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立花朱美シリーズ

夏祭り

作者: senkou

 夏の日常には非日常が混じり合っている。


 お盆やお祭り、神様と死者が密接に関係しているそんな季節だからかもしれない。


 私、立花朱美たちばなあけみはお祭りが大好きだった。


 近所の神社では毎年お祭りが開かれる。

 私が小さかった頃は毎年八月の一日から三日のに三日間に分けて開催されていたけれども、この数年は八月の第一週の週末に開かれることになっていた。


 子供の頃からの日程を変えられるのは、思うところがないわけではなかったが、時代の流れ、集客の為と考えると嫌でも納得できてしまった。


 私はそんな大人になったのを少し残念に思っていた。


 あの夏あの子と出会ったのは、ちょうどそんな八月一日だった。


 それは懐かしくも儚いひと夏の想ひで。



 その日はとても暑かった。

 天気は快晴。

 夏の風物詩の積乱雲が出ていて、趣を出している。


 私は夏が嫌いじゃない。

 夏に生まれたこともあり、好きなのだ。

 この季節の在りようが、生き物が一番イキイキとするそんな季節、恋の季節。


 その日私は浴衣姿だった。

 その浴衣はおばあちゃんからもらった。

 おばあちゃんが昔着ていたものだという。

 おばあちゃんもおばあちゃんのお母さんから貰ったというから、この浴衣は戦争すら飛び越えてきた一品だった。

 昔はレトロで落ち着きすぎている撫子柄が苦手だったが、20代前半になり私がその浴衣に似合うようになってからは何歳でも着ることができるその柄が好きになっていた。

 同じような柄の花緒の真っ赤な下駄を履き、小物を入れるバックをもっていた。


 わたしは着付けができる。

 指導してくれたのは、おばあちゃんのお姉さんだった。


 お祭り気分で神社までくると、まだ下準備しかされていなかった。

 そう、初めて祝日にお祭りが移ったその年だったのだ。


 私は同じようにお祭りを楽しみにしていた少年と一緒に掲示板のプリントを読んだ時に、


「おねぇちゃん気合入れてかっこわりぃ」


 と言われたので、むっとなり少年の頭をはたいた。


 まぁ、少年が言うのもわかるのである。

 祭りの日の初日の午前中に浴衣姿で現れる、大人の女性。

 色々な意味でかっこ悪いかもしれない。


 少年に口止め料としてジュースを買ってあげると、私は社に向かった。

 どうせなので先にお参りを済ませてしまおうと思った。


 私は賽銭箱の前に立ち、一礼し鈴を鳴らす。

 カランカランと小気味いい音が境内に響く。

 財布の中から5円玉を出すとそれを放る。

 そして、ポンポンと手を叩くと、今年の夏も楽しく過ごせますようにと願ったのだった。


 お参りを終えると、境内の左手側にある巨大なご神木のところまで行く。

 ご神木の周りには干支の神様が祭ってあって、そこにも祭りの時期はお参りをするのが私の決まりだった。

 丁度私が目的としている鼠はご神木の真後ろにある。

 同じように鼠の石像にお祈りをしていると、隣で同じようにお祈りをしている浴衣姿の小学生ぐらいの少女がいることに気が付いた。

 今は珍しくなりつつある黒髪を浴衣に合わせてアップにしている。

 すごくかわいい子だった。

 さっきまではいなかった気がするが、私はその少女をみて笑いながら言った。


「ねぇ?

 あなたも日にち間違えたの?」


 彼女も私と同じように間違えて気合を入れて祭りに来た仲間だと思った。

 彼女は私の顔を見ると、にこりと笑い、


「いいえ、違うわ。

 私は間違えたわけじゃないのよ」


 と、少し大人ぶって答えた。


「そうなの?

 私はお祭りの日程が変わってるのを知らなくて気合を入れて来たのだけどね」


 笑いながら言うと、彼女はくすくすと可愛らしく笑い、


「朱美はおっちょこちょいね」


 と、いったのだった。


 あれ?

 私、名前言ったっけ?


 そんな風に思っていると、彼女は私の撫子柄のバックを指さし、


「そこに書いてあるわよ」


 そこには和風の携帯ストラップが下がっていて、私の名前が書いてあったのだ。

 少し前に駅前の地下街で作ってもらったのだった。

 盲点だった。


 私はわざとらしくコホンと咳を打つと、すました顔で自己紹介を始めた。


「私は立花明美。

 ずーっと、この町に住んでいるお祭り好きなお姉さんよ」


 そういうと、彼女も自分の名前を言うのだった。


「私は鈴。

 年に一回この時期にこの町に戻ってくるの」


 鈴それが彼女の名前らしい。

 古風な名前が自然と鈴に似合っていた。


 気になることがあったので聞いてみた。


「年に一回だけ戻ってくる?

