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弐・我が子への聖餐はここに

 テンション上がりすぎて3時間しか寝られなかったくらい楽しみにしてたくせに、俺のテンションは低い。

 天気は良い。海も綺麗だ。お盆の時期だというのに、人が割と少ない。うん、いいことずくめだよな。


 何より、スクール水着じゃない羽柴がいる。

 白地に黒い水玉模様の水着で、ビキニだ!

 まぁビキニにしては上も下もひらひらとしたフリルをいっぱい重ねてて、布面積が広いけど、あまり露出が高いのは羽柴のイメージには合わなくて下品にみえそうだから、素晴らしいチョイスだと思う。

 スクール水着も羽柴のすらっとした曲線を強調して、決してグラマーとは言えないのに色っぽいと感じさせられてドキドキするけど、やっぱり可愛い水着を可愛い子が着るのは良い。

 髪形がポニーテイルなのもまた良い! 大人しくて上品なイメージの羽柴が、髪をポニテにするだけで活発そうで超新鮮。


 うん、来てよかった。眼福とはこのことなんだと、俺は自分に言い聞かせる。

 そうだ、このあたりにうろつく霊なんかほっとけ。俺は何も見えてない。見ていない。羽柴の水着しか見えてないし見ていない。いや、それもどうなんだろう?

 あぁ、もうとにかくここの海水浴場がどうしてお盆の時期なのに人があまりいないのかがよくわかった。


 浮遊霊が妙に多いよ、ここ。



 * * *



「ソーキさん、大丈夫?」

 オカ研の先輩たちとのビーチバレーは、いったん休憩のようだ。

 参加してた羽柴がビーチボールを持ったまま、パラソルの下で見学してた俺に話しかける。

「あー……、大丈夫っちゃ大丈夫だよ。駅前の奴以外、たちの悪い奴はいないし。

 でも、ちょっと無視できなさそうなのがいくつかいるから、積極的に遊ぶのはやめとく」

 羽柴の問いには、曖昧に笑って返すしかなかった。


 当たり前だが、俺が霊に気付いてるのなら羽柴だって気づいてる。

 ただ、羽柴は俺とは違ってスルースキルがめちゃくちゃ高いので、害のない浮遊霊なんか見えてない一般人と同じくらい自然に無視できるし、そもそも羽柴は霊感のON/OFFができる。見たくなけりゃ、言葉通り見えなくすりゃいいんだ。

 まぁ、完全に見えなくするのは危険だからやらないらしいけど。


 俺の方はというと、昔と比べたらそりゃスルースキルは格段に上がってるけど、それでもスプラッターな見た目の霊がうろうろしてたらギョッとしちゃうし、逆に生前そのままだと生きた人間と勘違いして対応しちゃって厄介な目に遭う。


 俺みたいな半端に見えるやつは、生きてる人間にとっても死んでる人間にとっても迷惑だ。

 何にもできないくせに見えてるから、霊に「この人なら助けてくれる」と期待させて、普通なら無害な霊も縋りついてくることがあるからだ。

 だから、スルー出来ないのなら近寄らない。関わらないが鉄則。

 羽柴のお説教をほとんど聞いてあげられていないんだからこれぐらいは守ろうと思い、俺は海にも入らずビーチバレーにも参加せず、ただビーチパラソルの下で羽柴の水着姿を目に焼き付けていた。


「……そう」

 俺の返答に羽柴は静かにうなずく。

 そして、ボールを他の部員たちの方に投げ渡してから、俺の隣にちょこんと座った。

「? 羽柴?」

 遊ばないのか? と尋ねる前に羽柴は俺の方も見ず、まっすぐと海を眺めながらいつものように平坦な声音で言う。

「一人で、ただ座ってるのは不自然。そんなことしてる方が、霊に気付かれる可能性が高い」

 まずは一拍、羽柴の言葉が理解できなくて固まり、理解した後は嬉しさと照れくささで何を言っていいのかわからなくなる。

 えっと、つまりは俺が霊に気付かれないように、不自然じゃないように遊ばず一緒にいてくれるってこと?


「あ、ありがと。で、でも羽柴、気を遣わなくたっていいから! どうせ荷物番がいるんだし、先輩たちが馬鹿なことをやらかすのを見てるだけでも結構楽しいし……」

 とりあえずテンパってどもりながらも俺は礼を言いつつ、羽柴にそこまで気を遣わなくていいと答えるけど、羽柴はフルフルと首を振って、やっぱりローテンションで何気なく言い返す。

