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漆・女は母親ゆえに人をやめる

 話を聞く限り、「カズラ」は性格も割と俺と似てたっぽい。

 まぁ、俺自身そんな奇想天外な性格じゃないから、それも偶然の範囲だろう。

 ……他人から見たら。


 母親からは、それは必然。


 俺が、「カズラ」なのだから。



 * * *



 いたずら好きで猿みたいに騒がしくて活発だけど、イジメはもちろん、ちょっと過激で引っかかったやつは怪我しそうないたずらは絶対にしない、予想外に怪我させてしまった場合は泣いてすぐに謝る。

 カズラという少年は、そういう腕白でやんちゃだけど素直ないい子だったと、住職さんは言う。


 そんな少年が3年前、5月中ごろの日曜日、彼は何故か早朝の5時ぐらいから家を抜け出して、釣りに出かけたらしい。

 親に内緒で、部屋のベッドの上に「釣りに行ってます。昼飯までには戻るから」という書置きを残して。


 カズラの父親の本業は漁師らしく、いつもなら日曜でも早朝に両親が起きてるのが普通だったけど、その日は船の調子が悪かったのか、何か事情があったのか、とにかく休みだった。

 だから両親はまだぐっすり眠っていて、息子が出かけたことに気付かなかった。


 そんでこの町は昔ほどではないけどまだまだ漁業が盛んだから、朝早く家を出る大人は多く、釣竿とバケツを持って浜辺の方に歩いて行ったカズラを、何人も見た。

 ……近所に住むカズラの伯父が、「こんな朝から釣りか?」と話しかけ、彼は楽しそうに「うん! 今日は絶対に大物を大漁にしてやる!」と宣言したらしい。


 それが、生きたカズラの最後の目撃証言。


 母親が息子が家にいないことに気付いたのは、カズラが最後に目撃されてから約2時間後の7時ごろ。

 もちろん息子がいないことに気付いて最初は慌てたけど、書置きがあったのでケータイに「心配したでしょ。勝手に出かけちゃだめじゃない」とだけメールして、そのまま家事やら昼ご飯の準備をしてた。

 早朝から家を抜け出すのは初めてだったが、思いついたら即行動するのが我が子だと理解してたのと、他人に迷惑を少なくともわざとかけるような子ではないと信頼していたから、書置き通りに釣りに出かけただけだと思った。


 ……母親の狂気の原因の一つは、おそらくこの時すぐに探しにいかなかったことだろうな。

 例え、意味のない想像でも、思わずにはいられないんだ。

 あの時探していれば、いやそれ以上に家を抜け出したことに気付いて止めていれば。


 そうしたら、あんなことは起こらなかったと、思わずにはいられない。



 * * *



 正午少し前に母親は「もうすぐゴハンよ」と息子にメールをしたが、5分たとうが10分たとうが、返事はなかった。

 メールに気付いてないのかと思って今度は電話をかけてみたが、何度かけても何コールか後で電源を切っているか電波の届かないところにいるというメッセージが流れる。

 この辺の釣りができるところで、電波が届かないところなんかない。

 そして息子がわざわざケータイの電源を切るとも思えず、不安になってきたところで玄関のチャイムが鳴った。


 出るとそこに息子の友達数人が立っており、そのうち一人は誕生日に買ってやったばっかりの息子の釣竿を持っていた。

 彼は言った。

「浜辺に落ちてた」と。

 他の子供も息子が釣りに使うバケツやルアー、釣り針などを入れたケースを持っていた。


 これだけが浜辺に落ちていて、カズラは何処にもいなかった、と彼らは言った。


 その後、母親は半狂乱になって息子を探した。

 旦那にカズラと連絡がつかない、浜辺に釣り道具だけが残されていたということを伝えることすら忘れて家を飛び出し、息子の名前を呼びながら町中を走り回って、探し回った。


 もちろんすぐに旦那や近所の人も人も、事情を察してカズラ捜索に協力してくれたが、決して広いとは言えない町なのに日が暮れてもカズラが見つからない。

 昼から休まず息子を探し続けた母親に、近所の人たちは後は自分たちや警察に任せて家で休め、家で息子の帰りを待っててやれと説得し、警察の方もただの迷子ではなく、本格的に事故、もしくは事件として取り扱おうとした頃、カズラが見つかったと連絡があった。