 前この町に住んでいたの?」


 鈴は小さく笑うと、


「ずっと昔に住んでいたわ」


 と、昔を懐かしむような顔をして言った。

 鈴のような少女がそんな顔をしていたので私はくすくすと笑っていた。


「昔って鈴ちゃん、いま何歳よ」


 そう言った私に、彼女はにこりと笑うと、


「朱美の一つ上よ」


 と、猪の石像を指さし冗談を返した。

 そのあと、空を見上げると、私の眼を見て、


「ねぇ、朱美?

 折角だから遊びに行かない?」


 と、鈴は私の手を取り言ったのだった。

 彼女の手は小さく、そしてひんやりと冷たかった。

 こんな小さな子に名前を呼ばれるのは、いつもの私はさすがに怒っていただろうが、なぜか彼女に朱美と言われるのが嫌ではなかった。

 そして、やることもなかった私は鈴の誘いに乗ることにしたのだった。


「いいよ。

 どこに行こうか、鈴ちゃん?」


 鈴は考えていた。

 そして思い出したかのように、


「商店街に行きましょう」


 と言いながら、私を引っ張っていくのだった。

 鈴に引っ張られながら、私は妙にドキドキしていたのだった。


 商店街のアーケードに入ると、鈴は懐かしむような顔をしていた。


「ここも変わったわね。

 昔はこんなうるさいお店あまりなかったのに」


 パチンコ屋を指さして彼女は言っていた。

 ここ数年でこのアーケードも様変わりしていたので、私もなんとなくノスタルジックな感傷に捕らわれていた。

 鈴は少し歩くと、ここに入りましょうと言い、おしゃれな喫茶店に入っていたのだった。

 そこは携帯電話ショップの二階にある老舗の喫茶店で、いいコーヒーの臭いがしていた。

 店内は昭和のにおい漂う店構えで、喫茶店のマスターがとてもいい味を出していた。


「いらっしゃいませ」


 マスターが私をみて言い、窓際の席まで案内してくれた。


「私はかき氷の苺練乳にするわ。

 朱美は?」


 鈴はメニューを見て、かき氷を選んだ。

 私も浴衣も着ているし、同じかき氷を頼むことにする。


「すいません!

 このイチゴのかき氷を二つお願いします」


 私が注文すると、マスターは冷凍庫から氷を出して、削り始めた。

 使っているのはこれまたレトロなかき氷機だった。

 シュッシュッシュッという、氷の削れる音が店内に響く。

 それを聞いていると不思議に涼やかな気分になっていくのは日本人だからだろうか。

 幸せそうな顔をしていたのか、鈴が私を見てくすくすと笑っている。


 しばらくすると、マスターが銀のトレーにイチゴのかき氷を二つ乗せ、私たちのテーブルに持ってきた。

 そのイチゴのかき氷は苺がふんだんに乗っけられ、その上から自家製のシロップをかけ、さらに練乳でコーティングされている絶品のかき氷だった。


「お待たせいたしました」


 マスターが去るとともに、私は目の前のかき氷を口に含む。

 冷たい感触が口の中に広がる。

 氷がふんわりと溶けていくのを感じることができる。

 さすがあのかき氷機の力はすごいのである。

 それに自家製のこのシロップがまた絶品だった。

 本当に苺をすりつぶしたのか、果肉が含まれている。

 それが練乳とこれまた合うのだった。

 二口、三口と食べ進めると、突然キーーンというあの痛みが襲ってきた。

 早く食べ過ぎたのだろう、必死に頭を叩く私。

 そんな私を見て笑っているを見ると不思議と痛みが治まってきた。


「朱美は食べるのが早いのよ」


 という、彼女はすごく上品にかき氷を口に入れていた。

 本当に子供には見えない。

 こんなに素敵なかき氷にがっつかないなんて、この子は大人なのかもしれない私より。


「以後気を付けます」


 と、私が言うと、笑いながら、


「わかればよろしい!」


 鈴はウインクしながら言ったのだった。

 本当にこの子は小学生なのだろうか?

