐藤は申し訳なさそうに呟いて、コップの焼酎を呷った。


                        (つづく)

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