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壱・悲劇はもう始まっていた

「ソーキさん、次で降りるよ」


 風鈴の音のような涼やかな声で、目が覚める。

 そして目の前のあまりにも綺麗な顔が、意識を夢から現実に引き戻す。

 が、寝起きにこの顔は衝撃が強すぎて、眼福と思う余裕を奪って俺をパニックに陥らせた。


「!? は、羽柴はしば! 何でここに!?」


 吐息がかかるほどの近さにあった、人形のようにを超えて人形じゃないのが不思議なほど整った同級生、羽柴れんげに驚き、思わず立ち上がる。

 俺の挙動に羽柴は表情自体は変えず、ただ目をほんのわずかいつもより大きく開いて、小首を傾げた。

 羽柴のその動作から一瞬あと、周囲から笑いが爆発する。


「あははっ! 日生ひなせくん、寝ぼけすぎ!」

「日生ー、ここは家じゃないぞー」


 周りの言葉と爆笑で、俺はようやく現状を理解する。

 そうだ、今日は部活のみんなと海に行く予定で、ここはその海に向かう電車の中だ。

 寝ぼけすぎな自分を今更自覚して、顔に熱が集まる。あぁ、もうこのままどこかに埋まってしまいたい。

 そんなことを考えながら、自分の顔を覆う手の隙間から羽柴をちらりと伺うと、彼女は爆笑する周囲をいつもと変わらない冷めた目で見ていた。

 どうやら彼女にとって俺の醜態は、さほど気にするようなことじゃないらしい。


 ……それを幸いと思うべきなのか、不幸と嘆くべきなのかは微妙なところ。

 かっこ悪いと思われなかったのは良かったけど、そうとさえ思えないほど俺に興味を持っていないようにも見えて、そうだとしたら俺は立ち直れないレベルで凹む。

 ヘタレとか言うな。恋する男子中学生の男心は、豆腐よりも繊細なんだ。



 * * *



 羽柴れんげ。

 腰まで伸ばしたまっすぐでサラサラな黒髪に、その黒髪に浮かび上がるような白い肌、パーツの一つ一つが完璧な形、サイズ、バランスで配置された顔立ちは、まさしくかぐや姫そのものな美少女。

 小3から小6まで同じクラスで、中学も同じ公立に上がったんだけどクラスが別れて、でも部活は一緒の女の子。

 幼馴染と言うにはまだ付き合いは短い気がするし、友達と臆面なく言うには性別の壁はすでに高くて厚い。

 そんなまさしく高嶺の花で、そして何とも微妙な関係な女の子に俺は絶賛片思い中。


 小3から小6まで同じクラスだったというのは割と縁があるようにも見えるけど、2クラスしかなかった小学校だ。縁なんかじゃなくて、ただの偶然。

 現に6年間同じクラスだった奴は男女問わず何人かいるけど、その何人か全員と仲がいいわけじゃない。ほとんど話したことがない奴だっている。

 それなのにサルのように騒がしくてバカ丸出しの俺と、出会ったころから精神年齢がすさまじく高くてクールな羽柴は、まぁそれなりに仲がいい方だ。……だと思う。


 俺と羽柴をつなぐ縁、俺らの関係を言い表すのに一番近い言葉は、間違いなくこれ。

 霊感仲間、だ。


 俺には、霊感がある。

 厨二や邪気眼的なアレじゃなく、マジだ。

 小3の頃に山でプチ遭難して自殺者の腐乱死体を発見したあげく、その自殺者の霊に取り憑かれたことがきっかけで目覚めて以来、俺は霊が見えて、霊の声が聞こえて、触れる。

 が、それだけ。お祓いや除霊なんてできるどころか、俺は霊媒体質。言ってみればGホイホイならず 霊ホイホイ体質で、何かと霊、特に誰でもいいから道連れにしたい悪霊系を引き寄せるという、厄介極まりない体質だ。


