最後の標的
雨が降っていた。
とても冷たい雨だった。
これまで、何人の命を奪ってきたのだろうか。
ただ命令に従って、標的の命を奪ってきた。
相手がどんな人間だったかは一人として知らない。
ただ今回の相手だけは、どんな奴か、よく知っていた。
同業者だ。
組織を裏切って女と逃げた。
この世界でそいつの名をしらないヤツはいないだろう。
馬鹿な男だ。たった一人の女のために組織を敵に回すとは。
ただ俺もそんな馬鹿な男の内の一人だ。
俺はこの仕事を終えたら、引退する手はずになっている。
この仕事だけは失敗できない。
俺たちは組織を裏切れば消される運命にある。
組織から送られてきたデータを脳のメモリーにインストールする。
壁には無数の穴が空き、辺りには虚しい硝煙の臭いが漂っていた。激しい戦闘で建物は半壊し、雨が吹き込んでいた、
追い詰められた男は言った。
「お前は騙されている。この戦いに意味などない」
「哀れだな。それが最強と言われた男の最後の言葉なのか」
狙いを定め引き金を引こうとしたその時だった。背後に気配を覚えた。これは紛れもない、これまでに何度も感じてきた気配、殺気だった。
二発の乾いた銃声が部屋にこだました。
意思とは無関係に俺は背後の壁にもたれかかった。そのまま床に滑り落ちていく。
俺を狙っていた背後の女は確かに仕留めた。
そして俺の体は無傷のはずだった。
男は倒れた女に近づき死を確認した。その表情には一寸の悲しみすら浮かべていない。
薄れ行く意識の中、男は言った。
「俺たちは最後の標的をインストールすると、誰一人殺せなくなる。もしそれを破ればデータに脳を破壊される。この女は俺が雇ったボディーガードだ。組織は俺達を生かしておくつもりはないんだよ」
雨が降っていた。
とても冷たい雨だった。