会ってしまった
人生、思うこととは反対になることも多いもの。
会わないようにしようと思っていたのに…。
麻巳子はおばあちゃんのパジャマを買いにデパートにやって来た。
ここ二、三日暑い日が続いたので、夏物のパジャマを買って来て欲しいと頼まれたのだ。
ついでに、買い損ねた母の日の贈り物と、父の日のプレゼントも合わせて調達しようと目論んでいる。
パジャマを買った後で、よく行く雑貨屋をのぞいてみることにした。
この雑貨屋は、食器を中心に季節のプレゼントに最適な小物などの贈答品も、各種取り揃えて置いている。
実を言うと綾香や絵美の結婚祝いもこの店の食器を贈った。
デザインがしゃれていてお値段も手頃なので、麻巳子にとっては重宝しているお店だ。
その店に入った途端に、河合医師と目が合ってしまった。
「…あっ、こんにちは。うちの祖母がいつもお世話になっています。」
先生も麻巳子に見覚えがあったようだ。
「…ああ、麻巳子さんですね。いつもお噂はかねがね。この間はどうも。」
噂?
おばあちゃん…なに話してるのよ。
「麻巳子さんも買い物ですか? 僕は母の日のプレゼントを買い損ねちゃって。父の日のプレゼントも一緒にして送ってしまおうと思って、買いに来たのはいいんですが…。」
「まぁ、先生も!? 私も同じこと思って来たんです。」
「麻巳子さん、今日は休みなので先生はやめて下さい…。河合でお願いします。」
河合先生が少し声のトーンを落として、周りをチラリと見る。
麻巳子も同じように周囲を見て気が付いた。
この店は女性客が多いので男の河合先生は結構目立っていたようだ。
さりげなくではあるが、店にいる奥様方がこちらの会話を気にしているのが判る。
河合先生がイケメンでカッコいいというのもあるのだろう。
「ふふ、河合さん。それでもうプレゼントは選ばれたんですか? いい物がありましたか?」
麻巳子も今度は少し声のトーンを落として話す。
「それがどれがいいのか、どこから選んでいいのかわからなくて途方に暮れてたんですよ…。麻巳子さん、アドバイスしていただけませんかね。」
河合先生は、ほとほと困り果てているようだ。
診察をしている時の有能そうな様子を先日見ていただけに、そのギャップに思わず笑みがこぼれる。
「この店に来られたということは、ご両親は食器がお好きなんですか?」
「ええ、母がこういうのが好きで。食事の時もいろいろな皿で料理が出ていたことは覚えてるんです。でも最近家に帰ってないので、何を買ったら喜ばれるのかさっぱりわからないんですよ。まだ食器なら僕も買いやすいかと思ってここに来たんですが…ここに来てみて気づいたんですが、僕が買って送っても、もしかして家に重複する皿があるかもしれないなぁと、困っていたわけです。」
「そうなんですね。…ご自宅での食事は和食と洋食、どちらが多かったんですか?」
「どちらかというと和食かなぁ。親父がご飯が好きなタイプだから。」
「そうですか。それでご予算は…如何ほどですか?」
「それぞれ二万円程と考えてるんだけど…。」
えー?! 金持ち。
私なんか三千円だよっ。
「…わかりました。とにかく今、その手に持っていらっしゃるご飯茶碗は置いてください。ご飯茶碗は毎日使うものだから、多分、食器類を集めるのが好きな方は、ご自分でこだわりのものを選んで持っていらっしゃると思います。それこそ重複したら使いにくいですよ。」
「ああ、そうか。」
河合先生は麻巳子に言われるがまま、お茶碗を売り場に戻した。
そして子犬のような目で麻巳子を見て、指示を待っている。
う、期待が重い。
とりあえず、私が買おうと思っていたものを見てもらうことにしようかな。
「じゃあ、まず私が考えていたものを見て頂けますか?」
「はい。」
「こちらです。」
麻巳子は今回、汁椀と手塩皿を両親に贈ろうと思っていた。
