賑やかな衣装合わせ
二人の行事というより、家族の行事になったようです。
初めての衣装合わせは、12月の最初の土曜日になった。
健介さんも麻巳子も仕事があるので予定を合わせるのが大変だった。
弟のお嫁さんの久美ちゃんがついて行きたいと言って、一緒に来ている。
甥の拓也は8か月を過ぎているのでそろそろ久美ちゃんがいなくても大丈夫だろうということで、弟とじいちゃんが二人でお守りをしてくれている。
うちは両親もついて来ているので総勢5人の大所帯だ。
他の人を見てみるとカップルで来ている人が多いので、何だか賑やか過ぎてちょっと恥ずかしい。
しかし最初はそう思っていたが、久美ちゃんとお母さんが一緒について来てくれていて良かったなと思った。
この二人は去年の結婚式で一度衣装選びを経験しているので最強のアドバイザーだったのだ。
コーディネーターの人が強くは言えないことも、この二人にかかると遠慮がない。
ずけずけと思ったことを言う。
私達は洋式の人前結婚式を挙げる予定なので、白のウェディングドレスと披露宴用の色つきドレスの2パターンを選ぶことになった。
衣裳部屋から何着か選んで持って来たドレスを麻巳子が順番に着ていく。
着替えてから、皆がカメラを構えて待っている部屋にしずしずと出て行くと、すぐに容赦ない言葉が浴びせられた。
「麻巳子には、色もデザインも可愛すぎるね。」
「そうね、お姉さんにはスレンダーな体型を強調した大人っぽいデザインのが合うと思う。このドレスだったら、お姉さんの友達の保母さんをしてる…。」
「絵美ちゃんでしょう。そうねこれは絵美ちゃんタイプのドレスだわ。」
コーディネーターの人と麻巳子が選んできたドレスは、けちょんけちょんに貶される。
健介さんが笑いをこらえているのを、麻巳子は睨んだ。
お父さんは気に入ったみたいで「そうかぁ。お父さんは可愛くていいと思うがなぁ。」と言っているが、聞いてはもらえない。
次のポップで華やかなドレスは、綾香タイプだと言って退けられた。
なかなか難しい二人である。
結局、健介さんが選んでくれた、フリルのない布地の光沢を生かしたシンプルなウェディングドレスに決まった。
これは、麻巳子としては躊躇したドレスだ。
背中がひどく開いているのである。
しかし、久美ちゃんは「さすが健介さん、お姉さんの良さをよくわかってる。」と言うし、母も「歳なんだから、若いお嫁さんが着られないようなものにしなさいよ。」と言ってそれに決定したのだ。
その代わり、色つきのドレスの方にはフリルがたっぷり入ったものにした。
そのドレスはワインレッドの渋い色だったので、このうるさい二人のお眼鏡にも叶ったのだ。
健介さんのタキシードは、麻巳子の選んだ二つのドレスに合わせて、コーディネーターの人が何着か持って来てくれた。
母が「私たちの頃とは違って、男の人のものでも種類があるのねぇ。」と感心していた。
ベストやタイも変えると何通りもの組み合わせが可能になっている。
またモデルの健介さんが悪い。
どれを着てもカッコよすぎるのだ。
選びようがない。
久美ちゃんが「颯太が嫉妬しそう。」と言えば、お母さんも遠慮なく「比べ物にもならないわね。」と言う。
コーディネーターの人が律儀にも笑いをかみ殺しているのが見える。
一応、写メを撮って名花山のお母さんにも送って、お伺いをたてる。
結局、うちのお父さんと河合のお母さま、健介さんの選んだシャープな黒系のタキシードをウェディングドレスと合わせることになった。
私達女性陣をノックアウトした久美ちゃんの言う『王子様モデル』は、色つきのドレスと合わせることになった。
うちのお母さんが留めそでを決めるのは早かった。
コーディネーターの人が畳の上に出してきた五着ほどの着物の柄をパッと見ただけで、「これね。」と言って一枚を肩にかける、お父さんも「うん。それだね。似合ってる。」と同意した。
そしてお父さんのタキシードは選びようがない二拓だ。
お母さんが「安いほうが似合っている。」と失礼な事を言ったが、確かにその通りだった。
河合のお父様が料金の高いほうのタキシードになった。コーディネーターの人は、両家で料金を揃えたそうだったが…母に勝てるわけがない。
「一日で決まるとは思いませんでした。」
コーディネーターの人がびっくりしていたが、私たちは一日で決めてしまうつもりで来ていたのだ。
なにせ二人とも仕事がある。
衣装だけではなく、住む所も決めて、これから使う家電などの生活用品も用意しなければならない。
家電を買うのは、歳末セールのある十二月にしようと話し合っていたので、これから二人の休みが合う日は忙しくなりそうである。
皆で家に帰ると、颯太とじいちゃんが私たちが帰って来るのを首を長くして待っていたようで、早く帰って来たのを盛大に感謝された。
拓也が泣き止まなかったらしく、二人で車に乗って寝かしつけて来たところらしい。
車に乗ると適度な揺れで眠ってくれるそうだ。
出かけたついでに、ケーキやお茶菓子を買ってきてくれていた。
なんとも気が利く弟である。
弟よ、衣装のことで笑いものにしてごめんよ。
ケーキを食べ終わるまで、健介さんの携帯が鳴らなかった。
記念すべき日である。
この後、颯太や久美ちゃんに家電のパンフレットを見てもらいながら、買うべきもののアドバイスを貰えてよかった。
生活用品のことを考えると、初めて健介さんと一緒にお皿を買った春の日のことを思い出す。
一年経たないうちにこんなことになるとは思いもしなかった。
あの時は、ばあちゃんもまだ生きていて、私たちの事を心配してくれていた。
死んだ人の思いってどこに行くんだろう。
夏美ばあちゃんがあの時考えていたいろんなことは、どこに行くんだろう。
そんなことを考えていると、拓也が泣いて起きて来た。
久美ちゃんがおしめを変えてやっている。
それを皆が笑って見ている。
健介さんが私の手をそっと握ってきた。
…ばあちゃん、ここにあるんだね。
ばあちゃんの思いは、私達みんなの中に残ってるんだ。
「おー、やっぱりこれから結婚する人はお熱いねーーーっ。」
健介さんと私が手を繋いでいるのを見て、颯太がからかう。
健介さんと私は開き直って、皆に高々と繋いだ手を上げてみせた。
家の中には、楽しい笑いがいつまでも響いていた。
麻巳子、健介さん、どうかお幸せに。
終わってしまいました。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
皆さんも其々のご家族と楽しい日々を過ごされますようにお祈りして、筆をおきます。