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我が家のゴミ箱が妊娠したらしい。

作者: 脱兎

 

 ――何かが聞こえた。気がする。


 俺は重い瞼をこすり、時計を確認する。まだ朝の八時だ。再び眠りにつこうと、掛け布団をずり上げる。

 カーテンの向こう側ではお日様が上っているのだろうが、俺はまだまだ眠い。昨日は、ついつい明け方過ぎまでパソコンをいじり倒していたのだった。


 普通のサラリーマンならもう起きなきゃヤバイという時間だが、俺は絶賛無職中。二度寝したって誰にも文句は言われない。


「……しました」


「あ?」


 やっぱりさっきのは空耳ではないらしい。俺は再び布団の中から顔を上げ、部屋を見渡した。が、当然辺りに人影はない。


「起きてください。あと十日で生まれます」


「……はあ?」


 今度は明らかに女の声がした。それもこの部屋の中から。思わずテレビの画面に目をやるも、真っ暗なままだった。


「あなたの子です。あと十日です」


 いったい誰が、なんの話をしてるんだ?

 俺は半分くらい寝ぼけたままの頭で起き上がった。


「あなたの子ですよ。おめでとうございます」


「だから何の話なんだ!」


 再びした女の声に、イライラしながら返事をした。俺はまだ寝ぼけてるんだろうか。


「おめでとうございます。あなたの子を妊娠しました」


「はあぁあ⁉︎」


 起き抜けの頭に、自分の悲鳴がこだました。


「いやいやおかしいだろ!」


 よりによって俺の子だと。


 生憎だが、俺は生まれてこのかた大切に童貞を守り続けている。子どもなんて出来るはずがない。


 女の声はなおも続く。


「あなたの子ですよ、きっと可愛いですよ」


「妙なことを言うな! 大体どこから喋ってるんだ⁉︎」


 俺は部屋の中を見渡し、声の正体を探した。しかしいくら探しても人の姿など見当たらない。


「私はここです。あなたの目の前にいますよ」


「え⁉︎」


 今度は俺の足元から女の声がした。

 そこに目を向けると、あったのはほこりをかぶった青い蓋つきのゴミ箱である。


「あ、目が合いましたね」


「……なんじゃそりゃぁああああ!!!」


 部屋の隅に放置してあるゴミ箱が、ガタガタと揺れていた。



「お前一体なんなんだよ!」


「私、ゴミ箱ですよ。見ての通り」


 その返答に、俺は頭を抱える他なかった。


「もしかして疑ってます? この子が本当にあなたの子なのかどうか」


「問題はそこじゃない!」


 そもそもこの子って、どの子だ。当然ながらゴミ箱は見た目にはいつも通りで、妙に膨らんでいたりはしない。喋ること以外は普段通りだ。


「本当にないですか、心当たり」


「……あ」


 ゴミ箱の言葉に、俺は「ない」と即答しようとしたが、そこで言葉が詰まった。


 生物が妊娠、出産するメカニズムなら俺も当然知っている。精子と卵子がほにゃらら〜、みたいな感じだ。そこで思い出した。昨夜、とある理由で消費した使用済みティッシュを問題のゴミ箱に捨てたことを。


 ……まさか。


「もしかして……昨日のアレか?」


「そうです、昨日のアレです!」


 ゴミ箱がやたらと嬉しそうに声を上げる。


「じゃ、じゃあ妊娠って言うのも……」


「だから、そうだって言ってるじゃないですか」


 ゴミ箱が、カタカタと非難するような音を鳴らした。

 俺は自ら引き起こしたとんでもない事実に恐れおののき、そのまま布団を頭から被り数分前と同じ眠りのポーズ。


「ここで二度寝します普通⁉︎」


 降り注ぐゴミ箱のツッコミをものともせず、俺は夢の世界へと誘われていく。


 だって眠いんだもん、普通に。




 ゴミ箱が喋り出してから早五日。あれから俺は生まれ変わって日雇いの肉体労働系のバイトに精を出す日々を送っている。その帰り、暗い夜道を一人歩いていた。


 ゴミ箱に妊娠を告げられた当初は、ドッキリカメラか何かだろうと思い何も考えず二度寝についてしまったが、起きてからも事態は何も変わっていなかった。二度起きの時にゴミ箱に怒られたくらいである。


 二度寝から覚めた俺は、そうして少しずつ事実を受け入れていったのだった。


 よくよく考えれば、異世界からやって来た勇者が世界を救っちゃうような世の中である。


 ゴミ箱が子どもを生もうと、何らおかしくないはずだ。



 くたくたの体を引きずり、俺が自宅へ戻ると身重のゴミ箱は部屋の真ん中で倒れていた。


「おい! 大丈夫か⁉︎」


 慌てて駆け寄ると、


「あ、おかえり〜」


 少しして気の抜けた女の声がする。

 どうやら寝っ転がっていただけらしい。


 あれから五日という時が経ち、ゴミ箱と俺はまるで長年連れ添った夫婦のような関係になっていた。


「ねーあんたあ、ちょっと起こすの手伝ってよ」


「仕方ないな」


 よいしょと倒れたゴミ箱を起こし、元どおり蓋を被せ埃を払ってやった。こう見ると、凹凸のあるフォルムはグラマラスと言えなくもないし、目が冴えるようなブルーの色は実にさわやかだ。