「家の両親も最近孫が出来ておじいちゃんおばあちゃんになったので、手に取るものも軽いものを好むようになりました。それで、最近出て来たこんな感じの、見た目は塗り椀なんですが、電子レンジにも対応する大き目の汁椀はどうかと思っていたんです。豚汁とか汁物代わりのうどんやソーメンを食べる時にも使えます。それから、こういう小さいお皿は、数があってもよく使うんです。刺し身の時や、大皿料理を出した時の取り皿ですね。家では、残りものを入れることもあります。」
そして変わり種でお勧めできるものも言っておく。
「先日、母がこれを買ってきました。シンプルだけどなんでも使えて便利です。それに盛り付けようによってはスタイリッシュになります。」
そう言って勧めたのが、長方形の白いお皿だ。
「うちでは焼き魚のお皿にしたり、オードブルを一口ずつ三種類乗せたりします。餃子とか、卵焼きもいいですね。重ねられるので食器棚にもおさまりがいいですしね。」
河合先生は麻巳子の次々と出てくる話に目を白黒させていたが、ここに至ってひどく感心したようだった。
「凄いです、麻巳子さん。お店の人より勧め方がプロフェッショナルですね。」
結局、河合先生は麻巳子の勧めたものを三種類買った。
小皿は、お母さまの好みを考えてデザインを選んでいるようだった。
河合先生はお世話になったからと、麻巳子にお茶を奢ってくださるという。
恐縮して断ったら、この程度の事は受けて下さいと固辞された。
仕方がない、これもこの場限りのお付き合いだ。
観念して有難く奢って頂くことにする。
「いやー、助かりました。やっぱりお皿は料理を作ったり家族と食事をしたりする人に聞かないとだめですね。独身の独り暮らしの男には荷が勝ちすぎました。」
「いえいえ、でもお母さまが気にいってくださるといいんですけど…。」
「気に入りますよっ。僕も自分のものが欲しくなる説得力でした。今度、僕のものを買う時にも付き合ってください。」
「えっ?! でも彼女さんに頼まれたほうがよろしいですよ。」
「聞いてないんですか?僕はおばあさんに、彼女募集中だと言っといたんですよ。そしたら、麻巳子さんを薦められたんだけどなぁ。どうですか、僕なんか。」
「はぁ。」
「今日はプレゼントを探すのを手伝っていただいて助かりました。それに楽しかったです。僕はおばあさんのお勧めに、非常に、積極的に乗っかりたい気分なんですけど…。お試しでいいので、つき合ってもらえませんか?」
「ええっ?!」
思いのほか積極的な先生の提案に、どう反応していいのか返事に困る。
そんな麻巳子の戸惑っている様子を見て、先生はしまったと思ったようだった。
「いや、またやっちゃったな。すみません。僕は勘ですぐ動くタイプなもので…周りの人の感情を置き去りにして突っ走り過ぎるって、よく職場の先輩に怒られるんです。南極探査隊に志願した時にも、おふくろにそんなことを考えていたとは知らなかった。と言われましてね。南極に行くのも前から決めていたとか、小さい頃からの夢だったとかじゃないんですよ。たまたまそんな話が出て、これは面白そうだと思ったわけです。それで仕事の区切りがよかったことから、とんとん拍子に話が進んでね。…でも行ってよかったです、南極。人生観変わりました。今、訪問医療の仕事をしているのも、その体験から気づいた事からなんですよ。」
「はぁ、そうなんですか…。」
「しまった。またしゃべり過ぎてる。」
麻巳子はなんだか可笑しくなった。
正直というか素直というか…。
河合先生という人は子供のように興味を持ったことに真っ直ぐに向かっていく人なんだなと感じた。
この前の颯爽としたカッコイイお医者さんの姿も良かったけれど、今日の純粋な大きな男の子のような河合先生も可愛らしくて素敵だ。
麻巳子も率直な先生に習って素直になることにした。
「楽しくて興味深いお話でした。実は私、先生のこと素敵だなって思っていました。お付き合いして頂けると嬉しいです。」
河合先生の顔がパッと輝く。
「やった! どうかよろしくお願いしますっ。」
「こちらこそ。不束者ですが、よろしくお願いします。」
こういう始まり方をする恋も珍しい。
出会い頭に、ポンッとぶつかったみたいな恋だ。
麻巳子はこれからこの恋を大切に育てていこうと思っていた。
麻巳子の恋、始まりましたね。