人それぞれの価値観。
子どもの無邪気な笑い声や叫び声が、寒空の下でやまない。家の近所にある公園は少し大きめで、周りに公園がないこともあってか、三十人くらいの幼稚園児から小学生くらいが遊んでいる。休日はかなり利用者数が多く、メンテナンスも頻繁にされており、遊具は綺麗なまま保たれているものばかりだ。
「で、何で公園?」
隣で目を輝かせている由紀に問いかける。由紀の鼻の天辺は寒さからか、赤くなっていた。
「気分転換」
……目すら合わせてくんねえ。どんなけ見てて楽しいんだよ。
「あっそ」
適当に返して、また子どもに目を向ける。白い息が冷たい空気に溶けて、消えていく。座っている石段すらも冷たく感じる。
まあ、子どもって言うのは何で、同じようなことして毎日のように遊んでるのにあんなに楽しめるのか。言えば、俺だってあれくらいの子どもだったのだけれど、今となってはブランコやすべり台をしても楽しくないだろう。
寒いのに、家に籠らずに遊んでいる奴は相当、外が好きなのだろう。はしゃいでたら暖かくはなるが。
ぼやーっと適当なことを考えながら、子どもの遊ぶ姿を見る。
どれくらい経っただろうか。
日は落ち、辺りが暗くなってくるに連れて子ども達は家に帰って行った。楽しそうな歓声がどんどん小さくなっていく。
「子どものときと今と、何が違うと思う?」
由紀が突然、呟いた。驚いて視線を向けると、由紀は寒そうにマフラーに顔を引っ込めている。
――子どものときと今? そりゃあ、
「年」
「もっとあるでしょ?」
うおう、即答。
「背丈」
「まあ、それもあるよね」
もしかしてこれ、俺が試されてる? でも、これ以上思いつかない……。
暫く黙っていると、こちらのことがわかったのか、勝手に話し出した。
「年も背丈も違うし、積み重ねてきたものも違うよね」
公園の出口で、五歳くらいの幼児がこけた。お母さんらしき人が慌てて駆け寄るが間に合わず、幼児は泣き出してしまった。可愛らしいスカートが少し汚れているのを見て、その激しさは更に増す。
由紀はそれを見ながらも、「でもね」と続けた。
「私は価値観が一番違うと思うの」
「価値観?」
由紀は立ち上がり、俺の手を引っ張って立たせる。多分、俺の家に帰るのだろう。
冷たい風が吹き、由紀は更に顔をマフラーに埋める。俺も思わず身震いしてしまった。
「例えばさ、買い物をしてるときにお母さんを見失ったら、どう思う?」
「そのまま別の場所に行ったりするな。それか、携帯で連絡を取る」
「それはさ、ちょっと大きくなってからでしょ?」
由紀が少し大きめの石を蹴り飛ばす。すると当たりが悪かったのか、近くの溝に落ちてしまった。ちゃぽんと言う小さな音が風に攫われる。
「まあな」
「ちっちゃい頃はさ、携帯なんて持ってない訳じゃん。今は携帯を持っているからこその考え方があるの」
木々がゆさゆさと揺れる。落ちた赤やオレンジ、茶色の葉が舞っていた。
「それが価値観の違いか?」
「そうだね。言うと、私たちの基準で考えても、ちっちゃい子に受けないかもしれないってことだよ」
我が家はもう直線で五十メートルくらいだ。
「それはつまり、小さい子ども基準で考えろってことか?」
とは言わなかった。
いや、言えなかった。何故なら、由紀の表情があまりにも優しかったからだ。
由紀が何を思っているかわからない。
まるで小さな子どもと接するような、優しい顔だった。
アイデアが、マグマのようにやってきた。
押し寄せてきた。
これが面白いかはわからないし、これが正しいのかもわからない。
けれど、この優しい表情に惚れたような気がする。
こんな表情を、たくさんさせたいなあ。