開幕・海の鬼子母神がないている
波の音と、鳥の啼き声が聞こえる。
波は静かだ。
凪の海の中のように、ちゃぽんちゃぽんと心地よい水の揺れる音、フワフワと浮いて、ユラユラと揺れる感覚に安堵を覚える。
覚えるというより、思い出す。
ここは世界で一番安全な場所、心地よい場所だってことを、俺は知っている。
きっと、誰だって知っている。
ただみんな思い出せないだけで、いつだって忘れられずに、失わずに覚えてる。
あぁ、でも何故だろう。
一つ、足りない。
ここは十分、何の心配もいらない、安心できる心地よい場所なのに、なのに大切なものが一つ欠けているような気がする。
手を伸ばせば届いた大切な、欠けることなどないと信じて疑わなかった何かがいない。
俺は温かな海の中で手を伸ばし、探す。
思い出せない、けれど失えない何かを、欠けた何かを思い出そうとするけれど、鳥が邪魔をする。
耳が痛くなるほど甲高い、鳥の声。
水の中でも頭に響くほどの声が邪魔をして、考え事も探し物も手につかない。
それは、悲鳴のような啼き声だった。
……いや、違う。
啼き声じゃない。泣き声だ。
初めからわかっていた。
あれは、鬼女にして聖母の嘆き。
鬼子母神の泣き声だ。
* * *
「ソーキさん、次で降りるよ」
涼やかな声で起こされた時には、俺は夢の内容なんか忘れてた。