 そんな体質ゆえに他人にも迷惑だけど、何より俺本人がいつ殺されてもおかしくない出来事が毎日とはいかないけど週2くらいの割合で起こってる。

 なのに、俺は相変わらず除霊なんてもんは全くできないくせに、手足の一本欠けることなく元気に今も生きているのは羽柴のおかげ。

 羽柴は俺以上の霊感を生まれつき持って、そして俺どころか漫画のキャラクターも顔負けなぐらい、チートな霊能力者だ。


 羽柴に関しては……何と言うか……うん、チートとしか言いようがない。

 チートなんだよ、羽柴は。霊相手にこいつは色々と、もはやお前の方が人間じゃねーよってレベルのことをやらかしまくってる。

 助けてもらってる側の俺がこういう言い方するのは恩知らずだと自分でも思うし嫌なんだけど、正直言ってどう言い繕ろっても、良い言い方はできない。

 だって羽柴の除霊、基本がマジで物理一辺倒だもん。


 羽柴は見ただけで害のある霊かそうじゃないかがわかるから、害のない浮遊霊とかはスルーするけど、悪霊なら出合い頭にグーパンか前蹴りを入れる。

 それでも霊が引かなかったら、消臭剤のボトルやら金属バットやらステンレス製の30センチ定規やらでタコ殴り。いなくなるまで、有無を言わさずにマジであいつは殴り続ける。

 小学校にあった七不思議を羽柴はすべて遭遇・体験してるんだけど、そのすべてを返り討ちにして、いくつかは二度と目撃証言が現れなくなって、七不思議から消えた。

 何か俺の夢の中に遠征してきて、チェーンソーを振り回したこともあったな……。


 羽柴の名誉のために言っておくと、普段の羽柴は外見通り物静かで上品だ。

 ただ、俺よりも霊感がすごいから俺よりも幼いころから悪霊に狙われることが多かった。いや、外見の所為もあって、狙うのは悪霊だけじゃなく、生きてる変態もか。

 そういう境遇で生まれ育ったのなら、自分に向けられる悪意には、悪・即・斬な思考と行動になるのは、まぁ仕方ないことだと思う。

 とにかく羽柴という女の子は、見た目はかぐや姫そのものな純正和風絶世の美少女だけど、中身は結構アグレッシブで言葉よりも拳で解決させる、……良く言えば少年漫画の主人公的な思考の持ち主だ。


 その少年漫画の主人公的な思考のおかげで、俺は生きていると言ってもいい。

 彼女は自分だけじゃなく、他人も、俺も守ってくれる。

 自分にも他人にも厳しいから、無条件で誰だって守ってやりはしないけど、取り憑かれた側に非がまったくないのなら自主的に、肝試しに行ったとかこっくりさんやひとりかくれんぼをやらかしたとか、そういう自業自得な奴は、みぞおちに前蹴りを入れた後で助けてくれる。


 一応、俺は前者側だ。頼んだらだいたい即答で助けてくれるし、頼まなくたって羽柴の方から来てくれることは珍しくない。

 ……好きな子に頼りっぱなしなのが情けなさ過ぎて泣きそうだけど、これが俺の現状。

 霊が見えるだけで何もできない俺は、どうにかして少しでも羽柴の役に立ちたい、羽柴に迷惑をかけたくない、せめて知識くらいはつけたいと思って、中学になってから「オカルト研究部」というものに入部したけど……その結果がこれって俺、マジで何なんだよ?



 * * *



「全員、降りたか―? 日生はまだ寝ぼけてないかー?」

「あーもー、うるせー! 先生もう黙れ!」


 電車から降りたところでオカ研顧問の雪村先生が、点呼を装ってしつこく俺をいじるので俺は軽くキレる。

 もうマジであの寝ぼけは忘れてくれよ。

 しょうがないだろ? 好きな子と海に行く機会なんかあれば、前日は遠足前日なんて目じゃないくらいにテンション上がって眠れなかったんだよ。

 何か夏休み前の夏祭りでも同じようなことしてたけど、しょうがないじゃん!

