婚約
お互い地で話せるようになると、こういうことになります。
世の女性は、どういう風に彼氏にプロポーズしてもらいたいと願っているのだろうか。
麻巳子は最近流行りの奇抜なプロポーズを願っていたわけではない。
ごくごく普通の「結婚してください。」という心のこもった言葉を聞くことが出来ればそれでよかった。
それが…。
「えっ、10月の半ばに夏美おばあちゃんの四十九日の法要をするの? じゃあその前に婚約しといたほうがいいね。俺、主治医だし夏美さんの法事には出たいから。家の親にはもう言ってあるんだけど、麻巳ちゃんは根回ししてる? いつ親同士の顔合わせをやるか今度お母さんたちに聞いといて。」
「…………。」
健介さんのこれ、「プロポーズ」って言っていいと思います? 皆さん!
いくらなんでもこれはないだろう。
健介さんの仕事に合わせていろいろ我慢していたことも影響をしていたのか、さすがの麻巳子もムッとした。
「…まさか私たちが結婚することになっているなんて、私は、聞いたことがなかったから、家の両親にはまだ何も言うことが出来ていませんでした。ごめんなさいね。」
麻巳子の方から冷ややかな気配が漂ってきたのだろう、夕食を食べていた健介さんの手が止まった。
麻巳子の顔を見て、健介さんはギョッとしたようだ。
おもむろに箸をおいて、居住まいを正した。
「ごめん。また先走ってたな俺。…ゴホン。えー、こんな風に先走って言ってしまうぐらい麻巳ちゃんといることがいつの間にか俺にとって自然なことになってしまっていました。麻巳ちゃんとしか結婚は考えられません。大田麻巳子さん、僕と結婚してくださいっ。」
んーもうっ、口が上手いんだから。
まぁいいか。
言い直してくれたし。
私も健介さんと結婚したいと思ってたんだから…。
「ありがとうございます。私も健介さんと結婚したいと思っています。これからもどうかよろしくお願いします。」
麻巳子の機嫌が直ったことがわかったのだろう。
健介さんはニッっと笑うとまた食事を再開させた。
甘すぎる対応と言うことなかれ。
この人のこれが性格なのだ。
このペースにつき合うことが出来ないと一緒にはいられない。
その後も、指輪はいつ買いに行くか。
先程出た親の顔合わせなる行事はどのように執り行うか。
結婚式は早いほうがいいけどいつにするか。
新婚旅行は行くべきなのか。
等々、健介さんペースで事務連絡のように予定の確認が行われる。
甘い気配はどこにもなく、麻巳子は会社のプロジェクト初日の、チームメンバーとの意見のすり合わせを行っているような気がした。
去年の絵美の婚約からまるまる一年遅れて、私もとうとう婚約だ。
しかし、絵美や綾香に聞いていた話とは全然違う。
これも私達二人ともが三十代の大台に乗っているからなのだろうか?
おばあちゃんは、健介さんを31歳か2歳と言っていたが、詳しく話を聞いてみると、医学部に入るまでに二浪したので、今は33歳、この11月で34歳になるとのことだった。
麻巳子より3歳年上だ。
おばあちゃんはおじいちゃんと5歳違いだったので、これもおばあちゃんに言わせると「丁度いい年回りじゃないか、麻巳子。」ということになるのだろう。
とにかくこんな感じではあったけれど、麻巳子もとうとう結婚のはこびになりそうである。
congratulation麻巳子。
短いですが、切りがいいのでこの辺りで。