 私よりしっかりしているかもしれない。

 大人のプライドを傷つけているとも知らずに、鈴はニコニコと笑っている。

 多分、かき氷がおいしいのだろう。

 そういうことにしておくことにした。


 二人でゆっくりと夏の味覚を味わうと、お会計を済ませて店を出た。

 

「鈴ちゃん?

 この後どうする?」


 私は鈴にこの後の希望を聞いてみた。

 すると鈴はすぐ横のデパートを見て、


「このダーツっていうので、遊んでみない?」


 と、ゲームセンターのダーツコーナーの案内を指さして言った。

 ダーツとはなんというかやっぱり子供っぽくない。

 意外に思いながら、私は鈴の希望に沿うことにした。


 一階と二階にまたがるゲームセンターに入ると涼やかな風と騒音が私たちを出迎えた。

 私はこのゲームセンターの騒音が好きではない。

 毎回思うのだが私がクレーンゲームで失敗するのはこの騒音で気が散るからだだと思う。

 決して私がそういうことが苦手というわけではない。


「ねぇ? 鈴ちゃんクレーンゲームやっていかない?」


 私は鈴に似合いそうな髪飾りが景品のクレーンゲームを見つけたので、誘ってみる。

 鈴は私が何か言ったのを分かっていたがこの騒音のせいで聞こえていないみたいだった。

 私は少しかがみ、鈴の耳元で、


「クレーンゲームやってみない?」


 と、言うと。

 鈴はそれをみて、


「朱美は苦手でしょ?」


 と私の耳元に返してきたのだった。

 確かに苦手なのだ。

 昔ぬいぐるみが欲しくて、結構な金額を使ったことがある。

 親友にそれを話したら、笑って「クレーンゲームは巨大な貯金箱なのよ」って言っていた。

 言えて妙なのを覚えている。


 そう言われて、黙って引き下がる私ではない。

 私は負けず嫌いだったのだ。

 

 100円玉を入れると、クレーンのボタンを操作する。

 めぼしい獲物に位置を合わせ、横から距離を確認しつつボタンを離す。

 ゆっくりな動きでクレーンが下がっていき、獲物を挟む。

 そして、ゆっくりと上がっていくときにするりと、髪飾りは落ちていった。


 気を取り直してもう100円入れてみる。

 ポトリ、もう一回、スカっ、もう一回!、ポトリ。

 悔しい思いを拭い去るために私は親友の言葉を借りた。


「クレーンゲームは貯金箱、幸せいっぱいの貯金箱♪」


 私は歌いながら500円玉を叩き込む。

 もはや自棄だった。

 1回、2回、3回、4回、5回。

 全て、失敗する私。


 それを見ていた鈴は呆れたような笑顔で、


「朱美は仕方ないわね」


 というと、クレーンゲームの前に割りこむ。

 私は半分諦めていたので、最後の一回は鈴の好きなようにさせる。


 鈴は軽くボタンを押す。

 綺麗な姿勢でまっすぐクレーンのアームを見ている。

 ボタンを離す。

 そして、もう一つのボタンも軽く押しこむ。

 私のように横から位置を確認するようなこともしないで、綺麗な姿勢でアームの動きを見ていた。

 鈴がボタンを離すとアームが降り、赤と白の髪飾りをつかんだ。

 しかし、だんだんと上がってくるアームから髪飾りはするりと落ちる。

 それを見た私はそれみたことかと、勝ち誇った顔で、


「あーぁ。

 鈴ちゃん残念だったね」


 と鈴を見て話しかけた。

 そんな私に涼しい顔で鈴はクレーンゲームを指差す。

 私はすぐにクレーンゲームに目を戻すと、アームに値札が引っかかった状態で二つとも運ばれてきた。


「ね?

 簡単でしょ?」


 私が鈴を改めて見ると、彼女はとてもいい顔で笑ったのだった。

 鈴はしゃがむと景品の取り出し口から、赤と白の髪飾りを取り出す。

 白い髪飾りを自分につけると、鈴は私にしゃがむようジェスチャーをする。

 私が膝お曲げしゃがむと鈴は私の髪をそっと撫で、赤い髪飾りをつけると、


「朱美は赤がやっぱり似合うわね」


 といい、私を懐かしい思いにさせたのだった。

 昔誰かに同じことを言われ、私の好きな色は赤になった。

 今履いているお気に入りの下駄も朱塗りだった。


 私はそんな事を思い出しながら、


「ありがとうね。

 鈴ちゃんもお似合いよ」


 鈴の頭についた髪飾りを褒める。

 鈴は嬉しそうに、


「朱美とお揃いね」


 と言いながら、くるりと一回転したのだった。

 それはとても綺麗だった。


 その後二階に行き二人でダーツを楽しんだのだが、ここでも私は鈴に負けてしまった。

 親友が大好きで暇を見てはやっていたのだが、鈴は的確に真ん中ブルを正確に打ち抜いていった。

 鈴は悔しそうな私を見ると、


「私の勝ちね朱美」


 と笑ったのだった。


 私はダーツが終わると、小腹がすいてきた為、


「鈴ちゃん、たこ焼き食べない?

