表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/17

第16話『慣れるまで』

 瞼を開けてみると、霞がかった中に人の顔が浮かんできた。いったい正体は誰なのか。真相を確かめたくて、その顔に手を伸ばす。指の先が届く前に、大きな手のひらに包まれる。それでも掴む力は手加減されていた。


 手に伝わるぬくもりがあまりにもあたたかい。夢にしては現実的な暖かさで驚いてしまう。もしかして夢じゃないの? 視界がはっきりしてくると、人の顔は団長そっくりだった。穏やかな瞳がわたしを見下ろす。


「ほんもの?」


「ああ、本物だ」声まで聞こえてくるし。


「夢じゃない?」


 上体を起こしてみると、お腹から下は毛布がかけられていた。やけに寝心地がいいと思ったら、わたしは寝台の上にいたのだ。


 しかも一人用の寝台ではなく、横に転がっても十分幅の余る大きな寝台だった。団長も起き上がり、あぐらをかいて座っていた。でも、つい先ほどまでは、こんな寝台にふたりして横たわっていたのだ。驚かないほうがどうかしている。


 訳がわからなくて混乱していると、「まさか気絶するとはな」と苦笑混じりに言われた。


「わたし、気絶したんですか?」


「ああ、さすがに慌てた」


 団長の話によれば、あんな街のど真ん中で倒れたらしい。それも信じられないくらい恥ずかしいと思うけど、もっと気になったことがひとつ。


「団長が慌てるなんて想像できません」


 いつも余裕があって格好よい団長が慌てるなんて、大げさな言い方だと思う。


 おかしくて笑うと、団長は「まいったな」と言葉をこぼした。何か失礼な態度をとってしまったのだろうか。


 心配になっていると、「シュテラ」と呼ばれた。優しく頭だけを抱き寄せられて、団長の胸板が頬にくっついた。


「だ、団長!」


「好きだ」


「えっ?」


 どこかで聞き覚えがあった。街のど真ん中で繰り広げた団長とわたしの会話。口づけをする前に、団長がわたしに「好きだ」と伝えてくれた。というか、わたし、団長に告白をされた。しかも、口づけを!


「シュテラ? まさか、覚えていないのか?」


 団長の顔を見ようとして、唇に目が向いてしまう自分が嫌だ。あの唇が自分のとくっついたなんて、信じられない。


「お、覚えてます。しゅ、祝福じゃないのに口づけをされました」


「嫌だったのか?」


「嫌じゃありません。き、気持ち良かったです……」


 感想なんて聞かれてもいないのに口走ってしまい、恥ずかしい。身体中の熱で頭がボーッとしてくる。団長の顔が近づいてきた。


「好きだ、シュテラ」つんと鼻の奥が痛む。嬉しすぎるからって泣いたらダメだ。ぐっと顔に力を入れて耐える。


「はい、わたしも」


「だから、もう俺を避けたり、逃げたりするなよ。傷つくから」


「わかりました」


 余程、団長も避けられたり逃げられたりしたことが嫌だったのだろう。念を押された。


「それから、俺のいないところで気絶するな」


「大丈夫ですよ。気絶するほど緊張するのは団長の前だけですから」


「そうなのか?」


 ようやくわかった。気絶するほど緊張する理由は、ただ団長が好きだから。好きな人の前だから、ものすごく緊張するのだ。


「団長が好きだから、緊張するんです」


 自分から団長のたくましい胸に飛び付いて、背中に手をそえる。なぜか、頭上から「くそ」と汚い言葉が降ってきた。


 どうしたのか。聞いたほうがいいのかなと考えていると、わたしの腰に団長の左腕が回った。右手が頬に伸びる。親指が下唇をなぞってくすぐったい。


「それなら、少しずつ慣らさないとな」


 わたしが何かを言う前に寝台に押し倒された。どれだけ鈍くうといわたしでも、団長に見下ろされている体勢はおかしいと感じる。


「ちょ、団長、待って」


「もう待たない」


 団長の顔が近づいてくる。熱い瞳から目が離せない。ようやく瞼を閉じると、祝福よりも甘い口づけを落とされた。唇が離れれば終わりかと思ったら、今度は角度を変えてもう一度。


「団長? まだ、するんですか?」これ以上されると心臓が苦しくて、体がもたない気がする。


「ああ、お前が慣れるまでな。慣れないと次に行けないだろう」


 つまり、団長はわたしと口づけ以外のことも望んでいるわけだ。大好きな笑顔を前に、何とも言えなくなった。改めて団長はわたしが好きなのだと感じる。わたしも団長が好きだし、もう考えるのはやめよう。いいや。


「それならもっとください。早く慣れたいです」


 本心でそう言ったのだけど、団長は不機嫌そうに眉を寄せた。また「くそ」とこぼす。でも、次にわたしに触れた唇は相変わらず優しくて、あたたかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