 ……朝、カズラを最後に見た彼の伯父から。

 カズラが行方不明だと知らないまま漁をしていた伯父が、見つけてしまった。

 最期に見た人物でなおかつ身内だからこそ、「それ」がカズラだとわかってしまった。


 船のスクリューに巻き込まれて、バラバラになった残骸でも、わかってしまった。


 伯父は漁の帰り、自分の船のスクリューにカズラを巻き込んで、バラバラにしてしてしまった。

 連絡を受けた警察が、すぐに海に向かって彼の身体を回収したけど、どうしても頭は見つからなかった。

 もちろん、頭がないからといってそれがカズラじゃない可能性はなかった。

 着ていた服や指紋、なによりDNA鑑定でその死体がカズラであることは証明された。


 同時に、カズラの死は釣りの最中か遊んでる途中で誤って海に落ちて溺れて死んだ事故として、処理された。

 死体の損壊が激しすぎて、死亡推定時刻どころか死因すらも詳しくはわからなかったけど、何度注意されてもテトラポットの上に登って遊んだりする息子だったので、父親はそれに納得して、息子の死を深く悲しみ、悼み、冥福を心から祈った。


 けれど、母親は出来なかった。

 納得が出来なかった。

 カズラの死が事故であることどころか、息子の死そのものを彼女は拒絶し、否定し、受け入れなかった。


 * * *



 それからの彼女は、廃人としか言えない状態だった。

 カズラの死を頑なに認めず、ひたすら町中をフラフラ歩いて息子を探し続けるか、一日中、息子の部屋で息子の写真や遺品を眺めて、「カズくん、どこにいるの? 怒らないから、絶対に怒らないから、帰ってきて」と呟き、「私が悪いんだ。私があの子をしっかり見ていれば、もっと早くに探しに出ていれば」と、己を責め続けた。


 もちろん周囲は彼女に同情し、特に夫はカウンセリングに連れていくなどして、彼女が心の平穏を取り戻すように尽力し続けた。

 周囲の人間も、あまりに残酷なカズラの死を認められない彼女に同情し、息子の死を否定する彼女の妄想を、肯定こそはしなかったが否定もしなくなった。

 ただ、時の流れに任せて傷が癒えることを願い、彼女の行動を深追いしなかった。


 そしてカズラが死んでから約半年後、夫はだいぶ妻の様子が安定したきたので、少し長期の漁に出て、それから帰った日に見たのは、息子が生きていた頃のように明るく笑って出迎える妻と、空っぽになった息子の部屋だった。

 だいぶマシになっていたとはいえ、息子の死を未だに否定して、息子が帰ってこないことを嘆き続けた妻の急激すぎる変化と、自分に無断でいきなり小物はもちろん、ベッドや本棚などの大きな家具を含めた息子の形見全てを処分したことに、夫は驚愕して問い詰めた。


 妻は朗らかに笑って、答えたそうだ。

「あなた、ごめんなさい。心配ばかりかけちゃって。

 でも私、わかったの。ここでこうやって毎日、私が悪かったって謝り続けるだけじゃ意味がない。あの子の帰りを待ち続けるのは、意味がないって。

 これは、そのための第一歩なの。勝手なことをして本当にごめんなさい。でも、どうかわかって」


 その言葉で、息子の遺品をすべて無断で処分したことに対する怒りは消えた。

 息子との思い出の品がなくなったことは悲しいが、それがある限り妻はもういない息子の面影を追って現実を受け入れられないのなら、これで良かったのだと夫は納得して妻を許し、妻の考えも行動も肯定した。


 ……彼は、この時に気付くべきだった。

 彼女はまだ、息子の死を認めていないことに。



 * * *



 彼がそのことに気付いたのは、カズラの死から1年後。5月に入り、そろそろ命日、一周忌の準備をしなくてはならなかったので、妻にその話をすると、彼女はきょとんとした顔で尋ねた。

「一周忌って、誰が死んだの?」


 夫は半年前に妻がようやく息子の死を受け入れて、前に進む決心をしたと思い込んでいたので、驚きつつも「カズラに決まってるじゃないか!」と答えた。

 その瞬間、母は人から夜叉になった。


「カズくんは死んでない! あの子は死んでない! もうちょっとで、もうちょっとであの子は帰ってくるのよ!