 このビルの地下にたこ焼き屋さんがあるのだけど」


 鈴はそれを聞いてぐぅーとお腹の音を鳴らしていた。

 とても恥ずかしそうにお腹を押さえる鈴を見ると私は初めて彼女に勝ったと、年上のプライドもなく思ったのだが笑顔が止まらなかった。

 それを見た鈴は恥ずかしそうに私の手を取り、


「早くいくわよ。

 お腹すいちゃったわ」


 と言って、歩き出したのだった。

 私たちはエレベーターに乗り、地下の食品売り場まで下りた、地下街との連絡口の近くにそのたこ焼き屋はあった。

 油でカリカリに焼いた皮が特徴のおいしいたこ焼きだ。

 私はよだれが出てくるのを我慢して、店員のおじさんに注文する。


「おじさん、たこ焼き二舟お願い」


 それを聞くと、私たちの浴衣姿を見たのか、たこ焼きをちゃんと舟と数えたのが良かったのか、


「お姉ちゃん粋だねぇ。

 たこ焼き一個おまけしとくよ」


 といって、一個づつ多く乗せてもらったのだった。

 こういうことで嬉しくなるのが私のいいところだろう、とてもいい笑顔をしていたに違いない。

 その顔を見た、鈴の顔もまた笑顔になったのだから。


「あつっ!」


 熱いたこ焼きをふぅふぅと食べる私はあるものを見つけた。

 それはラムネだった。


「おじさん、ラムネ二つ!」


 そいうと、店員のおじさんはあいよ!と言いながら、私たちに持ってきてくれた。

 それを飲むと、私は確かに夏のにおいを感じたのだった。


「冷たくておいしいわね。

 やっぱり夏はラムネね、朱美」


 鈴も夏を感じたのか、おいしそうに飲んでいたのだった。


 私たちはそのまま地下街へ出る。

 その途中には世界一短いエスカレーターが設置されていたのを二人で笑っていた。


 地下街に出ると、私は鈴に提案をする。


「ねぇ、鈴ちゃん?

