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ていうか、【妹愛護団体】は本当に存在しているのだろうか

「はあ……」

 母親と妹との会話でどっと疲れた。再びベッドにダイブすると、本の角が腹に刺さった。

「いたっ」

 思わず声が出てしまう。

「兄貴、大丈夫!?」

「うわあ!?」

 突然、ドアが開き妹が抱きついてくる。それにより本の角が更に突き刺さる。

「痛い痛い痛い!!」

「うわあああああ!? ごめん兄貴!!」

 妹は俺の声にびっくりしてか、飛びのいてくれた。痛さに耐えながらも体を起こして妹を見ると、妹は足をべったりつける、俗にいう「女の子座り」をしているのが見えた。 しかしながら、女の子座り+涙目+上目遣いというのは何かそそられるものが――あ、ないです。ごめんなさい。妹愛護団体の人に怒られる。

「だ、大丈夫……?」

「ああ。大きい声出してごめんな」

 どうしよう、妹が可愛過ぎるんだが。

「ごめんね? ていうか兄貴。絵本を描くの?」

「ん? ああっ!?」

 うっかり、ベッドから本が落ちてしまっていた。妹の指差す方には「絵本、描いてみませんか?」と書かれている本がある。

 妹は俺の慌てる様子を見て、「あはは」と笑った。

「別に隠すことないじゃん。私もお母さんも兄貴が絵本好きなの知ってるし」

「そ、それはそうだけどさあ……」

 ちょっと恥ずかしい、とはいえなかった。高校生男子が絵本を描くのが恥ずかしいという以上に、それを恥ずかしいと思っていることが、何だか恥ずかしい。

 ……ん?

「まあ、頑張って! 何か大会みたいなのに出るの?」

 妹は落ちてしまった本を拾い、俺に渡してくれる。

「いや、田舎だからそんなことをしてそうなところまで遠いんだよ。だから――」

 俺はそこまでいって立ち上がり、机の引き出しから一枚のチラシを取り出す。そして、妹に手渡して、またベッドに腰をかけた。

「これに出るんだ」

「『小学生以下限定、絵本祭り!』ねえ。へー、小さい子が自分が好きな絵本を持って帰るんだ」

 その通りだ。参加費も無料だし、何より小さい子が自分の目の前で絵本を読んでくれる、というのがこの催しの良いところ。しかも、開催場所が電車で二駅という近さ。これはもう行くしかない。

 まあ、たまたま図書館の広報とかが置いてあるところにあったのを持って帰ってきただけなのだけれど。

「小さい『女の子』も見れるし、『兄貴にとっては』一石二鳥だね」

「いや、違うからな!? 何で幼女好き設定が続いてるんだよ!」

 酷い……。兄が泣いてしまってもいいのか? 泣いてしまうぞ?

「ジョウダンダッテー」

「冗談にきこえねーよ!?」

 必死に否定していると妹は「あはは」と笑い、妹の近くにある低い組み立て式の机にチラシを置いた。妹はめいいっぱいの笑みを浮かべる。

「私は応援してるよっ! 頑張って、兄貴!」

 何だか、その言葉だけでやる気になってきた。

「よし頑張る! じゃあ出てけ」

「……酷いよ、兄貴」

 妹はそういいながらも、とぼとぼと部屋を出ていってくれた。力なくドアが閉まる。

「ありがと……」

 届かないであろう妹への言葉は静まった部屋の中に溶けていった。



「うだぁぁあああ!」

 尻も肩も痛いっ。鉛筆を机に叩くように置き、ぐてんと床に寝転んだ。照明が眩しくて、右腕で目を隠す。

 がちゃ、とドアの方から音がし、カッカッカという音がした後で腹に温かいものが乗った。右腕を退け、それを確認する。それは案の上、名前が似つかわしくないことで評判がある犬のけんじろうだった。可愛げに俺を見つめているが、そこは名前の通りオスだ。抱き上げて「かわいっ!?」とはならない。

 いや、可愛いけれど。何となくオスだからやりたくないだけ。

 ヨークシャテリアであるけんじろうの顎を撫でてやると、気持ちが良さそうに目を細めた。体をわしわしと触っても逃げない。もふもふ、ではないが毛布のようなふわふわ感がある毛は、黒とこげ茶が混じっている。頭は手のひらに収まるほどで、握ったら潰れてしまいそうだ。肉球は小さいながらもぷにぷにしており、いつまでも触っていられる……って、俺は何故こんなにもけんじろうの描写を?