 結局3時間くらいしか眠れなかったんだから、電車の中で居眠りどころかぐっすり爆睡したっていいじゃないか。

 でも、頭を肩に預けてもたれてた羽柴には素直に申し訳ないと思うので、改めて謝っておこう。


「羽柴、ごめんな。重かっただろ?」

「平気」

 俺の言葉に羽柴は短く、そっけない返答をする。

 傍から見たらかなり不愛想な対応だけど、さすがに5年の付き合いなので俺は別に気にならない。

 と言うか、彼女は不愛想と言うより割と口下手だとその5年間の付き合いで学んできたから、こういう反応で浮かぶ感想なんて、俺はいいけど他の人に誤解されないといいなとか、保護者みたいなもんだ。


「そっか。なら良かった」

 だから、代わりと言ってはなんだけど、俺は笑ってさらに返答した。

 羽柴の対応がそっけなくて冷たく見えても、対応されてる側がヘラヘラ笑って気にしてなさそうなら、周りもあまり羽柴を悪く思わないんじゃないかなーという、俺の浅知恵だ。

 実際、俺はまったく気にしてないんだし、羽柴とこういうそっけなかろうが短かかろうが、会話さえできたら幸せな片恋男子なので、自然に笑える。


 俺の返答と能天気な笑顔を見て羽柴は、わずかに目を細めた。

 口は真一文字を結んだままだし、目だって本当にわずかに細めただけに過ぎない、あまりに微細な変化だけど、それは羽柴の笑顔に近い表情であることを、楽しいとき、嬉しいときに見れる顔だということを俺は知っている。

 俺の何がそんなにうれしくて楽しかったのかはわからないけど、羽柴のレア表情をさっそく見れたことで浮かれながら、俺はオカ研の先輩たちの後を追って、改札を通る。



 * * *



 通った瞬間、空気が変わった。

 先輩や先生たちは、みんなそれぞれで雑談しながら先に進んでいく。

 羽柴も先輩の一人と何かを話しながら、歩いていく。

 気付いてるのは、俺一人。


 ……違う。

 目をつけられたのは、俺一人なんだ。


 ゴポリと、水の中から大きな泡を生まれて弾けたような音の後、妙に濁ったような鈍いような、そんな声が聞こえる。


「がわっで」


 それは、水の中でしゃべるような、不鮮明な発音。


「ねぇ、わだじどがわっで」

 音の全てに濁音がついたような、聞き取りにくい声が耳元で聞こえる。


「わだじどがわっで」

 何を? と聞き返す度胸もなければ、それをしてはいけないことも今までの経験で学んでる。

 そもそも、聞かなくたって想像がつくくらいに慣れてるんだよ、こんちくしょー!