 まだみんな、どれもこれも四足ばかりだけど、絶対に『あれ』はカズくんになるの!!

 カズラは帰ってくるの!!」


 怒り狂った夜叉の顔で、彼女は夫に怒鳴りつけ、主張した。

 息子の生存を、カズラの帰還を、彼女にとっての真実を。


 息子の遺品をすべて処分してから、彼女は普通だった。カズラが生きていた頃と変わらない、穏やかで優しくて明るい女性に戻った。

 ただ、息子の死はどうやっても一生癒えない傷であることはあきらかだったので、やはり周囲は基本的にカズラの死を話題には出さず、どこか腫れもの扱いだった。


 だから、ようやく気付いた時には、何もかもが手遅れだった。


「あ、あれって……なんのことだ?」

 妻の突然の狂騒が理解できず、その場に腰を抜かして尋ね返すのが夫にできた唯一。

 他にできることなんて何もない。


「あぁ。そうだわ。あなたには何も見せてなかったわ。

 ごめんなさい、あなた。あの子がちゃんと見せられるようになったら、見せようと思ってて黙ってたの。でも、なかなかうまくいかなくて。

 そうよね、そうだわ。あなたにも協力してもらったら、きっとカズくんはすぐにでも戻ってくる!

 あの子はお父さんが大好きな子だったもの!」


 一瞬前の狂乱も、夜叉の顔も、それらを嘘のように消し去らせて、彼女は楽しげに、朗らかに、幸せそうに言った。


 今までごく普通の、良く知った人物だと思っていた人が狂いに狂いきった狂人だと知った時に、できることなんてないと、彼は思い知らされた。


 彼は妻を何も見ていなかったことを思い知らされた。

 妻は全く、息子の死を、現実を見ていなかった。カズラを喪ったあの時から、立ち直ってなんかいなかった。

 彼女はただ、最後の希望に縋り付いていただけだった。

 村に伝わる、昔話とも怪談とも言えるあの話。

 悲劇にしかならない、それでも縋った母親たちの物語。


 その主役になっていたことなんて、何も知らなかった。



 * * *



 妻に連れてこられたのは、海水浴客がピークの頃だけ副業で開ける海の家だった。

 そういえば去年は息子の死と妻のことがあって開けていなかったことを、連れてこられてぼんやりと気付く。

 同時に、2階の飲食スペースがおかしいことにようやく気付いた。


 窓が全て、新聞紙で塞がれている。

 いつからそんな状態だったかは、夫にはわからない。

 けれど、中に入った瞬間わかった。


 見たこともない文字で書かれた奇妙な札と、蜘蛛の巣のように張り巡らされた縄。

 それらに貼られ、縛られた物。

 部屋に置かれてあるものはすべて、あの日、妻がようやく立ち直ったと思った日に失ったもの。


 教科書や図鑑など、学習書より漫画が多い本棚。

 シールがべたべた張られた、学習机。

 中学生くらいまで使えるようにと買い与えた、少し大きめのベッド。

 床に転がる、バッドや釣竿、Tシャツ、本。

 どれもこれも愛しいほどに懐かしい、大切なもの。

 息子の、遺品だった。


 そういえば処分した、捨てたとは一言も言ってなかったと、もはや他人事のように思ったそうだ。

 そんな現実逃避しだした夫に彼女は、現実から逃げ続けた末路は軽く手を広げて、見せつけるように言った。


「ほら、見て、あなた。

 まだ、見つけてあげれてないけど、どうしても見つからないけど、でも、これは『あの子』になるの。絶対に、カズくんになる子がいるの。

 もうすぐ、もうすぐよ! もう少ししたら二本足で歩くようになって、カズくんの姿になって、帰ってくるの!! こんなにいるんだから、絶対に、一匹くらい、一人くらいはカズくんになるの!! 絶対になるの!! カズくんは帰ってくるの!! 帰ってくるのよ!!」