「気を遣ってない。あなたにもしもの事があったら、私が嫌だからしているだけ」

 俺の方を見もしないで、俺が勘違いしそうになるほど嬉しいことをさらっと言ってのけた。

 でも、嬉しいけど男としてちょっと複雑。できればそう言うセリフは、俺が言いたいな。


「それに……」

 俺が喜びながら凹むという器用なことをしていたら、羽柴は中空に視線をさまよわせて、一度言おうかどうかを悩むそぶりを見せてから語りだした。

「この海水浴場、変。長居しない方がいいと思う。だから、ソーキさん。帰りたいなら私も帰るから、すぐに言って」

「……あぁ。やっぱそうなんだ」

 羽柴の言葉に、俺は顔をひきつらせて笑って納得する。


 そう。変なのは一目瞭然だ。

 水辺は霊が集まりやすいと聞いたことあるし、実際に海や川、プールとかにはなんかやたらと霊を見かける。

 そして今の時期はお盆だ。まだ始まったばかりとはいえ、あの世から帰ってきた本当に害のない霊もうじゃうじゃいる時期。


 だけど、ここは異常。


 霊の多さが異常だし、何より害はなさそうだけどこのあたりにうじゃうじゃ集まっている霊はどれもこれも、水死した人たちの霊だ。

 海辺なんだから当たり前だろと霊感がない人は思うかもしれないけど、海辺だからって水死した人の霊ばっかりいるとは限らない。


 日射病とか心臓発作とかで倒れた人とか、死んだ場所はここじゃないけど思い出の場所だからってことで居付く奴がいてもいいし、何よりさっきも言ったけど今はお盆だ。

 このあたりが地元な普通に寿命で死んだじーさんばーさんの霊がうろうろしてるんなら、むしろ微笑ましく見れるけど、この海水浴場およびこの町は全体的に異常だ。

 この町で見かけた霊は、海辺を除いても半分以上が「水死」した人の霊。


 この町は、水死した霊で溢れている。



 * * *



「何々? どーしたの、二人とも? 遊ばないの?」

 パラソルの下で座り込む俺らを、ひょっこりのぞき込むのは羽柴よりは短いけど同じくらいきれいな髪を三つ編みでまとめた、シンプルで夏らしいボーダーのビキニを着た2年の先輩、風守かざもり茉莉花まりか先輩。

 入部当初はちょっと忘れてあげたい方向で問題があった人だけど、オカ研メンバーの中では比較的常識人で、面倒見のいい先輩だ。

 現に今も海に入りもせずに座り込む俺らを気にかけて話しかけてくれてるのはわかってるんだけど、だからこそどう説明しようか迷う。

 水死した霊が異常に多いって言っちゃっていいのかなー?


 別に怖がりはしないと確信してる。むしろ、常識人と言ってもあくまで他の部員と比べてだ。つーか駅前の霊騒ぎでも、この人は他の部員と同じく俺や羽柴の心配をしてなかった。

 だから俺の心配は一つ。無駄にテンション上がらないかな? だ。


 しかし俺の心配を易々と踏み越えるのが、羽柴だ。

「このあたり、異様に水死した人の霊が多いんです」

「え!?」

 俺が言おうか悩んでいたことをあっさり口にし、そして先輩も予想通り目を輝かせて嬉しそうに驚きの声をあげる。

 先輩、その反応はおかしいから。目を輝かせる内容じゃないよ。


「あー、どうりで一番人が多い時期なのに、この程度かー。遠浅で、海水浴にはぴったりの海なのに。

 でも、海ならそういう霊が多くても不思議じゃなくない?」

 さすがに不謹慎だと自覚してくれたのか、声音に喜色は消して先輩は尋ね返す。でも目の輝きは消えてないよ、先輩。

 そのことを突っ込むのもアホらしいので、俺が海辺限定じゃなくてこの町全体で、水死の霊が異常に多いことを説明すると、先輩もおかしさを理解して首を傾げてた。


「町全体? それは確かにおかしいよね。先生なら、何か知ってるかも」

 確かに。部員で海に行こうと提案し、行き先も決めた本人である先生なら何か知ってる……というか、そもそも海目当てじゃなくてこの幽霊たち目当てできた可能性が高いな。

 羽柴もそう思ったのか、綺麗な顔の眉間にしわを寄せて立ち上がる。

 そして、部員たちとはしゃいでた20代後半の男性教師、雪村ゆきむらけい先生の背中に無言でドロップキックを決めて、海に沈めた。


「……羽ちゃんって本当に、なんというかすごい子だよね」

「……良く言えば、そんな感じですね。……うん。良く言えば……」

 俺と先輩は遠い目をして、それを眺めてた。



 * * *



「いやいやいや、知らないって、マジで。

 確かにこの海水浴場、心霊写真が撮りまくれるとか夜の海がマジヤバいって噂が最近すごくあるからここを選んだけど、ここに水死限定で霊のたまり場になってる理由なんか知らないって」

 羽柴のドロップキックで海に突っ込んで海藻まみれになった先生が、まとわりつく海藻を剥がして捨てながら答えた。


 おい。やっぱりそういう理由で場所を選んだのかよ。

 先生が保護者として引率してるとは言え、午後2時集合、夜の8時解散予定なんて妙に遅い時間を指定したのは、メインは海辺の肝試しだからか。


「先生。嘘をついてるなら、スイカ割りの代わりに先生の頭を叩き割りますよ」

「ついてません! マジです! 勝手に心霊スポットの海水浴場に決めてごめんなさい!」

 羽柴が無表情で淡々と、スイカ割り用に先生が持ってきた木刀を構えてただの脅しだと思いたいことを言い出し、先生は生徒に敬語で答えた。

 もう教師としての威厳が完全にないな。


「本当に俺は知らないって! そういう噂を聞いた時点で、俺はこのあたりに伝わる伝承とか怪談とか調べたし最近の事件とかも調べたけど、本当に水死霊が集まる原因に思い当たることなんかなかったって。

