支えられている。
コン、コン、コン。
またドアがノックされたなあ。俺はぼやーっと目を開ける。外は太陽が沈んだようで、部屋は真っ暗だった。寒いから布団を頭まで被る。
「入るよー」
「……え?」
思わず体が固まる。布団をぎゅっと握りしめた。
そいつは数メートル後ろで静かに座ったようだ。何だか、視線を感じる。
それがどれくらい続いただろうか。
口を開いたのは部屋に入ってきた由紀だった。
「ねえ。絵本、描かないの?」
思わず体が強張った。けれど、由紀はそれ以上話かけない。
「……もう、描かない」
「どうして?」
問いかけが続く。冷たい空気が俺に纏わりついているに感じた。
「……苦しいから」
数時間前に思ったことをそのまま言葉にする。
なんだか、喉がつっかえる。
「そっか。苦しいのは嫌だよね」
普段とは異なる温度。
表面上は温かい。けれど、内側は冷たい。
由紀は「じゃあ」と続ける。
「絵本を描くのはつらかった?」
「つらい」
「今の話をしてるんじゃないよ。私がしてるのは過去の話」
過去の……話? 過去は過去だ。今とは関係ないじゃないか。
そんなことは言えなかった。言おうとしても口が動くのを拒否したからだ。
「前は、楽しかった……と思う」
返事が曖昧になる。由紀の方へ振り向けない。
「今は何で楽しくないんだと思う?」
何故かって? そんなの――
「絵が上手く描けないから」
「じゃあ、その上手く絵が描けないのは何で?」
息が詰まった。答えたくない。でも、答えないといけない気がしてならない。
「……っ、努力、してこなかったから」
だんだんと声が小さくなっていく。凄く情けない。
と、カタッと机の方から音がした。由紀が何か置いたのだろうか。
「っ!!?」
言葉にならない空気の冷たさに、体が震える。そしてゴソゴソと由紀が布団の中に入ってきた。
……ん!? 布団の中に入ってきた?
「え、ちょ――!」
「はーい、静かに」
振り向きそうな俺を止める為か、冷たい手が首筋に当てられる。
「妹ちゃん、隣の部屋にいるよ? 変なことしてると思われたくないでしょう?」
こ、こいつ、こんな性格だっけ……? てか、手が冷たい。
大人しく毛布を握り締めて、由紀の言葉を待った。
「暖まった。……私はさ、努力してたと思うよ? そんな自覚はなかったかもしれないけど」
努力、していた? いやいや、そんな筈は――
「何時間も描いてたよね。飽きもせずに。私、それって一番大事なことだと思う。だって、自覚がない努力なんて凄いお得じゃない?」
お得? 何が。
「だって、つらい思いをして努力するより、楽しく努力した方が絶対いいもん」
頬に由紀の手が触れる。暖まったと言っていたけれど、まだまだ冷たい。何となく由紀の手を掴んだ
「何でさ、絵本を描こうと思ったの?」
「……何でだっけ。忘れた」
――こんな表情を、たくさんさせたいなあ。
「!!」
あの日の、思いが呼び起こされてきた。
由紀と太鼓の超人をして、公園に行った帰り道。由紀が優しい顔をしているのを見て思ったんだ。
「私、結構楽しみにしてたんだよね。絵本」
「え?」
「だってさ、初めてでしょう? こんなことするの。でも絵が上手だから、きっといいのができるんじゃないかって」
本当に。
本当に楽しみにしていたかのように話す、由紀。口調は柔らかい。
部屋は暗い。目が慣れていてもはっきりとは見えない。
「だからね? 私、楽しみにして――っ!」
由紀の言葉は途切れた。
何故なら、俺が由紀を抱きしめたからだ。温かくて柔らかな体が、すっぽりと腕の中に収まる。
力を強くすると潰れてしまいそうだ。
「俺、頑張るから」
俺は、由紀が好きなんだ。やっと気付いた。
由紀の頭に顎を乗せた。由紀の手が俺の背中に回る。
「うん。待ってるよ」
少し恥ずかしげに言った由紀が愛おしくて、少しだけ力を強めた。
由紀が、どこかへ行ってしまわぬように。
若干のラブコメは、簡素な表現にしました。ラブコメが主題じゃないので。
次か、その次で終わりです。ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。