 狂気に淀んだ眼で、泣き笑いにしか見えない顔で彼女は主張した。


 ……水死体の顔をした、蜘蛛のような大量の虫に囲まれて。


 そこから先は覚えていないと、彼は語ったそうだ。

 気を失って妻に連れ戻されたのか、それとも記憶は飛んでいるが自分で歩いて帰ったのかはわからない。

 ただ、気がついたら自宅にいて、朝を迎えていた。


 そして妻は、ごく普通に自分を起こし、朝食の用意をしてくれた。

 そこで、あれはたちの悪い夢だったと彼は自分に言い聞かせた。

 自分を騙そうとした。

 けれど、そんな卑怯なまねは許さなかった。


「ねぇ、あなた。……一周忌なんて、しないわよね?

 カズくんは帰ってくるって、わかったでしょう?」


 母親は、許さなかった。



 * * *



「……ど、どうして今も放っておいてるんすか!? それ、もう2年も前の話でしょ!? 気付くのは遅くなったけど、そんだけ前に分かったのなら、何かすることが……」

「なかったんだ。2年前も、……そして今も」

 謎だった部分があらかた説明されて、最大の疑問をぶつけた瞬間、住職さんに即答で返された。


「母親……百合子さんが行ったことは間違いなく、ここが村だった頃に行われた禁術だろう。

 しかし、ただでさえその術はどういったものかは男には全く伝えられておらん。

 そして、厄介なことにおそらく百合子さんが行ったものは……」

「正しい手順ではない。ってことですよね」

 住職の言葉に続けたのは、背筋がピンと伸びた綺麗な正座を崩さずに、ずっと黙って聞いていた羽柴だった。


 羽柴は、この寺にやってきた時から変わらない無表情で、さらに言葉を続ける。

「昔話でどこまで真実かはわからないと言っても、あなた方が語った内容とあの2階にいたものは、共通点は多いけど違う部分も多い。

 それに、息子が死んでから儀式を行うまで妙に間があいてる。

 おそらく、百合子さんはこの町の昔からの住人ではなくよそからお嫁に来た人で、儀式どころかその昔話さえも良く知らなかったのでは?

 そしてどこかの誰かに教えてもらったのか、それとも自力で調べたのか、とにかく息子が死んで半年後にその儀式を知って実行した。

 けれど正しい手順や方法ではなかったから、昔話のように『動く子供の水死体』が一体ではなく、『水死体の顔をした虫』が複数湧くようになった。

 そんなところではないですか?」


 普段はあまりしゃべらない羽柴が、淡々とだけど誰も口を挟めない勢いで語った。

 その言葉に、溜息を一度ついてから住職は首を縦に振った。


「お嬢さんの言う通りだ。

 百合子さんはよそから嫁にやってきた人で、あの昔話どころか子にへその緒を持たすというまじないすら知らんかった。

 ……あれはどんな儀式で生み出されるものかは私等には全く想像もつかんが、一つだけわかってることは、あれは『亡くなった子は自分のへその緒を持っていた』という前提条件があることだけ」


 どうやら昔も効果がないことと、数少ない子供の形見になるものすら失うことを恐れて、「へその緒を持たせる」というまじないをしない家も一定数はいたらしい。

 そのまじないをしていなかった家の母親は、どんなに子供の死を嘆き悲しんでも、決して儀式を行わなかったことと、二通りの結末の共通点である「最期にはへその緒が残される」からして、「子供のへその緒」が重要な役割を果たしていることだけは、儀式を教えてもらえない男でもわかったようだ。