 この髪飾りのお礼に何か買ってあげようか?」


 鈴はそんな私に、


「別に気にしないでいいのよ。

 それにこれも朱美のお金で取ったし、かき氷やたこ焼きまでごちそうになったのだから」


 といって、断った。


「ただ、ここは寒いから神社に戻らない?」


 鈴はそう言って両腕を抱えて自分を温めていた。

 確かに、地下街は夏だというのにかなり涼しい。

 浴衣姿の少女には寒すぎるかもしれない。

 私は鈴に謝りながら、手を引いて地下街を出る。


「ごめんね気が付かなくて。

 もう少しで外だからね」


 外に出ると夏の熱気が私たちを襲う。

 ただ、冷房に冷やされた体にはその暖かさはありがたかった。


「もう大丈夫よ。

 ありがとう朱美」


 二人でそのまま神社のほうに歩いていくと私は銀行前の交差点で、小学校低学年ほどの少年、従弟の健二がいるのを見かけた。

 私は健二に声を掛けようとすると、健二は反対側の道を見て、


「お父さん!」


 と言って、走り出していた。

 私は慌てて信号を見ると信号が点滅しているのが見えた。

 そして、信号が変わるのを嫌い速度を上げた右折車両が急に走り出した小さい健二のことを認識していないのを知ってしまう。

 危ない。

 ただ、それだけを思い私は全力で走り出す。

 浴衣の裾が大変なことになっているだろうが、気にしてはいられない。

 健二は車に気が付いていない。

 お父さん、私の叔父をただひたすらに追いかける。

 本来健二はこの町にはいない。

 健二の両親は離婚して、別の町にいるのだった。

 夏休みを利用して父親に会いに来たのだろう。

 健二はお父さんっ子だったから。


 時間がやけに遅く感じる。

 私の足が悲鳴を上げているのを体は伝えてくるが、私は気にしないでさらに速度を上げる。

 健二の背中がすぐ前に見える。

 そして、車もすぐ近くまで来ているのを感じていた。

 私が急に飛び出したのは見えたのか、ブレーキを踏むがこれは間に合わない。

 このままだと、健二も私もひかれてしまう。

 私はできるだけ強く、強く健二をつき飛ばす。

 彼の小さな体は私の手によって大きく前に行く。

 これで車を避けることができるだろう。

 私は自分の身を守るために、できる限り、遠くに行こうと足に力を入れるが、限界まで動かした足が言うことを聞かない。

 そして、プチっという音が聞こえた。

 花緒が切れる音だった。

 転倒しかける私。

 それはあまりに致命的だった。

 私の体のすぐそばまで来る車。

 もちろん向こうもブレーキを踏むが間に合わない。

 時間が流れる感覚がどんどんゆっくりになる。

 体はとっさのことながら、両腕がぎゅっと私の体を掴む。

 そして、私は…………


 …………とても小さな手に押されるのを感じた。


 私の体が前に押し出される。

 そしてそのすぐわきを車が通り過ぎる。

 本当にギリギリのタイミングだった。

 私は自分が無事であるのを確認する。

 次に健二がどうなったのかを確認する。

 彼は私をみて驚いた顔をしていた。

 叔父が騒ぎに気が付いたのか、健二と私をみて健二のほうに走り出していた。

 車はすぐに停車すると、中から若い男が出てくる。

 こちらを見ると走ってくる。

 そして私は見てしまう。

 道路に置かれた白い髪飾りを、私とお揃いの髪飾りを。

 鈴!?

 鈴はどこ?


 私は叔父や運転手の男、健二が話しかけてくるのを別の世界のことかと思いながら、鈴の姿を探す。

 鈴は反対側の道にいるはずなのだ。

 さっきまでいたはずなのだ。

 だがどこを見ても彼女はいない。

 私は唐突に気づいてしまう。

 鈴はもういないのだと。


 そして、私は思い出した。

 私は鈴と昔会っていると。


 そして私は思い出す。

 それは母がまだ生きていた時、弟ができて私に構ってくれなく不貞腐れていた時だった。

 朱美には本当は一つ上のお姉さんがいたはずなのよ。

 お母さんがしっかり生んであげられなかったのだけど、名前まで決めていたのよね。

 美鈴それがあなたのお姉さんの名前よ。

 その子の分まであなたは弟の面倒を見ないとね。


 母の話を聞いた私は姉に会いたいなと、その年のお祭りの神社でお願いをしたのだった。

 そして、私は鈴に出会う。

 なぜ忘れていたのだろう?

 それから毎年毎年、母が亡くなって私が大人にならないとと自覚するまでの数年間。

 鈴と会っていたはずなのに、一緒にお祭りを回ったはずなのに。

 そして、思い出すと鈴は毎年今日と同じ姿だったのだ。

 おかしなことだとなぜ気が付かなかったのか、

 それは私にも分からなかった。


 そして、私は気づいてしまう。

 鈴は私の姉なのだと。


「鈴、鈴!!

 美鈴姉さん!!!!」


 突然私が叫ぶのを周りにいた健二たちは驚いた顔で見ていた。

 そして私の頭に暖かい何かが触る気配がすると、私の耳元で、


「やっとお姉ちゃんって言ってくれたわね。

 朱美無事でよかったわ。

 お姉ちゃんはもう行かないといけないけど、朱美と遊んだお祭りはとっても楽しかったわよ。

 もう来ることはできないけど、体に気を付けて元気でね。

 あと、弟のことはあなたに任せてるのだから頑張りなさいね。

 じゃあ、私は行くわ。

 ありがとう、私の大好きな朱美

 私の自慢の妹」


 それは私にしか聞こえない優しい鈴の声だった。

 私は理解してしまう。

 もう、鈴には会えないのだと。

 私は泣いた。

 ぽろぽろと大粒の涙をこぼして。


 こうして私と鈴の最後のお祭りが終わったのだった。



 私はそれからも毎年欠かさずお祭りに参加している。

 そして、八月一日にも必ず神社をお参りすることにしている。

 鈴に会うことはなかったが、それでも私は毎年欠かさず続けたのであった。

 そして今年も。

 

 ぱんぱんと拍手をすると、私は神様に、


「今年の夏も楽しく過ごせますように」


 と言って、笑うのであった。

 頭には赤と白の髪飾りが仲良さそうに並んでいた。

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