 怪談は良くある船幽霊の亜種みたいなのだし、この辺独自の伝承と言うか風習も別に、そうおかしいのはなかったし。10歳に満たない子供を漁の船に乗せるとかは昔あったみたいだけど、明治に入った頃くらいになくなってるし、その名残で子供の無病息災を願ってへその緒を我が子に持たせるってのがあるくらいか。

 水難事故だってなくはないけど、2,3年に1回くらい海辺ならあってもおかしくないだろ? 少なくとも大規模なのは10年くらいさかのぼってもなかったわ。

 あぁ、でも誘拐事件は3年前にあったらしいな」


「誘拐事件?」

 先生の長々とした言い訳の中に、気になる単語が出てきたので、俺はオウム返しする。

 羽柴も気になったのか、片眉が一瞬、ピクンと跳ね上がった。


「あぁ。でも、関係ないと思うぞ。死人いないし、犯人もつかまってるし。

 つか、全国ニュースにもなったから、お前らも知ってるはずだぜ。10歳くらいの男児を誘拐して……まぁあれだ、監禁して悪戯してたってやつ」

 先生の言葉で、俺と風守先輩の顔が同時に歪んだ。

 思い出した。ちょうど俺もその事件の頃、被害者と同い年だわ、電車で一時間半の距離で起こった事件だわで、うちの小学校や保護者が厳重警戒態勢でピリピリしてた。


「あぁ、ありましたね。うちも被害は男児だってわかっていても、お父さんが私をものすごく心配して、警戒してました。

 ……でも、嫌な事件ではありましたけど、水死には全く関係はないですね」

 羽柴も少しだけ不快そうに眉を歪めつつも、先生の言葉を肯定する。

 結局のところ、このあたりの異常な霊の集まりを解明する情報はなかった。



 * * *



 謎が謎のままなのは気持ち悪いけど、解明させるほど首を突っ込んでもいいことがないのは知っている。

 だから俺はやっぱりもう帰ろうかなと思い始めたタイミングで、声をかけられた。


「おーい。誰か、姉貴見てないか? さっきから見当たらねぇんだよ」

 俺たち4人で首をひねってるところに、染めても抜いてもないのに明るい髪色をした男の人、オカ研副部長の信濃しなの紅葉こうよう先輩が尋ねた。

 先輩の言うお姉さんは、紅葉先輩の双子の姉でありオカ研部長の、銀杏いちょう先輩のことだ。


 ……霊のたまり場状態であるこの町、この海水浴場で、部長の姿が見えない。

 嫌な予感がした。


「放っておけばいいと思います」

 紅葉先輩の問いに、羽柴は真顔即答で人でなしな意見を言い出した。


「俺もそうしたい」

 そしてその意見に、実の弟が同意した。


 先生や風守先輩も、羽柴や弟の意見に複雑そうな苦笑いを浮かべながら、「……まぁ、あいつなら大丈夫だろう」「部長は……うん、きっと大丈夫」と呟いて、放っておくことに賛成する。

 ついでに言うと俺だって、言うまでもなく放っておこうと思ってる。

 俺の嫌な予感は、部長が心霊現象に巻き込まれるんじゃないかっていうのじゃない。何か厄介ごとに自分から首突っ込んで、こっちに被害が及ばないかだ。


 うちの部長はオカ研で一番のオカルトマニアだ。霊感がないくせに、むしろないからこそなのか、何とかして心霊現象を体験しようとして、色んな事をやらかす人なんだ。

 そして幸か不幸か、あの人の守護霊はかなり強力なので危ないことをやらかしてもその守護霊さんが守ってくれるから、部長は基本的にオカルト関連ではノーダメージ。


 だから霊がうじゃうじゃいるこのあたりでも、あの人なら大丈夫だと部員全員は思ってるので、実の弟も含めて放っておくことにした。

 下手に探して見つけたら、こっちがとばっちりを食らいそうなことをやらかす人だし。

 だから俺が、その後「トイレ行ってきます」と言って、みんなから離れたのはただの生理現象で偶然。




 ……なのに俺は、見事にそのとばっちりを食らった。

 自分から貪るように、食らった。

 この回の水着の描写の為に、今年の水着をググって羽柴に似合いそうなのを探しましたが、ソーキがあんまり水着のデザインとかに詳しくてもキモイだけだったので、あまり意味がありませんでした。


 ちなみに、男性陣の水着はわざわざ調べたりはしませんでした。

 っていうか、男の水着は描写を入れても誰も喜ばないと思って、オールカットしました。


 ……これは男女差別になるんだろうか?

 そしてなるとしたら、私はどちらを差別してるんだろう?

 ジェンダーって難しい。


 それでは、本編全く関係ないあとがきまで読んでいただき、ありがとうございました。

 まだまだ続きますので、お付き合いよろしくお願いします。


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