 ……あのおばさんは、その前提条件すら満たしていない。

 それでも、やっと見つけた希望を手放せなかった。

 例えそれが、どんなにおぞましくとも。


「……お前たちにとっては、早く何とかしろよって思うのは当然だ。俺だって赤の他人なら、さっさと昔話みたいに百合子さんをす巻きにしてお堂に閉じ込めて、お経を一晩中唱えろって言うさ」

 俺たちをこの寺まで連れてきてくれたおじさん、……あのおっさんの兄貴でカズラの伯父にあたる人は気まずそうに、そして悲しげに説明を続けてくれた。


「でも、昔話の通りだとしたら、それをやって『あれ』が消えたら、百合子さんの心が死ぬんだ。腹の中身を全部食われて死ぬよりはいいだろとは、言えねぇよ。……俺は、どうやっても『母親』にはなれねぇから、どっちがマシかなんて、一生わからねぇ」


 俺も、何も言えなくなった。

 昔話の母親は、腹を食い破られても、幸せに笑っていた。

 ……母親なら、子供が自分より先に死ぬより、自分が子供に食い殺された方が何倍も幸せなんだろうか?


「……そもそも、あの儀式で生み出されるものについて、わかっていることはほとんどないに等しい。

 母親を食い殺すのはいつごろか、食い殺すのは何か理由があるのか、その理由さえなければ、水死体とはいえ母親は子と暮らすことが出来るのか……、それらは何も、わかっておらん。

 ただでさえ元となる話がそんな状態だというのに、百合子さんが行ったものは我流。何がどうなっておるのかは、私等にはさっぱりだ」

 住職さんの力ない言葉に、諦めがありありと見えた。


「幸い、あの『虫』は基本的にあの2階から出てこない。そして、百合子さんもあの『虫』が息子になると信じて疑っていないことで、普段は精神が安定しています。

 ……だから、旦那さんの希望も考慮して『誰か』に被害が出ない限り、出そうにならない限り、最大限に警戒して、注意しつつ、静観しておこうと事態が判明した2年前に決められたのです」

 まだ若いお坊さんが、最後の疑問の答えを伝える。

 そうか。決して、臭いものに蓋をしてたんじゃなかったんだ。


 もう家族を喪いたくない。

 その一心で、あの人は奥さんの狂気も包み込んで受け入れていたんだ。


 ……それを、俺が壊したのか。


 住職さんは言う。

「君たちは悪くない。いや、勝手にあそこに入ったことは悪いが、一番悪いのは危険だとわかっていて、それでも放置してきた私たちだ。

 ……けど、身勝手な頼み事とは分かっているが、……どうかお願いだ。

 君たちは今晩、私たちが守りきる。だから、夜が明けたらすぐに、この町から去ってくれ。

 あの虫たちは、日の光に弱い。明日の昼間のうちにあの2階を封じ込めたら、虫は君たちを追っては来れない。

 ……どうか、頼む。百合子さんを、……あの哀れは母親の心を壊させないでくれ。

 彼女はあのまま、そっとしておいてやってくれ」


「それは、不可能です」

 羽柴の返答は、即答だった。


「私たちがどのような手段を用いようが、そもそもソーキさんが現れようが現れまいが、もう結末は決まっています。

 あの人は、心が死ぬか体が死ぬか。昔話と同じく、二通りの結末しかもう選択肢がありません。


 ――あの人にとっての吉祥果は、どこにもありません」

吉祥果きっしょうか


鬼子母神の三昧耶形さんまやぎょうのこと。

三昧耶形とは、密教に於いて仏を表す象徴物。例えば不動明王なら利剣、聖観音なら蓮華など。


吉祥果は一般的にザクロのこととされているが、これは仏典が漢訳された時、吉祥果の正体が分からなかったため、ザクロで代用表現したためであり、仏典中の吉祥果とザクロは同一ではない。


また、根拠のない俗説だが、鬼子母神が人間の子を食べるのを止めさせるために、人肉の味がするザクロを上の欲望を抑え、慰めるために食せと釈迦が勧めたという話も存在する。

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