 なんだか最近、日に日にこのゴミ箱への愛情が募っていくのを感じる。


 俺は持っていたハンカチで、軽くゴミ箱の側面を拭いてやった。


 元気な子が生まれてきますように。




 そしてついに出産予定日当日である。

 その日の仕事は休みを取り、俺はゴミ箱の異変にいち早く対応できるよう、朝からずっと部屋の中でスタンバイしていた。


「どうなんだ? そろそろか?」


「うーーん。もうちょっと」


 今のところ、ゴミ箱の様子に変化はない。だが、時期に陣痛がやってくるだろう。その時には、俺がサポートしてやらなければならない。それが父親の務めだ。


 それから数分経たないうちに、ゴミ箱がガタッと揺れ、蓋をパタパタと鳴らし、


「あっ、キタキター‼︎ もう生まれるわ!」


 と、おたけびともとれる声を突然あげる。


「十、九……」


 うろたえる俺をよそに、唐突にカウントダウンが始まった。


「ちょちょっと、待ってくれ! まだ心の準備が」


 そういえばこれから一体どんな子が生まれてくるんだろう、と俺は今更ながら初歩的な疑問を抱き始めていた。


 ちっちゃいゴミ箱が生まれてくるんだろうか。それとも俺似か? ううむ、気になる。


「……五、四、三、二、」


 そんなことを考えている間にも、ゴミ箱のカウントはどんどん進んでいく。

 こうなったらもう、覚悟を決めるしかない。俺はTシャツの袖をめくり、その時を待った。


「……一、ゼロ! ドカーン‼︎」


 やたらと派手な効果音がまんざら嘘でもないことに、その瞬間俺の部屋には轟音が響き渡った。


「おめでとう! あなたの子が生まれたわよ‼︎」


 その声を引き金に、俺は急いでゴミ箱の蓋を開けた。


 

 ゴミ箱から産み落とされたのは、ごく普通の人間の赤ん坊だった。


 当然ながら素っ裸の子どもを、俺は慎重に抱き上げ、それからつい今しがたお産を終えたばかりのゴミ箱の方へと意識を向ける。すぐには言葉を発することができなかった。

 こういう時は、まず初めになんと声を掛けるべきだろう。


 すーっと深呼吸をした後で、俺はゴミ箱に向けてこう言い放った。


「……てめぇ、騙したなこのヤロォォオオ!!!!」



 俺、元ニート、彼女いない歴イコール年齢。







 ――種族、()()()()()()




「やっぱり騙されなかったかあ」


 どことも知れない部屋の中で、壁に設置された巨大モニターを眺めながら、この世界をべる女神がため息をついた。


「もともと無理な話だったんですよ、女神様。リザードマンに、勇者候補の転生者を自分の子として育てさせようだなんて」


 お付きの天使と思しき少女が呆れ気味に言う。


「えー、でも途中まで順調だったじゃない。うまいことゴミ箱と私を同調リンクさせたりして。まさかあそこまで信じてもらえるとは思ってなかったけど」


「でも、いくらリザードマンがおつむの悪さで有名な人族だからって、自分の子がまるっきり違う人種だったら気が付きますよ」


 その言葉に、女神は口を尖らせた。


「仕方ないでしょ、呼び寄せた勇者が母親に育児放棄されて、慌てて次の転移場所を指定しようとしたら、間違って十日後にあのリザードマンの家のゴミ箱の中に転移するように設定しちゃったんだから」


「なんだかやたらと説明口調ですね……それで、これからどうするんですか?」


「どうって、やっぱり新しい転移先探さなくちゃダメでしょ」


 女神はうな垂れた。そこへお付きの少女が何かに気が付いたらしく「あ、」と声を漏らす。


「女神様、見てください!」


「へ?」


 女神が顔を上げモニター画面を見上げると、そこには慣れない手つきで抱き上げた赤ん坊をあやす、若いリザードマンの姿があった。






 ※次話『おーまえーのとーちゃんリザードマン〜www』の更新は未定です。

この世界ではリザードマンはお馬鹿な亜人族という設定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ないわーからよいわーになるお話の作り [気になる点] 続きが読めるかどうか お人好し童貞リザードマンの今後 [一言] Fさんって方のエッセイから紹介されて読みました これから作者さんの別…
[一言] >自分の子がまるっきり違う人種だったら気が付きますよ とりあえず、お疲れ
[良い点] やばい、このオチ超好き(笑) 底抜けにいい人な主人公かわゆ。素敵。 続きが、続きが読みたいです。 でも普通に続くとダラダラしそうだから、なんかおもろい発想があったら是非。 世界的にアホと…
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