残された焦り
お待たせしました。麻巳子のターンです。
最近、落ち込み気味だった麻巳子は、一人で首を振りながら苦笑していた。
こんなに笑顔になったのはずいぶん久しぶりのことのような気がする。
今年入った新人君が面白い質問をしてくれたのだ。
春になってまた多くの新入社員が入ってきた。
うちの会社の主要部門の電気を専門に勉強してきた者もいれば、先程の新人君のように精密機械工学畑から、コンピーターのキャドの特殊な使い方を知っているからと採用された者もいる。
この新人の高畑君は絶縁抵抗計を持ってこう言った。
「どうしてメガチェックをして出した数値の単位がメグになるんですか?20メグじゃなくて、20メガの方が正解のような気がするんですけど…。」
この面白さはメガチェックを頻繁にしている人にしか通じないだろう。
この子は、通称「メガ」と呼ばれている絶縁抵抗計の「器具」の名前と、「電気抵抗の単位」であるメグオームの「メグ」を頭の中でごっちゃにしているのだ。
こういう時たま味わえるスパイスがあるから、仕事が面白くてやめられないのよねー。
4月4日に30歳になった。
この年齢になったショックは半端ない。
子供の頃、30歳になる自分を想像できなかったというのもある。
子供が大人になった将来を頭に描くとき、漠然と20歳から25歳ぐらいの年齢を思うのではないだろうか。
まさか自分がおじさんおばさんになることを将来の夢としては考えないだろう。
しかし、20代はあっという間に過ぎていった。
自分の中身は子供の頃のまま変わっていないと思っているのに、世間から見た自分はもう「お姉さん」と呼ぶのが厳しい「おばさん」になりつつある。
現に同級生たちは、小学校の子供を持つPTAの「お母さん」であり地域を支える近所の「おばちゃん」である人が多い。
そしてそのショックに追い打ちをかけたのが弟の結婚である。
3月の終わりに弟に子供が出来た。
そう、私は名実ともに「おばさん」になったのだ。
去年の夏、弟が子供が出来たから結婚すると言い出して、麻巳子は現実を突きつけられた。
仕事だ友達と旅行だと独身生活を謳歌してきたが、自分たちはもうそういう段階の年齢になってきていたのだ…という気づきだ。
慌てて綾香や絵美を巻き込んで街コンにも行ってみたが、成果ははかばかしくなかった。
絵美はその街コンでお相手が見つかり、一か月半の付き合いで婚約し、去年のクリスマスに結婚式を挙げた。
綾香はのんびり構えていると思っていたのに、知らぬ間に同僚の教師とたった二か月で結婚式までしてしまった。私達の中で一番乗りである。
そして誰もいなくなってしまった。
私一人である。
街コンに行こうと言い出したのは「私」なのに…。
仕事は、自分が努力しさえすればキチンと成果が出る。
しかし結婚は、相手があることなのでいくら自分だけが努力しようとどうにもならない。
完敗である。
何に負けたのか漠然としているが、人生との戦いに敗れた感が半端ない。
これが世に言う「勝ち組・負け組」というものなのだろうか。
学校の成績も就職も仕事もある意味ずっと勝ち続けて来たのに、「結婚」を前に挫折…。
いや、だめだだめだ。負の思考スパイラルには、負の結果が待っている
「正」よっ。「正」を目指すのっ!
私は昔から「正」義感が強すぎると言われてきたじゃない!
…それは意味が違うとは思うが…なんでも利用して気分を向上させなきゃ。
今日の新人君の話も絵美の旦那に教えてやろう。
文也くんならこの可笑しさが共有できるはず。
そうっ、笑いはガンをも治すというじゃない。
「笑う門には福来る」
麻巳子頑張れっ。
お前ならできるっ。
この頃の麻巳子は、こういう脳内闘争を繰り返していた。
しかし「恋」に落ちるとまた違う脳内闘争が起こるのだとは、この時は知らなかった。
三十歳って、大きい転換点に思えますよね・・・。