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あれ、うちの妹って普通の妹だよな? 

あの笑顔、もう一回みたいなあ。


 この鉛筆が動くとしたら、何をするんだろう。


 あのゴミ箱が喋ったら、何を伝えてくれるのだろう。


 水に顔があったら、どんな表情を浮かべるのだろう。


 雲に感情があったら、どんな形になるんだろう。


 犬のけんじろうの言葉がわかったら、俺は何を訊きたいだろう。



 そんなとき、図書館で見つけた。


「絵本、描いてみませんか?」


 ***


「あ、お帰り! 兄貴!」

 少し外が暗くなった頃。家に帰ると、三つ下の妹が満面の笑みで迎えてくれた。もう中学二年生で恋もするはずであろう、思春期真っ只中の妹は俺にべったり。先行きがかなり心配だ。

「ただいま」

 靴を脱ぎ、約三十センチという少々高い段差(玄関上がり框)を上がって妹の前に立ち、肩に掛けていたバッグを壁に立て掛ける。

 すると妹が、むぎゅーっと力強く抱きついてきた。これが俺が帰ってきたときの習慣だ。妹が外から帰ってきた場合は妹がわざわざ俺の元まできて抱きつくのだけれど、何故そうするのかはわからない。ずっと訊き損ねている。

 しかしながら、妹の成長が著しい気がする。何か、ふにふにし――いや、兄としてこう言うことは考えてはいけないのではないだろうか。

 しかしながら、これをするのも後少しなのかと考えるとちょっとだけ寂しいかもしれない。

「はあああ。いやされるよおおおおお!! もう二時間十四分も兄貴の近くにいられなくて寂しかった……」

 妹が更に力を強くする。けれど全く苦しくない。

 と言うか、妹の将来が心配になってきた。誰かこの妹を彼女にしてやってくれ……。妹は人肌恋しいだけなんだ。

 多分。

「兄貴、何借りてきたの? 図書館行ってきたんでしょ?」

 数秒の――いや、数分の抱擁を経て、妹が尋ねてきた。

「おまっ、何で知ってるんだ」

 俺、「行ってくる」しか言って出てこなかったんだけれど。

「き・ぎょ・う・ひ・み・つ☆」

 え、こわ……。最近の中学二年生の女子は皆、こんな感じなのか?

「そんな怯えた目で見ないでよ! 泣いちゃうよ!?」

 自分でも気付かないうちに表に出ていたようだ。妹を泣かしてはいけない。妹愛護団体に怒られるだろう。

 もう既に涙目だけれど。

「友達から、お兄さんが図書館にいたよーってメールがきたの! 尾行とかしてないからね?!」

 必死だなあ。上目遣いでいわれちゃあ、太刀打ちできない。

「そうか、疑って悪かった。ほら土産」

 妹の返答に安堵し、帰るとき目に入って購入した『たい焼き』の袋を差し出す。すると妹はころっと必死な顔から一転し、明るい表情を浮かべた。瞳がきらきらとしている。 そして、ぴょんぴょん跳ねて喜びを表現してから、

「おかーさーん! 兄貴がたい焼き買ってきてくれたっ!」

 とリビングに走っていった。

 俺は妹の嬉しそうな姿を見届けてから壁に立て掛けておいたバッグを持ち、――そうしたのは妹が抱きつくのが日常化しているからなのだが――自分の部屋に向かった。



 どさっとベッドに体を預ける。図書館で借りてきた本は俺と共にベッドの上だ。白い天井が俺を見下ろしていた。何だかこのまま寝てしまいそうなので、肩から掛けていた大きめのバッグから四角い本を取り出す。本としては恐らく大きめだろう。


「絵本、書いてみませんか?」


 様々な絵本が写っている表紙にはそう、ゴシック体でデカデカと書かれていた。中をパラパラと捲っていくと全ページカラーで見やすく、「初心者にはうってつけ」と言う印象を受けた。それがこの本を選んだ理由でもあるのだけれど、元となる理由はそこではない。


 元々、絵本が好きだった。高校生にもなって、絵本が好きと言うのもどうかと思ったが、幼少期の頃から友達と遊ぶより、絵本を読むのが好きだった。だから今でも、友達は少ない方なのかもしれない。

 あ、関係ないか。

 小さい頃はそれこそストーリーなんて気にしなかったと思う。気にいった絵があったら、親に見せに行っていた。父親は幼稚園には迎えに来なかったから、あまり一緒に絵本を読むことはなかったが。

 幼稚園の先生には「君はよく絵本を読むねえ。きっと良い子に育つよ」と頭を撫でられたのを覚えている。よく、読み聞かせしてもらったなあ。

 三歳下の妹がいたこともあって、俺の絵本ブームは他の同じ年の人よりも長かった。正確には四歳から九歳。九歳でブームが終わったのは妹が幼稚園を卒園し、あまり絵本に関心を持ってくれなくなったのと、絵本以外にも楽しいもの(ゲームなど)を見つけられたからだろうと思う。


 それから時が経ち、最近。

 あまりの暇さに倉庫を探索していたら、小さい頃のおもちゃ箱を見つけた。そして、その近くに絵本が大量にあったのだ。

 その日と次の日は大量の絵本を読み返していた。かなりの年月が経っていても、何度も読み返していたのか、とても懐かしく思える絵本や全く知らない絵本などがあって、とても楽しかった。ときには笑ったり、ちょっと涙ぐんでしまったり。

 絵本と言ったら、少し幼稚で小説などよりもストーリーが面白くないと勝手に決め付けてしまっていたが、そんなことは全くない。


 特に俺が好きなのは北欧民話である、『三びきのやぎのがらがらどん』という絵本だ。 よく馴染んでいるのは、青い表紙に三匹のやぎが橋を渡っている表紙だと思う。他の国の絵本は少し違うのもあるけれど。

 『三びきのやぎがらがらどん』はノルウェーの昔話の一つで、「がらがらどん」と言う同じ名前を持つ小・中・大のやぎが太りたくなり、草を求めて山(丘)を目指す。

 しかし、途中にかかる橋の下には茶色いもじゃもじゃの「トロル」と呼ばれる生き物がいる。しかもそいつは大声で「おまえを飲み込んでやる」などと、がらがらどん達を威嚇しやがるのだ。

 小さい頃の俺はこのトロルが怖くて嫌いだった。描写が「ぐりぐりめだまは さらのよう、つきでた はなは ひかきぼうのようでした」などとするから、余計気持ちが悪い。

 小・中のがらがらどんはそんな凶悪なトロルに「後から自分より大きなやぎがくるから」などと言い包めて、橋を渡らせてもらう。そして、最後に一番大きいがらがらどんがトロルに立ち向かい、やっつける。

 そうして、やぎは丸々と太って帰ってきた……というのが大体の内容だ。実際の絵本を読んでみると、トロルは怖いし、一番大きいがらがらどんはカッコいいしで、何回も読み返してしまう。この話が好き過ぎて、少々値段は高いが母親に頼み込んで買ってもらった。

 と、幼少期の思い出を振り返っていると、

「兄貴ー! お母さんがお茶入れてくれたよー!」

 と絵本の中の女の子にも劣らないほど可愛い妹が声を掛けてくれたので、ベッドから体を起こした。

「わぁったよ!」


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