二章 変わり者
ほんの少しの間があった後、相手がムッとした表情で口を開いた。
「失礼な人だね。君には私が強盗に見えるのかい? こうして学生服も着ているというのに。まあ、学生服を着た女生徒の強盗を見たことでもあれば、話は別だけどね」
その発言も十分失礼だと思うのだが、基本は向こうが正しい気もする。
「えーっと、すみませんでした」
「素直に謝れてよろしい」
案外簡単に許してもらえた、というよりは初めから何も思っていなかったのか。……何なんだこの人。
「で、君は何の用があってこんなところに? もし本を盗むのが専門の泥棒とかなら笑ってあげるけど」
「……失礼ですが、あなたは先ほどの自身の発言を覚えてないのですか?」
「もちろん覚えているよ? ただ、それを考慮しても君が怪しかっただけさ」
とりあえず、この人は性格があまりよろしくない様だった。
この人と会話を続けるとストレスが溜まりそうだ。とっとと終わらせよう。
「本を読みに来ただけですよ。もういいですか?」
そう言って読む本を探しに行こうとしたとき。
「残念ながら、ここの図書館は去年に閉館したよ。」
「え?」
「君の読める本はないよ。ほれ帰った帰った」
「はあ……」
一瞬帰る気でいたが、少し遅れて根本的な点に気が付いた。
「だったら、あなたはどうしてここにいるんですか?」
彼女は少し考えるような様子を見せてから
「ここの所有権を貸してもらっているから。これじゃだめかい?」
意味がわからない……
いくら考えても、僕はこの答えに納得できそうにないので。
「なら僕も貸してもらうことにしますね」
という適当な宣言を出して、勝手に居座ることにした。
彼女はため息をついた後。
「今日だけだよ」
と、あきらめたような表情で言った。
お許しの言葉をいただいたので、遠慮なく読書に集中することにした。それにしてもおびただしい量の蔵書数だ。読む本を選ぶのに時間を掛けるというのはなんと贅沢なのだろうか。今までこんな経験はなかった。本当にここに来てよかったと思う。
候補を絞り切れそうになかったため、近くにあった一冊の文庫本を手に取って、持ち帰った。
そのまま読書スペースを探したのだが見当たらなかった、正確に言えば読書スペースだったらしい場所は見つけた。しかし床にもソファーにも本の山のように積まれていたのだ。これではとてもゆっくり読めない。
ほかの場所も探してみたが、どこも本の山ばかりでとても座れるところはなかった。
視聴覚室を除いては。
ただその場所にはあの奇妙な人がいる。どうするべきか……
結論を言うと視聴覚室で読むことにした。背に腹は代えられない。
向こうも読書をしている様子だったし、むやみに話しかけてくるということもないだろう。
視聴覚室に戻ると、彼女は読書を再開していた。
この部屋には一人用の椅子三脚が一列に配置されている。彼女は一番扉に近い椅子に座っているので、僕は奥に陣取り読書を始めた。
そこからしばらくはお互い黙って本を読んでいたが。僕がちょうど小説を読み終えたとき。
「この図書館……今は倉庫だけど。閉館したタイミングでここを隣の学校が管理することになってね」
と、彼女がいきなり話し始めた。僕は彼女の方に視線を向けるが、彼女は視線を本に向けたままで続けた。
「で、私が学校から去年から鍵を貸してもらってここ利用しているというだけだ。これで納得してもらえるだろうか」
少し棘のある言い方ではあるが。なるほど、それならば納得がいく。
裏口のドアだけが開いていたのは彼女が裏口から入ったからだろう。いくら閉館している建物とはいえこの規模だ、学校側が鍵を閉め忘れたとは考えにくい。ピッキングでもすれば鍵を開けることはできるかもしれないが……この人がやるとは考えにくい。
また、この人は僕の先輩にあたるわけだ。女子の制服を見たことはないからわからなかったが、隣に学校があるのだ。そこの生徒というのは自然なことだった。
「ありがとうございます。合点がいきました。」
「分かってもらえてうれしいよ。人に強盗扱いされたのをそのままにはしたくないからね」
と言うと初めてこちらを向いて微笑んだ。人を小馬鹿にしてるような口調のわりに、その顔は普通にかわいく思えた。
「ところで一つ気になっているんだけど、一体君はどこから入ってきたんだい? まさか窓を割って入ったとか言わないだろうね」
「裏口からです。鍵が開いていたのでそこから入りました」
「裏口の鍵が開いていたんだ、まったくひどいものだ……」
「先輩が開けたんじゃないんですか?」
「あれ?君新入生だったんだ。私のような変わり者はここに入学するんだね。私が使うのはいつも正面玄関だ、鍵も閉めているはずだけど…」
「え、ということは」
「教員の誰かがカギを閉め忘れたのかもね。何の用事があったかは知らないけど」
そんなずさんな管理でいいのだろうか。
が、この人も気にしてないのか。
「そういうこともあるよ」
と微笑みを振りまいた。
この学校に通うのは間違いだったのだろうか。もっとちゃんと見学をすればよかった。
「別の本取ってくるんで、ついでに裏口の鍵を閉めてきますね」
「ありがとう、助かるよ」
また微笑みながら言った。最初は僕に対する悪印象からそんなことはなかったが、これがこの人の本来の表情なのかもしれない。
こうして先に裏口の鍵を閉めてから、文庫本の本棚に向かった。そこでまた一冊適当に取って、視聴覚室へ帰ろうとしたとき。本棚の向かいから足音が聞こえた。
先輩もさっきの銃器の本を読み終えたのだろうか。普通に戻ろうとしたが、あの人がどんな本を読むのか気になったので、話しかけるために本棚の向かいへ足を向けた。
「先輩はどういったジャンルの本をお読みに……」
だがそこにいたのは、そこにはサングラスとマスクをかけ、ニット帽をかぶった男が一人だけだった。