アルバイトを完遂せよ-16
その日の夜。バルナスとジュールは同じ部屋に泊まっていた。彼らにとって、この部屋割りはいつもの事なので、気にするメンバーは誰も居ない。
「バルナス様。お尋ねしたいことがあります」
バルナスの隣のベッドに腰掛けたジュールが尋ねた。
「なんだろうね」
もう1つのベッドに腰掛けた、バルナスの笑みはとても暖かい。冷笑以外の表情をバルナスが見せるなど、ジュールの前以外では殆ど無い。
「昼間お売りになった、新薬のレシピのことです。どうしてあんな安価でお売りになったのですか?」
「安価かな? あれは適正価格だと思ってるけど?」
「ご冗談を……」
ジュールはニッコリ微笑んだ。
「いつものバルナス様なら、昼間の値段の2倍ぐらいを提示するハズです。そして、最終的に昼間の値段の40%増しぐらいで売却できるようにしますよね?」
「さすがに、長くそばに居るだけのことはあるね」
バルナスは微笑むと、ゴロンとベッドに横になった。ジュールはそんな主人の姿をただ見つめている。
「確かにジュールの言う通り、今日の売却価格は僕としては珍しく、原価ギリギリ。利益は殆ど無いよ」
バルナスは天井を見上げながらつぶやいた。
「貴方が叩き売りに走るなんて、天変地異の前触れかと思いましたよ」
ジュールは笑いながらバルナスの隣に横になった。そのまま主人の胸に擦り寄っていく。
「あの値段は、ほんの少しの愛国心と、兄さん達への援護射撃が理由さ」
「援護射撃……ですか?」
キョトンとした様子のジュール。そんなジュールの頭を軽くなでながら、バルナスは苦笑を浮かべていた。言葉が足りず、説明になっていない事を自覚したらしい。
「説明するから、ちゃんと聞いてね」
「はい」
バルナスは説明を始めた。
「ジュールがあの薬師だったら、これからどうする?」
「私がですか?」
しばしの間。
「購入したレシピで新薬を作り、大体的に売り出します」
「その理由は?」
「相場よりは安く手に入れたとはいえ、決して安くは無い金額を投資しています。一刻も早く原価を回収しないと、いろいろとマズイですから」
バルナスは黙ってジュールの頭をなでた。
「正解。で、あの新薬の材料なんだけど、この辺では自生していないんだよね。ジュールが薬師だったら、どうする?」
「商会から購入します。材料を購入してしまうと、その分レシピ代を回収するのが先に伸びてしまいますが、背に腹はかえられませんから」
「そうだね」
バルナスはニヤッと笑った。
「あの薬師が欲しい材料なんだけど、大量に、かつ定期的に仕入れるとなると、僕の実家ぐらいしか出来ないんだよね」