1話 狂い桜(序章)
目の前に鮮烈に弾ける苔色の緑に少女は相手に呼びかける。
「貴女の色はその色なのね 」
「‥‥‥」
相手からの返事は返らない。
既に正気を失った虚ろな瞳はどこを、何を見ているのかすらわからない。
ただ憐れむべき存在。何があってそこまで狂ったのか知るすべはない。
知ってももはや意味はないだろう。
誰も彼女の痛みに気づかずにいたのだろう。
苦しさを分かってあげられず救いの手を差し伸べられなかったのだ。
正気を失い狂気に身を任せたのだろうか?
今からの彼女にすることは救済にはならない。
ただ化物退治にすぎない。
「ごめんね‥」
少女は小さく呟いて髪飾りを外して右手に握り虚ろな瞳の少女に向き合う。
朝の澄んだ冷たさを感じながら彼女の苔色は朝露に濡れた苔なのだと体感する。
「今、開放してあげる。」
小さく、それでも強い意志の声で枝を髪飾りを十字にきる。
「我、咲くは時を選ばず。ここに桜咲けり」
短い言葉と共に辺りの風景が一変する。
一面の桜の花びらが吹き荒れる。
花びらが目の前の相手の姿を覆い隠す。
そしてその花びらが達が地面に落ちていく。
そこに在るのは冬不思議な桜の花びらのみ。
「‥さよなら。」
少女は手に握っていた髪飾りを再び頭につけ直し、その場所を歩き去る。
そしてしばらくして小さな公園を夜の散歩をしていた妙齢の夫婦は不思議なものに首をかしげた。
「あなた‥これは」
「桜の花びらだな。妙なこともあるものだな。この辺りに冬桜なんてあったかな?」
不思議そうに辺りを見渡すが冬桜らしきものはない。
そんなものがあれば、この公園はもっと賑わっているはずだ。
長年住んでいるが、この付近にそんなものがあると聞いたことはない。
「不思議なこともあるものですねぇ」
「そうだな。まるで何かに化かされた気分だが‥悪くはないな」
老女の驚きに老人も軽く首を傾げながらも笑う。
「そうですね。不思議でも得をした気分になりますねぇ」
老女も頷いて数枚の花びらを拾いあげてポッケにしまい二人は再び散歩を再開したのだった。