 先を歩く羽柴にホッとする。羽柴が即行で気付かないってことは、こいつはそこまで強力な悪霊じゃないってことだ。

 なら、俺が無視していたらそのうち諦めるかもしれない。

 そう思って俺は、羽柴を呼ばずに黙って歩を進める。

 振り返るな。見るな。意識するな。無視しろ。


「がわっで」

 俺の背後で、変わらない至近距離で、声はする。


「がわっで」

 首にひやりとした冷たさと、ぬるりとした嫌な感触がする。


「がわっで」

 俺の首に巻きつくのは、男か女もわからないほどぶよぶよに膨れ上がった、青みがかった腕。


「がわっで」

 ……水死体が、俺の背中にしがみついていることを、嫌でも認識させられる。


「わだじのがわりに、じんでよ」


 いまさら不可能な身代わりを求めて、そいつは俺の首に絡む腐臭を放つ腕に力を込める。



 * * *



「一人で死ね!」

 俺が苦しいと感じる前に、俺の耳のすぐ横にひゅんと何かが飛んで、ゴンと音がした瞬間、腕の力が緩んで離れた。

 そして俺の前には、綺麗に投球を決めたフォームの羽柴が不愉快そうに立っていた。


 オカ研のみんながポカンとした顔で振り返っているのを気にも留めず、羽柴は一回舌を打って、つかつかと俺の方にやってくる。

 正確には、俺の背後の霊に向かってだけど。

「……電車に乗ってた時からソーキさんを狙ってたから追い払っておいたのに。私が側から離れるのをしつこく見計らってたの?」

 そんなことを言いながら、羽柴は自分で投げつけて地面に落ちた消臭剤のボトルを拾い上げ、それを俺の肩の後ろあたりに向かって思いっきり殴りつけた。

 ごすっと音がして、俺の背中が軽くなる。


 つーか、電車の中ですでに俺は目をつけられてたのかよ。

 先輩が「……電車の中で窓にいきなり裏拳かましたのは、追い払ってたのか」とか言ってるけど、俺が寝てる間にそんなことしてたんか。ご苦労かけます。


 背中が軽くなったところで振り返って見てみると、やっぱり予想通り男か女かもわからないほどぶくぶくに水を吸って膨らんだ水死体が転がってうめいていた。

 それの頭を羽柴は躊躇なく踏みつけて、美人だからこそ異常な迫力を持つ無表情で見下ろして、冷たく言う。


「お前は死んだ。もう身代わりなんか意味がない。もう、お前の存在なんか害以外の何物でもない。

 消えろ。お前なんかもう、存在する価値も意味もない」


 生きてようが死んでようが厳しすぎる言葉を言い放ち、水死体の霊の鼻先に消臭剤をプシュっとぶっかける。

 それで、霊は霧散して消え失せる。

 俺には成仏したのか、ただ単に逃げたのかはわからないけど、とにかくこの場からあれがいなくなったことだけは確かなので、とりあえず安堵して羽柴に礼を言う。


「……あー、羽柴。ありがとう。いつものことだけど、マジで迷惑をかけてごめんな」

「……別に迷惑なんかじゃない。それより、ソーキさんは憑かれたのならすぐに私に言って。迷惑だと思って気を遣ってくれてるんだろうけど、こういうのは後になればなるほど面倒だから、早めに言ってくれた方が私は嬉しい」

 いつもの俺の礼と謝罪に、羽柴もいつも通りの返しをする。

 うん、マジでごめんな、羽柴。いつもいつも除霊させてることはもちろん、同じ説教させて。

 でも、俺の無意味な意地だとは分かってるんだけど、この意地はそう簡単には捨てられない。


 捨てたらそれこそ俺は、君を好きだという資格はなくなってしまう気がするんだ。

 君に頼らず、自分で何とかしたという気持ちを捨てて、君に頼ることを恥ずかしいと思わなくなったら、それはもう君が好きなんじゃない。

 俺は君を便利な除霊グッズにしか思わなくなってる。

 それだけは、嫌なんだ。

 そう思ってしまうぐらいなら、死んだ方がマシだと思ってしまうぐらいに。


 そんな告白同然というか告白よりも恥ずかしいセリフを言える度胸があるはずもなく、俺は羽柴のお説教をただひたすら謝ってごまかすしかできない。

 そんなことをしてるうちに、オカ研のみんなが集まってきて、俺と羽柴を取り囲む。

 取り囲んで口々に色々みんなが言い出すけど、もちろん心配の言葉があるわけねーよ、このオカルトマニアどもに。


「ずるいずるい! また日生くんだけ霊現象にあってる!」

「見えた? 誰か、なにか見えた!? 日生くんの後ろとかに何か見えた!?」

「おい、日生! どんな霊だった? 何言ってた? もう成仏しちゃったのか?」

「羽柴! 大丈夫なのか!? もう霊はいないのか!? まだ付きまとってるとかないよな!?」


 ……マジで誰か一人くらい、社交辞令でいいから俺や羽柴の心配をしろよ。

 俺と羽柴は相変わらずなオカルトマニアどもを引き連れて、「あーはいはい。その話は後で。つーか今日はそういうの抜きで、海に遊びに来たんでしょう―が」と言いながら、改めて歩を海水浴場の方へ進めた。


 出だしからまた霊に遭遇したけど、こんなの俺と羽柴にとっては日常。

 だから、今日も日常が始まると信じて疑っていなかった。



 * * *



「――カズくん?」

 俺を見て、誰かの名前を呟く人がいたなんてことには当然気づかず。


 悲劇はとっくの昔に、俺たちがかすりもしない無関係なところで始まっていたことなんか、知らなかった。

「羽柴さんの除霊は物理」番外編、「バッドエンドはいらない」を開始します。

番外編ですが、初見さんでも楽しんで読めるように、そして本編を読んだことある方には、「……あぁ、あの回の話か」と思えるような小ネタを仕込んでみました。


どちらにせよ、楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、10話ちょっとで終わったらいいなーと思ってる番外長編、気長におつきあいお願いします。


ちなみに、この話の元ネタは2ちゃんねる洒落怖スレの長編、「リ.ゾ.ー.ト.バ.イ.ト」です。


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