「いーなー、けんじろう。私もあんな風に兄貴に触ってもらいたい……」

 ドアの方から少し怖い一人言が聞こえてきたが、それは無視する。しばらく撫でていると、けんじろうは俺の腹から降り、妹の方へ行った。妹はけんじろうを抱き上げて胸の辺りで抱える。

「兄貴、ご飯できたってさ」

「はいよー」

 よいしょ、といいながら体を起こし、立ち上がる。一階へ降りようと思い、ドアの方へ行くと、妹がまだいた。

「どした?」

「いや、さっき叫んでたから何かあったのかと思ったんだけれど」

 あー、あれね。絵本のストーリーが思い浮かばなかっただけなんだけどなあ。

「大丈夫だ。あ、お前ストーリー考えるのってどうやってるんだ?」

「え、ストーリー? 兄貴、小説でも描くの?」

 妹は小説を書いている。何でも、ネットに投稿しているだとか。絵本のストーリーと小説のストーリーでは若干勝手が違うような気がするが、考え方は同じだろう。

「絵本のストーリーだ。小説とかレベルが高過ぎる」

 あんな長い文章、どうやって考えているんだ……。妹よ。

「あー、そっか。うーん、まあご飯食べたら教えてあげる!」

「おう。ありがと」

 そうなると早く食べて教えてもらいたいが、生憎と妹は食べるのが遅い。

 そこも可愛いところだけど。

「じゃあ、降りよっか」

「そうだな」

 俺と妹が下に行こうとするとけんじろうが妹の腕から飛び降り、階段を駆けて行った。まるで、俺と妹の言葉がわかったようだ。



「では、ストーリーの考え方講座っ!」

「い、いえー」

 妹はベッドの上から俺を見下ろした。しっかし、この位置だと絶対領域がいい感じに見え――あ、すみません。妹愛護団体の皆さん。

「よしっ……と」

「何故、その本を持った?」

 妹は「講座っ!」などといいながら、「絵本、描いてみませんか?」を手に取っている。そして、物凄い勢いで早読みしていく。

「んーっとねえ。小説の考え方とちょっと似ているのかな?」

 え、今の間でわかったのか!? 十秒くらいだったぞ?

「まあ、これは見ないとして」

「見ないのかよ!?」

 思わず突っ込んでしまった。タッと妹はジャンプし、俺の隣へとやってくる。ふわっと甘い香りが鼻孔をくすぐる。

「基本、私は勝手にストーリーが浮かんでくるんだけど――あ、無理だよね」

 そんなことできたら悩んでないっつーのっ。

「そうだね……じゃあ、主人公を決めてみたら?」

「主人公?」

 例えば、と妹は鉛筆を手に取って机の上にあった白い紙に何やら描き出す。さあ、なんだろう。

「……」

「よしっと……はい、猫!」

 笑顔で鉛筆を机に置く。

「ちげえよ!?」

 紙に描かれているのは大きな丸と小さな丸がひっついており、大きい丸からは棒が四本、約対角線上にあり、小さい丸の上部左右には小さな丸がそれぞれ描かれている。しかも円がちゃんとした円ではなく、がったがたの円だったりもするのだ。これで、猫といわれたら誰だってびっくりするだろう。

「ったく。猫っていうのはだな……」

 鉛筆を手に取り、猫を描き始める。滑らかな曲線、少しツンデレっぽい雰囲気。

 まあ、こんなもんか。

「おおー?! ちょ、凄過ぎでしょ! 猫だ!」

 な、何故か紙を手に取り、叫んでいる。そんなに上手くはないと思うんだけどなあ。

「兄貴、やっぱ絵が上手いよね! こんな調子で主人公を描いてみたらストーリーも浮かぶんじゃないかな?」

 絵が上手いと言われて、少しだけ嬉しい。

「そういうものなのか……」

「その子に合ったお話にしないと駄目だよ? じゃあ、私は小説の続きを書きに行ってくるね」

 スタッと立ち上がり、妹は俺が礼を述べる前に出て行ってしまった。

「ありがとな!」

 俺が大声で妹に伝えると、

「うん!」

 と返ってきた。隣の部屋というのものは便利だ。

「しっかし、主人公か……」

 そう呟いて、また床に寝転ぶ。

「いたっ!」

 ベッドに頭が当たり、割れるような痛みが襲ってくる。そのとき、ベッドの下が視界に入った。

「――! これだっ!」

 俺は急いで起き上がり、イメージを紙に描いていった。


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