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第8話『胸が詰まる思い』

 ルセットの前で宣言した自分はどこへ行ってしまったのか。もうとっくに見失ってしまっている。


 どうにか団長室の前まで来たものの、床が揺れるんじゃないかというくらい膝が震える。ノックしようと伸ばした拳のなかも汗っぽい。


 なぜこんなにも緊張するのか。それは団長が団長室にいることを知っているからだ。震える拳をぶつけるように扉に当てると「入れ」と許された。


 許された以上、もうどうにもなれ! なかばヤケクソな状態で扉を開くと、視界が一気に肌色に染まった。わたしは扉の取っ手を握ったままの体勢で固まる。それは固まりたくもなる。


 団長はつい先程まで団長室で体を鍛えられていたのか、引き締まった体に汗を浮かばせている。


 確かにお尻の筋肉は素晴らしいとは思っていたけど(変な意味じゃない)、上半身に無駄な肉はなかった。


 職業柄、騎士の男たちの体は見慣れているつもりだった。だけど、団長の体は汗も輝いて見える。額の汗を布で拭った団長がこちらを振り向く。


「シュテラ」


 そう呼びかけられて、優しい視線がわたしに注がれる。すごく自然に微笑んでくるものだから、一気に全身が熱くなった。こんな強い刺激ははじめてだ。団長の笑顔で心も体も持っていかれる。引っ張られそうになる。何か、体に力が入らない。抜けていく。視界が真っ白だ。


「シュテラ!」


 遠退く意識のなかで最後に聞いた声は団長のものだった。


 ずいぶん固い枕だなと思った。でも、あたたかくて、寝心地は抜群。時折、髪の毛をさらう感触は気持ちいい。頭上で「シュテラ」と呼ばれる。団長に似た低い声はわたし好みで、思わず、にやけてしまう。


 ――て、えっ? 団長? 枕と思っていたけど、手で触れると固い。変じゃない?


 がばっと勢いよく上体を起こすと、わたしが寝ていたのは長椅子だった。後ろを振り返ると、同じく長椅子に腰を下ろした団長がいた。今は上着を羽織っているものの、前のボタンは外されていて、隙間からちらっとだけあの引き締まった胸板が見えた。


「いったい、これは?」


 驚きのあまり思わずこぼれた。緊張も吹っ飛ぶほど驚いて、案外すんなりと言葉が出た。


「お前が気を失ったからここまで運んだ。寝苦しそうだったから、枕代わりに膝を提供しただけだ」


 「しただけ」だなんてあまりに簡単に言うけど、団長に膝枕をさせてしまった自分を責めたくなる。長椅子から飛び降りて、渾身の謝罪をこめて頭を下げた。


「す、すみません! 男の体なんて見慣れているはずなのに、まさか、気を失うなんて、本当に申し訳ありません!」


「……見慣れているのか?」


「えっ?」団長の声が低い。頭を上げて団長の顔を見つめると、眉間にしわを寄せていた。眼光鋭く射ぬいてくる。


「お前は男の体を見慣れているのか、と聞いている?」


 答えなければ許さないという迫力で詰め寄られる。忘れていた緊張感が手足を震わせる。


「そ、それは、同僚や先輩がわたしの目の前で平気で着替えをするので見慣れただけです。な、何か、問題ですか?」


 上ずりながらも小さく答えると、団長は顔をそらした。息苦しいほどの緊張感が解かれて、わたしは詰めていた息をたっぷり吐き出す。


「いや、そうだな、大人げなかった。すまなかった」


「あ、謝られるようなことなんて何も……」


「シュテラ」


「はい!」


「1つ、たずねても良いか?」


「え、ええ」


 ――何だろう? 一変して団長が険しい顔でわたしに迫ってくる。


「俺の顔は、気絶するほど恐いか?」


「えっ?」


「昔からこう、感情表現が乏しくてな。女子供から恐がられてしまう。もっと、笑顔を作れと、妹に何度、叱られたか」


「そ、そんな。団長の顔が恐いなんて。少なくともわたしは恐いと思ったことはありません」


「そうか?」


「そうです。だって、幼い頃のわたしは、団長の顔が恐いなんて思ったことはありませんでした。何より団長の笑顔が好きでした」


 いつもわたしを包みこんでくれる笑顔が見たくて、わたしは店番に立っていた。父親に「今日は店番はいい」と言われても団長に会いたくて、店番をしていたのだ。


「だから、恐くありません」


 短剣なんてなくても言い切れたことに自分が誇らしくなった。でも、団長からの反応はなくて、変なことを言ってしまったかと、ちょっと不安になる。


「あ、あの、団長?」


 うつむいた団長の顔を下からのぞきこもうとすると、腕をがしっと掴まれた。やっぱり、団長の手はゴツゴツしていてあったかい。


 そんなことを考えているうちに、わたしの頬が団長の胸板にぶつかった。ふたりの距離はない。抵抗できずに両手を下げたままでいたら、背中にたくましい腕が回る。団長の匂いを吸ってから、それを吐き出すことを忘れた。

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